実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

医師がノロウイルスの検査を勧めない理由

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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ノロウイルスにまつわる三つの「誤解」【前編】

 昨日、胃の調子がおかしいと思っていたら、今朝から下痢と腹痛。熱もでてきたようだ。そういえばニュースで「ノロウイルスによる胃腸炎が流行している」という記事を見た。たしかノロウイルスは家庭や職場で簡単に感染すると書いてあったような……。それはまずい。会社を早退してかかりつけ医を受診しよう。検査をしてもらって、ノロウイルスが確定なら、一番いい薬を処方してもらわないと……。

 もしもあなたがこのような「ひとりごと」をつぶやいたとしましょう。「健康のことで困ったことがあればかかりつけ医に相談を」というのは私が普段から言い続けているセリフです。しかし、ノロウイルス感染を疑ったこの「ひとりごと」にはニつの「誤解」が含まれています。

冬の感染性胃腸炎の主役、ノロウイルス

 嘔気(おうき=吐き気)、下痢、腹痛、発熱、こういった症状が冬に出現すれば感染性胃腸炎、とりわけノロウイルス感染症を疑うことは正解です。小児ではロタウイルス感染も目立ちますが、成人の場合はノロウイルスが最多です。もちろん、サルモネラやカンピロバクター、大腸菌などの細菌性の消化器感染もありますが、夏に比べると細菌感染の頻度は大きく減少します。日本の冬の感染性胃腸炎の大半はノロウイルスを中心としたウイルス感染なのです。

ノロウイルスの電子顕微鏡写真=米疾病対策センターウェブサイトより
ノロウイルスの電子顕微鏡写真=米疾病対策センターウェブサイトより

 ノロウイルスによる小児の入院が増えている。高齢者の施設でノロウイルスが集団発生し、死亡者も出ている……。毎年このような報道を見聞きします。そして、ノロウイルスの感染力はすさまじく、アルコールもせっけんも役に立たない「恐怖の感染症」というイメージもあるようです。ならば、嘔気や下痢が出現すれば、まずノロウイルスかどうかの診断をしてもらい最適の治療を受けなければ、と考えるのは当然です。

 けれども、医療機関で検査を受けて診断をつけるという考えは必ずしも正しくありません。これが一つ目の「誤解」です。

便利な検査だが医師はさほど勧めない理由

 ノロウイルスの迅速診断キットはわずか15分程度で結果が出ます。そのため、一般の人には便利な検査という印象があり、そのために「ノロウイルス感染を疑えば医療機関を受診して検査を受けたい」と考えたくなるのでしょう。ですが、我々医師は、多くの症例においてこの検査をそれほど勧めていません。

 まずこの検査が保険適用になるのは、3歳未満か65歳以上、または悪性腫瘍など特別な疾患を有している場合に限られます。つまり健康な成人に対しては保険診療では検査できないのです。ときどき、「自費診療でもいいから検査を受けたい」という人がいますが、これは勧められません。診察代と薬代(後述するように対症療法の薬しかありませんが)は保険で、検査は自費でというのは「混合診療」となり、認められていないからです。

 では「3歳未満か65歳以上、あるいは悪性腫瘍などがある場合」は検査すべきなのかと問われれば、私自身はそういったケースでも重症性がなければ検査はほとんどおこないません。その理由は二つあります。

感度の低いノロウイルス検査の限界

 一つは迅速検査というのは「感度」がそれほど高くないためです。「感度」とは、実際の感染者のなかで検査陽性となる人の割合のことです。ノロウイルスの迅速検査の感度は50~70%程度と言われています。最大の70%で考えたとしても、感染者が10人受診し検査をしたとすれば7人が陽性、残りの3人は陰性(このように感染しているのに陰性となることを「偽陰性」と呼びます)という結果がでます。

 問題は症状などからノロウイルスを疑っているのに検査で陰性と出た場合です。偽陰性の可能性があると考えたとき医師はどうするか。重症度にもよりますが、3歳未満(65歳以上)で点滴が必要な場合は入院してもらい、家族には「検査では出ませんでしたがノロウイルスの可能性があります」と説明します(こういうケースでは入院後に再度ノロウイルスの検査をすることもあります。詳しくは次回述べます)。一方、3歳未満(65歳以上)でも特に持病も持っておらず、比較的元気で水分摂取が可能な場合は検査で陽性と出たとしても必ずしも入院にはなりません。ならば「初めから検査をする意味があるの?」という疑問が出てきます。

校内でのノロウイルスの集団感染が疑われたことを受け、下校する子供たち=岐阜市で2016年12月15日、沼田亮撮影
校内でのノロウイルスの集団感染が疑われたことを受け、下校する子供たち=岐阜市で2016年12月15日、沼田亮撮影

ノロウイルスが原因と確定しても…

 二つ目の検査を勧めない理由は、「ノロウイルスには特効薬がなく、整腸剤と胃薬、解熱剤くらいしか使える薬がない」ということです。検査をして陽性と出ても、対症療法と水分摂取困難時の点滴くらいしかできることがないのです。陰性と出ても実際には感染していることがありますし、またたとえ実際にはノロウイルスが原因でなかったとしても、水分摂取が困難であれば点滴加療が必要になります。つまり、検査の結果が陽性でも陰性でも、「重症であれば点滴、さらに入院を検討」という治療方針に変わりはないのです。

 話を健康な成人に戻します。健康な成人が嘔気や下痢からノロウイルスを疑い医療機関を受診したとき、先述した理由で検査は(少なくとも私は)おこないません。「検査は不要ですが、たしかにその症状からノロウイルスに感染している可能性が高いと思われます」という説明をし、患者さんの期待を“裏切ります”。すると「では最適の治療をお願いします」というのが患者さんの次のセリフですが、私は「残念ながら特効薬はありません」とまたもや期待を“裏切ります”。ノロウイルスに効く薬を求める。これが二つ目の「誤解」です。

 検査は不要で治療も特にすべきことがない。では、冒頭の「ひとりごと」のようなケースで医療機関を受診する意味があるのでしょうか。答えは「ありません」。「いい検査がある」と「いい治療がある」というのはいずれも「誤解」であり、一番いいのは「医療機関を受診せず自宅で水分を取って便を出すこと」なのです。

後編につづく

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。