実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

医師がインフルエンザの検査を勧めない理由

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っているようで、ほとんど知らない風邪の秘密【13】

 前々回は「医師がノロウイルスの検査を勧めない理由」について述べました。しかし毎年冬、患者さんの方から「検査を希望します」と言われるのは、ノロウイルスよりもインフルエンザの方です。そして、実際にインフルエンザの検査は医療機関で比較的多く実施されています。しかし、実はインフルエンザの検査もそれほど有用というわけではなく、医師は必ずしも勧めません。検査はあくまでも“参考”に過ぎないのです。例をあげて解説していきます。

40度超の発熱、同僚に感染者多数…の場合

 Aさんは前夜から悪寒と倦怠(けんたい)感を自覚していました。朝になっても症状は続いていて、熱を測ると38.0度。市販の風邪薬を飲み、重たい体を引きずって出勤したものの、つらさは増していくばかり。インフルエンザを疑ったAさんは、職場近くのクリニックを受診しました。

 さてこの場合、インフルエンザの迅速検査をおこなうべきでしょうか。ここからはあなたも医師になったつもりで考えてみてください。

 受診時のAさんは相当苦しそうで呼吸をするのもつらそうです。熱を測ると40.2度。問診から、職場では3人もの同僚がすでにインフルエンザにかかっていることが分かりました。そしてAさんはインフルエンザのワクチンを接種していません。症状としては、とにかく倦怠感と頭痛が強く、高熱のため全身の筋肉や関節が痛むといいます。この場合、インフルエンザの検査をすべきでしょうか。

インフルエンザワクチンの接種を受ける親子連れ=東京都文京区で2016年11月19日、野田武撮影
インフルエンザワクチンの接種を受ける親子連れ=東京都文京区で2016年11月19日、野田武撮影

検査結果で治療の方針が変わらない

 私ならこのケースではおこないません。理由は「検査の結果が陽性であっても陰性であってもインフルエンザと診断するから」です。実は、ノロウイルスと同様、インフルエンザの迅速検査というのもそんなに感度が高いわけではありません。つまり検査で陰性と出ても実際は感染している「偽陰性」が相当数あるのです(注1)。もっとも、ウイルス量が増えれば感度が上がりますから、発症してからある程度時間がたてば正確さは増します。しかし、Aさんのケースでは発症から半日程度しかたっておらず、こういう場合は偽陰性になることが多々あります。このように、検査をせずに、症状や周囲の状況、視診や聴診などからつけた診断を「臨床的診断」と呼びます。

 インフルエンザの特効薬を使うかどうかについては、Aさんの希望を聞いて決めることになります(インフルエンザの診断がついたとしても、必ずしも特効薬を使わなければならないわけではありません。詳しくは当連載の「『休めない』人はインフルエンザの薬を使うべきか?」を参照ください)。

軽症のインフルエンザでは検査も治療も不要

 次に別のケースを考えてみましょう。Aさんの周囲にインフルエンザの感染者はおらず、Aさんは比較的元気で熱は37.5度、という場合はどうでしょうか。この場合も、私なら検査を勧めません。比較的元気なわけですからインフルエンザであったとしても、タミフルやイナビルといったインフルエンザの特効薬を使う必要はありません。安静にしているのが一番なのです。

 実は、「軽症ならインフルエンザの検査・治療はすべきでない」ということは医師の間で広くコンセンサスが得られていることです。世界中の医師が参照している「UpToDate」というオンラインの医学教科書があります。その中には、インフルエンザについて「高いリスクを伴う持病を持っていない65歳未満の成人の場合、軽症(mild illness)ならインフルエンザの検査も治療も必要ない」(訳は筆者による)とはっきりと書かれています(注2)。

インフルエンザの検査が必要なケースは?

 では、インフルエンザの検査をすべきなのはどんなときでしょうか。私なら、例えばAさんの症状がもっと重症で、入院を考慮すべき場合には迅速検査をおこないます。というのは、重症化した場合、最適な治療をおこなうには「確定診断」が必要だからです。インフルエンザを強く疑ったのにもかかわらず検査が陰性となったときは、場合によっては翌日にもう一度検査を検討することもあります。

 激しい倦怠感と高熱をきたす疾患はインフルエンザだけではありません。細菌感染でもインフルエンザと似たような症状となることがありますし、頻度は小さいとはいえ、急性HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染症で皮疹がなければインフルエンザが先に疑われることが多いですし、急性B型肝炎でもときに似たような症状を呈します。白血病や悪性リンパ腫など一部の悪性疾患でも高熱と倦怠感から診断がつくことがあります。海外から帰国したばかりであればマラリアやデング熱の可能性も考えなければならないこともあります。重症例は何としても確定診断をつけなければならない、という方針はノロウイルスのときに述べたのと同じ考え方です。

 検査をおこなうケースを、もう少し考えてみましょう。Aさんが前々日の夜から症状があり現在も高熱と倦怠感が続いていれば、私は検査をおこなうかもしれません。この場合、発症からおよそ1日半が経過していますから迅速検査の感度が上がるからです。しかし、この場合も周囲の状況や症状からインフルエンザが強く疑われた場合は、検査が陰性だからと言ってインフルエンザの可能性が否定できるわけではありません。

検査の限界を知ろう

 つらい思いをしたときはその原因をはっきりさせたいと考えるのは当然です。しかし、ノロウイルスと同様、インフルエンザの場合も、迅速検査というのはそれほど感度が高くなく、万能ではないことを知っておいた方がいいでしょう。具体的な症状、重症度、発症からの時間経過、周囲のインフルエンザ発症者の状況、ワクチン接種の有無、年齢、持病などを考慮した上で視診や聴診などをおこない、総合的に考えて検査をすべきかどうかを考えなければならないのです。

   ×   ×   ×

注1:アメリカ家庭医学会(American Academy of Family Physicians)は「検査結果が陰性であってもハイリスク患者には抗インフルエンザ薬投与を検討すべきだ」という見解を発表しています。「ハイリスク患者」とは乳幼児や高齢者、あるいは悪性腫瘍やHIVといった基礎疾患を有している患者のことです。

注2:原文は「Adults with mild illness without high-risk conditions who are younger than 65 years of age do not require testing or treatment」で、こちらのページに記載されています(要ログイン、有料)。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。