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薬剤耐性菌の新たな恐怖 クロストリジウム・ディフィシル

谷口恭・太融寺町谷口医院院長

抗菌薬の過剰使用を考える【3】

 この連載の「薬剤耐性菌を生む意外な三つの現場」の回で述べたように、知識だけでは簡単に防げず、今後ますます危険性が増していくと考えられているのが「薬剤耐性菌」です。何しろ既存の抗菌薬が効かないわけですから、自然治癒が起こらない限りは完治せず「死に至る病」となってしまうこともあります。前述のコラムにも書きましたが、2050年には薬剤耐性菌が世界で年間1000万人の命を奪うという予測もあります。「年間1000万人」と聞いてその壮絶さがイメージできるでしょうか。

30年後、がんをしのぐ世界1位の死因とは

 英国の公的団体「The Review on Antimicrobial Resistance(薬剤耐性に関する検討会」が公表しているリポート(注1)は、薬剤耐性関連死が50年の世界の死因の第1位になると予測しています。これだけでは数字の大きさがピンときませんが、他の疾患と比べれば一目瞭然です。

The Review on Antimicrobial Resistance : Antimicrobial Resistance: Tackling a Crisis for the Future Health and Wealth of Nations (December 2014) より翻訳、一部改変
The Review on Antimicrobial Resistance : Antimicrobial Resistance: Tackling a Crisis for the Future Health and Wealth of Nations (December 2014) より翻訳、一部改変

 このグラフで、2番目に死亡者数が多いのは「がん」で820万人。これは世界保健機関(WHO)による2012年の推定死者数で、現時点の死因第1位です。続くのが糖尿病の150万人。つまり、今からしっかりとした対策を取らない限り、薬剤耐性関連死が30年後には現在のがんや糖尿病以上の脅威となると予測されているのです。

 私は薬剤耐性菌対策の重要性はいくら強調してもしすぎることはないと考えていますが、インターネット上の医療情報サイトでは、がんや生活習慣病に関連する記事が多くを占め、薬剤耐性に警告を発するようなものはあまり見かけません。感染症に関していえば、そのときにはやっているもの、例えばノロウイルスやインフルエンザや、あるいはジカウイルスなどに対しては関心が高まりますが、流行しているわけではなく、特定の細菌を指しているわけでもなく、身近な存在とは思えない薬剤耐性には関心が集まりません。それでいいのでしょうか……。

米国で年間3万人の命を奪うクロストリジウム・ディフィシル

 薬剤耐性菌とは、一般的には「それまでなら、その細菌を簡単に死滅させることができた抗菌薬を投与しても死ななくなった細菌」のことを指します。メチシリンという抗菌薬に耐性をもった黄色ブドウ球菌、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)や、抗菌薬バンコマイシンが無効となった腸球菌、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)などが有名です。しかし、広義には「もともと抗菌薬の効果が乏しい細菌」も含まれます。今回紹介したい「クロストリジウム・ディフィシル」という名の細菌もその一つです。

 クロストリジウム・ディフィシル(以下「CD」)、あまりなじみがないかもしれませんが00年以降急速に問題となっている細菌で、死亡者も少なくありません。米国では過去20年で死亡者が数倍に膨れ上がり、現在では年間約3万人もが犠牲になっています。日本でも感染者が増加傾向にあり、10年には埼玉県の病院で集団感染が発生し死亡者も出たことが報じられました。

ダンゴムシのように身を守る細菌

電子顕微鏡写真をもとに描かれたクロストリジウム・ディフィシルのCGイラスト=米疾病対策センター(CDC)ウェブサイトより
電子顕微鏡写真をもとに描かれたクロストリジウム・ディフィシルのCGイラスト=米疾病対策センター(CDC)ウェブサイトより

 CDは、細菌学的には嫌気性(酸素があるところでは生息できない)のグラム陽性桿(かん)菌(グラム染色で青く染まる細長い菌)で、人を含む動物の腸内や土壌に生息しています(注2)。「クロストリジウム・〇〇〇」という名の細菌は200種以上あり、CDの他には、破傷風菌(クロストリジウム・テタニ)、ボツリヌス菌(クロストリジウム・ボツリヌム)、ウエルシュ菌(クロストリジウム・パーフリンゲンス)などが有名です。これらはいずれも致死的な感染症の原因となります。

 CDは嫌気性ですが、酸素のあるところに放り出されると死滅するわけではありません。そういった環境にさらされると「芽胞」という形態に変化します。イメージでいえば、ダンゴムシが敵から身を守るために体を丸めるようなものです。芽胞の形態をとると、既存の消毒薬や抗菌薬が効かなくなります。狭義の薬剤耐性菌と異なるのは、CDの場合、耐性の遺伝子を獲得したからだけでなく、もともと抗菌薬が効きにくい性質を持っているのです。

抗菌薬で他の細菌が激減した腸内で…

 しかし芽胞という強靱(きょうじん)な形態に変化するという「芸当」を持ち、米国では年間3万人もの命を奪うCDは、なぜ日本ではこれまでそれほど注目されていなかったのでしょうか。実は、CDは多くの健常人の腸内に昔から生息しています。しかし、「ある事態」がない限りはおとなしくしていて、仲間を増やすようなことはしません。腸内にすんでいる他の細菌たちに比べると、それほど強いわけではなく、他の細菌の「なわばり」を奪いにいくような力はありません。「ある事態」が起こらなければ、強い細菌たちに隠れて生きている目立たない存在なのです。

 「ある事態」は突然起こります。突然、広いなわばりを誇っていたCD以外の細菌が次々と倒れ、バッタバッタと死に始めます。CDが強い細菌に立ち向かい決闘を挑んで倒したからではありません。CDは何もしていないのです。予期せぬ事態にCDも当初は戸惑う(?)ものの、ライバルがいなくなったわけですから、ここぞとばかりに仲間を増やしていき、やがてCDの「天下」となります……。

 この「ある事態」とはもちろん抗菌薬の投与です。抗菌薬はヒトの害となっている細菌をターゲットとして投与されますが、その細菌だけを特異的に退治するわけではありません。実際には腸内の多くの細菌を死滅させます。CDはもともと抗菌薬が効きにくく、いざとなれば芽胞の形態をとり抗菌薬の攻撃からも身を守ることができます。つまり、抗菌薬が使われれば使われるほどCDにとっては好ましい環境となるのです。

 そしてCDは「死に至る病」です(注3)。抗菌薬が効かないだけでなく、アルコールやクロルヘキシジンといった医療機関で通常用いる消毒薬も無効ですし、煮沸滅菌も効かず、厚生労働省の見解でもMRSAやVREよりも対策が困難とされています。

 次回は、CDが具体的にどのような症状をもたらすのか、治療はどうするのか、といったことを紹介します。

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注1:このリポートはこちらで読むことができます。

 薬剤耐性菌は英語ではdrug resistance bacteriaと言います。しかし、最近はantimicrobial resistance(AMR)という表現が普及してきています。これを直訳すると「薬剤耐性」または「抗菌薬耐性」となります。「薬剤耐性により死亡」という表現には違和感がありますが、「AMRによる死亡」という言い方は広がりつつあります。

注2:クロストリジウム・ディフィシルは生物学的には「種名」に該当します。正確な名称は「クロストリジウム科(の中の)クロストリジウム属(の中の)(種としての)クロストリジウム・ディフィシル」となります。クロストリジウム属に所属するクロストリジウム種は200種以上存在します。

注3:正確に言えば、CDには毒素を産生するタイプとしないタイプがあります。抗菌薬を投与し腸内の環境がかく乱されたとき、毒素を産生しないタイプはしないままなのか、毒素を産生するタイプに変異することがあるのかはよくわかっていません。

抗菌薬の過剰使用を考えるシリーズ第1回はこちら

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太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。