色鮮やかなインカの刺しゅう。自然の植物や昆虫から染料を作っている
色鮮やかなインカの刺しゅう。自然の植物や昆虫から染料を作っている

 薬草の森に現れた天空都市、マチュピチュからクスコに帰ってきた。今度は近くの村で、インカの植物から染料を作っている村があると聞き、「薬草もあるのでは」と思い、バスで行ってみることにした。

 朝早く、バスは北西へ向かって出発した。標高が高く酸素が薄いせいなのか、バスはエンジンが不完全燃焼していて真っ黒な排ガスをまき散らしながら、インカ時代の石畳の道をゴトゴトと音を立てながら走った。川沿いを猛スピードで下って田舎道に入ると、今度は土ぼこりをもうもうと上げながら、くねくねとした坂道を上り始めた。バスの揺れで眠くなり、しばらくウトウトしていたら急に視界が開け、乾燥した山々の間に、インカの遺跡が残る小さな村が現れた。そこでは、先住民族の女性や少女たちが、さまざまな植物を使って糸を染めていた。

 バスの停留所から5分ほど歩いた民家を訪ねてみた。日焼けした小柄で、ふっくらしたアジア人を思わせる顔つきの先住民の女性が、出迎えてくれた。家に入るなり女性は「これはサクタという植物の根です。ベビーアルパカやシープウールを洗う時に使います。彼らは生まれてから一度もシャワーを浴びたことがありませんからね。『インカシャンプー』です」と、ジョークを交えながら、その場にあった植物の根をナイフで削って陶器の器に張った水に入れた。かき混ぜるとブクブクと泡が立ち始めた。そこへ汚れた毛糸を入れて、手でもみ洗いをする。「わたしたちの服も全て洗うことができますよ。自然環境を汚さない、天然の洗剤です」。泡の中から出てきた毛糸は真っ白になっていた。

 女性は次に「これは植物ではありません」と言って、小さな白いかたまりを手にした。「ウチワサボテンに寄生しているコチニラ(和名:エンジムシ)という虫です。染色に使います」。両手をすり合わせ、「ほら、見てください」とこちらに手を向けると、手のひらが赤く染まっていた。コチニラの体内に蓄積されている色素だという。

 「これはインカよりも古い時代の染料なのです。メスのコチニラを2~3カ月乾燥させたものを、染料として使います。ここへライムを垂らすと……ほら! オレンジへ色が変わります」。寄生虫といわれると少々ギョッとするが、人々の知恵には感心させられる。

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鷺森ゆう子

エスノ・メディカル・ハーバリスト(民族薬用植物研究家)

さぎもり・ゆうこ 神奈川県生まれ。動物専門学校看護科卒。日本大学英文学科卒。1994年より動物病院で獣医助手として勤務する。同時に海や川の環境保全を行う環境NGOに携わり、海洋環境保全に関するイベントの運営などを行う。また中米のベリーズを訪れ、古代マヤ人の知恵を生かしたナチュラルメディスンに触れ、自然の薬に、より関心を持つようになる。このような体験を会報誌へ執筆する。95年から1年間、東アフリカのケニアにて動物孤児院や、マサイ族の村でツェツェフライコントロールプロジェクトのボランティアに参加する。このときサバンナでは、マサイ族直伝のハーブティーなどを体験する。帰国後は再び環境NGOなどに関わりながら、国内での環境教育レクチャーや、中米グァテマラの動物孤児院にてボランティア活動を行うなど、野生生物と人との共生について探求する。2006年から野生生物の生きる環境や、世界の自然医療の現場を巡る。

藤原幸一

生物ジャーナリスト/NATURE's PLANET代表

ふじわら・こういち 秋田県生まれ。日本とオーストラリアの大学・大学院で生物学を学ぶ。現在は、世界中の野生生物の生態や環境問題、さらに各地域の伝統医学に視点をおいて取材を続けている。ガラパゴス自然保護基金(GCFJ)代表。学習院女子大学・特別総合科目「環境問題」講師。日本テレビ「天才!志村どうぶつ園」監修や「動物惑星」ナビゲーター、「世界一受けたい授業」生物先生。NHK「視点論点」「アーカイブス」、TBS「情熱大陸」、テレビ朝日「素敵な宇宙船地球号」などに出演。著書は「きせきのお花畑」(アリス館)、「森の声がきこえますか」(PHP研究所)、「マダガスカルがこわれる」(第29回厚生労働省児童福祉文化財、ポプラ社)、「ヒートアイランドの虫たち」(第47回夏休みの本、あかね書房)、「ちいさな鳥の地球たび」(第45回夏休みの本)、「ガラパゴスに木を植える」(第26回読書感想画中央コンクール指定図書、岩崎書店)、「オーストラリアの花100」(共著、CCCメディアハウス)、「環境破壊図鑑」(ポプラ社)など多数。