実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

野口英世の命を奪った黄熱のいま

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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「世界一恐ろしい生物=蚊」の実態を知る【13】

 世界一恐ろしい生物=蚊がもたらす感染症で最も死亡者が多いのはダントツでマラリアです(注1)。以前紹介したように年間60万人以上が死亡しています。

1位マラリアに次ぐ、蚊が原因で死に至る病は…

 マラリアに次いで、死亡者が多い蚊が原因の感染症は何でしょう。今年(2016年)何かと話題になったジカ熱は、ギランバレー症候群という神経の病気になるリスクがあり、妊婦が感染すると生まれてくる赤ちゃんが小頭症を生じる可能性がありますが、感染して死亡することはほとんどありません。今年日本人女性が死亡したことで話題になったデング熱は年間約2万数千人が死亡、前回紹介した日本脳炎も同程度です。これらは蚊が原因の「死に至る病」としては、3位と4位に相当するのではないかと、私は考えています。

 では第2位は何か。「黄熱」です。世界保健機関(WHO)の発表では年間死亡者数が2万9000~6万人とされています(注2)。今年1年を振り返って、日本のメディアでは「黄熱」という言葉はあまり聞かなかったかもしれませんが、アフリカでは最も話題になった感染症のひとつであり、また中国でも取り上げられる機会が何度かありました。黄熱はアフリカと南米にしか存在しませんから、我々日本人には縁のない感染症と考えている人も多いと思いますが、知っておくべきことがいくつかあります。

西アフリカで黄熱制圧プロジェクトが稼働

 世界三大感染症の一つとされるマラリアに対しては、世界中の多くの団体が支援策を打ち出しています。そして、あまり知られていませんが黄熱に対してもWHOが中心となり積極的な対策がおこなわれています。

 WHO主導のプロジェクトの名称は「黄熱イニシアチブ(Yellow Fever Initiative)」。06年にスタートしたもので、黄熱が最も深刻な西アフリカのいくつかの国で合計1億人以上にワクチン接種をおこなう計画です。黄熱には治療薬がありませんし、蚊(黄熱ウイルスを媒介するネッタイシマカ)を全滅させることは事実上不可能です。であるならば、大きく感染者を減らすにはワクチン以外にありません。

 実際、このプロジェクトは功を奏し、WHOの発表によれば15年、西アフリカでの黄熱のアウトブレイク(限定された範囲内での感染の大流行)は「ゼロ」となりました。「黄熱イニシアチブ」は成功した。この調子なら黄熱は完全に撲滅することも不可能ではない……。おそらく多くの関係者はそう思ったはずです。

制圧したはずが…28年ぶりのアウトブレイク

 ところが、WHOがアウトブレイク「ゼロ」と発表した数カ月後、事態は誰もが予想しなかった方向に向かいます。15年12月ごろからアフリカ南西部のアンゴラ(注3)で黄熱感染者の報告が少しずつ増加し、翌16年3月までに335人が感染、うち159人が死亡したのです。これを受けて、WHOが正式に「黄熱のアウトブレイク」を表明しました。アンゴラでの黄熱のアウトブレイクは1988年以来、28年ぶりです(注4)。88年は感染者が37人、死亡者が14人でしたから、16年の規模は10倍以上ということになります。

 アンゴラのアウトブレイクはさらに広がりました。中国人の感染者が相次いで報告されたのです。16年3月には6人、4月には4人、アンゴラから中国に帰国した中国人が黄熱を発症しました。

高層ビルの建設が目立つルアンダ市内=2010年8月30日、服部正法撮影
高層ビルの建設が目立つルアンダ市内=2010年8月30日、服部正法撮影

黄熱という病気のプロフィル

 ここで黄熱とはどのような感染症なのかをまとめておきましょう。媒介する蚊は前述の通りネッタイシマカで、アジア、アフリカ、中南米に多く生息しています。日本にも沖縄には生息していますが、少なくとも記録が残っている第二次世界大戦後は国内での黄熱発症者はいません。感染するのはアフリカと中南米だけで、アジアにはないとされています。

人の血を吸うネッタイシマカ。黄熱のほか、デング熱、ジカ熱などの感染症を媒介する=米疾病対策センター(CDC)ウェブサイトより
人の血を吸うネッタイシマカ。黄熱のほか、デング熱、ジカ熱などの感染症を媒介する=米疾病対策センター(CDC)ウェブサイトより

 日本脳炎と同様、感染してもまったく症状がでないことが多く(不顕性感染と言います)、発熱・頭痛などの症状が出ても3~4日程度でおさまるのですが、再び高熱がでることがあります。こうなると肝臓にも障害が起こり、黄疸(おうだん)が出現し体は黄色くなります。これが「黄熱」という名の由来です。出血が口、鼻、目などから起こり、ここまでくれば半数は7~10日後に死亡します。

 黄熱ウイルスに効く薬はありませんが、優れたワクチンがあります(注6)から、事前に接種しておけば感染を防ぐことができます。ワクチン接種者の99%が30日以内に効果が出ます(注7)。しかも比較的安全で安いワクチンですから、もし世界中の人々がワクチンを一斉にうつことができれば黄熱はほぼ消失する可能性があります。

感染エリアを旅行の際は“イエローカード”に注意

 黄熱ウイルスはヒト→ヒトへの感染はありませんが、ヒト→蚊→ヒトであれば感染します。ですから、黄熱が発生する国としては、黄熱ウイルスを持っているかもしれない外国人の入国を拒否したくなります。そこで、いくつかの国では黄熱ワクチンを接種したことを証明するカード(これを「イエローカード」と呼びます)を持参することを義務づけています。

 ここで注意しなければならないのは、海外を旅する際、日本人でも直前に出国した国によってはイエローカードの提示を求められる場合があるということです。例えば、日本から英国やシンガポールを経由して南アフリカに入国する場合はイエローカードを求められませんが、ブラジル滞在後に南アに入る場合は求められます。このような複雑なルールを持つ国はたくさんあり、しかも頻繁にルールが変わるため、アフリカ・中南米に渡航する人は最新の情報に注意しなければなりません(注8)。

 黄熱ワクチンは一度接種すれば生涯有効で、イエローカードは一度発行されれば生涯使えます。実はつい最近まで、イエローカードの有効期間は10年間とされていたのですが、16年7月11日から、これまでに発行されたものも含めて生涯有効と変更されました。ですから、今は予定がなくても、将来中南米やアフリカに渡航することを考えている人はワクチン接種を検討するのがいいでしょう。ただし、黄熱ワクチンを接種できる機関は限られています(注9)。

 世界一恐ろしい生物=蚊による感染症で死亡者数が2番目に多い黄熱には、ワクチンが極めて有効なのです。

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注1:マラリアについては過去の連載も参照ください。「蚊がもたらした八重山諸島の悲劇」「蚊に殺された僕らのヒーロー

注2:それぞれの死者数のデータは以下のソースを参照しています。▽マラリア=国立感染症研究所黄熱=WHOデング熱=米疾病対策センター日本脳炎=厚生労働省検疫所

 上記4種の次に多いのがチクングニア熱、ウエストナイル熱で、年間死亡者数はそれぞれ数百人程度、リフトバレー熱はほぼゼロ。フィラリアは感染すると生涯苦しめられることも多いのですがフィラリア自体で死亡することはあまりありません。

注4:アンゴラという国は日本人にはあまりなじみがありませんが、急速に経済発展を続けており、ビジネスで渡航する日本人も増えているようです。首都ルアンダの物価は世界一高いと言われています。

注5:アンゴラでのアウトブレイクについてはWHOサイトのこのページ、過去の同国での黄熱アウトブレイクとの比較については同じくWHOのこのページに詳しく記載されています。

野口英世
野口英世

注6:黄熱ワクチンを開発したのは、南アフリカ出身のウイルス学者、マックス・タイラー(Max Theiler)で、1951年のノーベル医学生理学賞を受賞しています。ちなみに、野口英世はいち早く黄熱の対策に取り組み、病原体を発見したと発表しましたが、後に誤りであることが分かりました。野口英世の時代には光学顕微鏡では観察できないウイルスの存在がまだはっきりとわかっていなかったのです。野口英世は黄熱で他界しています。

注7:厚労省サイトが参考になります。

注8:さまざまなサイトが情報を公開されていますが、最も正確なのはWHOのサイトだと思います。ただし、実際に渡航されるときにはその国の領事館に確認すべきでしょう。

注9:厚労省検疫所サイトを参照してください。。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。