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今日から使えるノロウイルス対処法

谷口恭・太融寺町谷口医院院長

ノロウイルスにまつわる三つの「誤解」【後編】

 ノロウイルスが疑われた場合、健康な成人で水分摂取が可能なら、私は「いろんな種類のペットボトル飲料を大量に買い込んでトイレにこもってください。しっかり水分を取ってしっかり便を出す。それが治療です」と言って一切の処方をおこなわないことがあります(注1)。薬を出すとしても整腸剤と胃薬くらいです。解熱剤は胃腸に負担がかかる場合がありますし、そもそも健康な成人が一時的に発熱したくらいでは大事に至りませんから、使う必要はありません。「薬や検査は最小限にすべし」は私がいつも言っている言葉です。

入院が必要な重症例の対処法

 前回はノロウイルスにまつわる「誤解」二つを説明しました。ノロウイルス検査の「感度」の話、そして特効薬がない話です。今回は三つ目の「誤解」について話したいのですが、その前に一つ目の「誤解」、検査の話の補足をしておきます。

 私は前回、「ノロウイルスを疑って医療機関を受診した場合、検査結果に関わらず治療方針は変わらない」という理由から検査を勧めないと書きました。ただし入院後は別です。ノロウイルスが原因か否かは別にして、入院せざるを得ないケースは「重症」と考えます。このようなケースでは、病原体が何かを確定する必要があります。ノロウイルスだと思っていたが実は細菌感染だった、見込み違いで抗菌薬投与のタイミングが遅れた、ということを避けたいからです。私なら、ノロウイルスを疑い入院してもらって検査が陰性だったら、繰り返し検査をおこないます。同時に他のウイルスの検査や細菌培養検査などもおこない、病原体の確定を急ぎます(注2)。

対策の第一歩は「食べ物に気を付ける」

 特別な治療法のないノロウイルス感染にはひたすら水分を取って便を出すのが基本ですが、実際に感染したときのしんどさ、つらさは強烈です。実は私自身も小児科で研修を受けていた頃、ノロウイルスに感染し歩くこともできないほどつらくなり、見かねた上司に自宅待機を命じられた苦い経験があります。この感染症はなんとしても避けたいものです。

 しかしノロウイルスにはワクチンがなく、予防としてはうがい・手洗いに努めるしかありませんが、アルコールもせっけんも効果がないと言われることがあります。ではどうすればいいのでしょうか。

 まずは食べ物に気を付けることです。ここで私が医学部の学生時代の体験を紹介したいと思います。

 医学部では5年生になると臨床実習が始まります。同時に教科書の勉強もしなければなりませんから、夕方までは病院での実習、その後は机に向かっての勉強となります。大学にはグループ学習室という部屋があり、学生は仲の良いグループで集まって一緒に勉強します。ある日、誰よりも勉強熱心なWさんが連絡もなくグループ学習を欠席しました。翌日分かったのは「前日に研修医と学生計5人で食事に行った。生ガキを食べたところ、その翌日全員が下痢・嘔吐(おうと)。つらいのを我慢して実習に来た学生は指導医から直ちに帰宅させられ、研修医はこっぴどく叱られた」ということでした。その指導医は「医者が生ガキを食べるなど言語道断だ!! しかも学生を犠牲にして!」と研修医に激怒したそうです。

 Wさんからこの話を聞いてから、私は生ガキを一切食べていません。すべての医師、とまでは言えないかもしれませんが、ノロウイルスは高率にカキに生息していること、そしてその感染力の強さを知っていれば、仕事を休まねばならないリスクを背負ってまで生ガキに手をつける医療者はそういないはずです。また、生ガキは食べなければそれでOKというわけではありません。調理した場合、包丁やまな板もよく洗わなければなりません。

せっけん、アルコールは効かない…は本当か?

 ノロウイルスは食中毒の原因となる病原体ですが、実際の感染経路は「食べ物→ヒト」以上に、ヒト→ヒト、あるいはヒト→モノ→ヒトへの感染の方が多いと思われます(注3)。「モノ」に相当するのは、トイレのドアノブ、トイレットペーパー、水道の蛇口の栓などが代表ですが、これら以外にも、職場であれば共用のパソコンのキーボードやマウス、(トイレ以外の)ドアノブ、共用のポット、掃除用具などいくらでも感染源があります。これらとの接触を完全に避けるのは無理ですから、うがい・手洗い、特に「手洗い」が重要になります。

 ところが前述のように、ノロウイルスについてはアルコールもせっけんも効果がないと言われることがあります。医療者でもそのように考えている人がいます。しかし、実際には効果がまったくないわけではありません。これが三つ目の「誤解」です。

 ノロウイルスはエンベロープ(詳しくは過去のコラム「手洗いの“常識”ウソ・ホント」参照)を持たないウイルスなので、確かにせっけんとの親和性はよくありません。しかし、アブラ汚れに付着したノロウイルスは、せっけんを使うことでアブラと一緒に落とすことが期待できます。せっけんの効果は、インフルエンザなどエンベロープを持つウイルスに対するものと比べると劣りますが、ノロウイルス対策にも使うべきです。

ノロウイルス感染予防のため、念入りに手を洗う子供たち=岡山市で2013年12月9日、五十嵐朋子撮影
ノロウイルス感染予防のため、念入りに手を洗う子供たち=岡山市で2013年12月9日、五十嵐朋子撮影

 アルコールはどうでしょうか。たしかにノロウイルスはアルコールでは死滅しにくく、嘔吐物の処理などには次亜塩素酸ナトリウムを用いましょうと言われています。しかし次亜塩素酸ナトリウムは刺激が強すぎて、皮膚(手)には使えません。また、いつもせっけんを用いた時間のかかる手洗いをおこなうのは難しいケースもあるでしょう。実はアルコールによる手指の消毒は、まったく無効と言い切れるわけではないことが分かってきています(注4)。

 実際、私は自分の手に対するアルコール消毒を日々おこなっています。ノロウイルスを強く疑う患者さんの唾液や嘔吐物に直接手が触れたときは時間をかけて手洗いをおこないますが、そうではないときにはアルコールを用いた手指の簡易消毒で対処しています(注5)。

 ただし、大量のウイルスを含む嘔吐物や便などを処理する場合は、アルコールでは効果が低く、次亜塩素酸ナトリウムを使う方が有効です。しかし、次亜塩素酸ナトリウムは木材などの有機物に接触すると抗ウイルス力が減弱してしまう弱点もあるので注意が必要です。

ノロウイルス感染を予防するため、バスのつり革や座席を消毒する整備士=広島県福山市で2007年1月18日、茶谷亮撮影
ノロウイルス感染を予防するため、バスのつり革や座席を消毒する整備士=広島県福山市で2007年1月18日、茶谷亮撮影

三つの「誤解」の総まとめ

 最後に三つの「誤解」をまとめておきましょう。

1)「検査で診断がつく」という誤解。医療機関で実施している「迅速検査」の信頼性は高くない(感度が低い)。検査の結果に関わらず重症なら入院が考慮される。

2)「いい薬がある」という誤解。ノロウイルスには特効薬もワクチンもない。日ごろ健康な成人の場合、最善の治療は「水分を取って便を出すこと」であり、水分摂取が可能なら医療機関受診は不要。

3)「手指へのせっけん・アルコール使用は無効」という誤解。実際にはまったく無効ではない。手洗いにはせっけんを用いるべきで、アルコールも補助的な使用は考慮されるべきである。

   ×   ×   ×

注1:水分については「スポーツ飲料がいいんですよね」という質問を多く受けます。たしかに適度に電解質を含んだスポーツ飲料はこのケースに適していますが、同じものばかりを飲み続けると飽きてきます。またスポーツ飲料はものによっては糖分が多く、日ごろ高血糖の人は飲み過ぎてはいけないこともあります。健康な人ならば、飲みたいものを飲めばよく、複数種のペットボトル飲料を用意するのがお勧めです。

注2:重症例以外でノロウイルスの検査が必要な場合として、公衆衛生学的な検査があります。特定のグループでノロウイルス感染が発生した場合、例えば高齢者施設で集団感染が起きたケースなどでは、施設の院内感染対策を調査しなければなりませんし、ホテルやレストランでの集団感染例には保健所が介入します。このような場合におこなう検査は、前回紹介した迅速検査ではなく、より感度の高いPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法などの検査です。

注3:ノロウイルスの強い感染力を示す事例が豪華客船での集団感染です。2016年2月、オーストラリア・シドニー港に停泊中の大型客船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客158人と乗組員数人が、航海中にノロウイルスによる感染性胃腸炎を発症していたことが現地のマスコミに報道されました。

注4:アルコールはマウスノロウイルスには有効、ネコカリシウイルスに対しては「効果にばらつきがある」との報告があります。ヒトに感染するノロウイルスはマウスノロウイルスに近いことから、アルコールはヒトのノロウイルスにもある程度は有効とする意見があります。

注5:アルコールを使うならイソプロピルアルコールよりエタノールの方が有効です。また、最近はノロウイルスにも一定の効果が期待できる新しいタイプの手に使える消毒液も発売されています。

参考資料:一般社団法人アルコール協会「ノロウイルスに係るエタノール使用ガイドライン

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太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。