実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

クロストリジウム・ディフィシル 病院がその牙城

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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抗菌薬の過剰使用を考える【4】

 抗菌薬の使用により、腸内でクロストリジウム・ディフィシル(以下「CD」)が増えるとどうなるのでしょうか。CDが病原性を発揮し始めると、通常はまず下痢が生じます。とはいえ、日ごろ健康な人が抗菌薬を内服して下痢が生じたときに「CDで死ぬんじゃないか……」とまで考える必要はありません(ただし、高齢者や基礎疾患を持っている人の場合はその限りではありません。抗菌薬の使用は必要時のみにしなければならないという原則は変わりません)

消毒すればするほど生き残る

 実際にCDが問題となるのは医療機関に入院したときです。何らかの疾患で入院した場合、抗菌薬を投与されることがよくあります。手術を受けた場合はほぼ100%使われますし、手術目的でない入院の場合にも処方されることがあります。自分自身には投与されなかったとしても、同室の患者さんに使われていることもあります。

 また、病院で働く医療者は院内感染を防がねばなりませんから、頻繁に手指の消毒をおこないます。各病室やナースステーションの入り口には必ずアルコールの簡易消毒剤が置かれているはずです。ところが、CDはアルコールやその他の一般的な消毒薬がほとんど効きません。ということは、医療者がアルコールを用いた手指の消毒をすればするほど、ちょうど抗菌薬を用いたときの腸内と同じようにCDばかりが多数残る、という皮肉な結果となります。もっとも、流水下で時間をかけて手洗いをすれば効果はあります。しかし、忙しい勤務のなか、それぞれの患者さんのところに行くたびに時間をかけた手洗いをおこなう余裕はありません。

 自分自身に抗菌薬が投与され腸内のCDが増えることだけでなく、同じ病室の患者さんや医療者からの院内感染も考えなければならないというわけですが、実はそれだけでもないのです。なんと、あなたの前にそのベッドを使っていた患者さんに抗菌薬が投与されていた場合、CDに感染するリスクが上昇するという研究もあるのです(注1)。こうなると、病院内はCDのリスクに満ちあふれている、と言わねばなりません。

CD感染が疑われても打てる手は少ない

 ではCD感染が疑われた場合はどうすべきなのでしょうか。入院後に下痢が続いた場合は、CD感染が鑑別に挙げられます。そして便を用いた検査をおこないます。もしも抗菌薬が投与されていたなら、可能であれば中止します。ただし、CDのリスクよりも抗菌薬を続けなければならない理由がある場合もあり、必ずしもすぐに中止できるわけではありません。

 通常、腸内の細菌感染の場合、培養検査をおこない、同時に薬剤感受性検査といって、どのような抗菌薬を使えば効果があるかを調べます。しかしCDの場合、感染していても培養検査で検出される率が低く(「感度」が低く「偽陰性」となります)、検出されたとしてもそもそも効果のある抗菌薬があまりありません。CDの産生する毒素を検出する検査もありますが、これも感度は高くありません。

シャーレ上の培地で培養されたクロストリジウム・ディフィシルのコロニー。紫外線のライトを当てているためコロニーは黄色い蛍光色に光って見える=米疾病対策センター(CDC)ウェブサイトより
シャーレ上の培地で培養されたクロストリジウム・ディフィシルのコロニー。紫外線のライトを当てているためコロニーは黄色い蛍光色に光って見える=米疾病対策センター(CDC)ウェブサイトより

 臨床的にCDの可能性が否定できない場合、それが重症と判断されれば、バンコマイシンまたはメトロニダゾールという強力な抗菌薬を用いることになります。これらはいわば「最終兵器」ですが、有効性が高いとは言えません。そして、頼みの最終兵器が無効であればもはやなすすべがありません。

 どのような抗菌薬を用いても効果がでなければ、腸壁の機能が低下し栄養分が吸収されず次第にやせほそっていきます。度重なる腹痛と便意が生じて下痢が続き、体力を一気に消耗します。もともと体力のない高齢者や基礎疾患のある人がこういう症状が長引くと危険な状態になります。

 CDは出血も起こし血便が生じることもあります。また、まひ性イレウス(腸管がまひして動かなくなる)が起こることもあり、さらに重症化すると消化管穿孔<せんこう>(腸に穴が開いて腹膜炎をおこす)や中毒性巨大結腸症(文字通り結腸が巨大化し破裂することもある)へと進展することもあり、こうなると致死率は一気に跳ね上がります。

若い人でも死に至る危険がある

 CDは一般的には高齢者や基礎疾患のある患者に多いとされていますが、若い人にも起こりえます。英国の生物学者アランナ・コリン氏の著書「あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた」(注2)に、CDの興味深い症例が紹介されています。

 交通事故で下肢切断術を受けたハワイ在住35歳の女性カウンセラーの話です。術後ひどい嘔吐(おうと)と下痢が生じ、これらが一向に改善しません。下痢は1日30回にものぼり体重は20%減少、髪は抜け、動悸(どうき)がおさまらず目がかすんできたそうです。大腸内視鏡を実施してCDの診断がつきました。しかし、高用量の抗菌薬が何種類も投与されたものの一向に症状は改善しません。腹痛・下痢が止まないだけでなく、視力と聴力が衰えていき、体重減少が生命を脅かすほどになったそうです。

「病院はCDの本拠地」

 著作で抗菌薬の過剰使用に警告を鳴らしているコリン氏の言葉を借りれば「病院はCDの本拠地」です。この表現は言い得て妙です。なにしろ、大量に使用される抗菌薬のせいでCDはまるで野火のように広がるのです。医療者が熱心にアルコールで手指消毒をすればするほどCDは生き残ります。“危ない”と思えば芽胞という「芸当」で身を守ることもできます。病院の清掃員がいくら熱心に駆除に努めようとしても勝ち目はありません。

 では、世界中で今後ますますCDのリスクは上昇するのでしょうか。高齢者のみならず、このハワイのカウンセラーのように若い人にも増えていくのでしょうか。現時点では「イエス」と言わざるを得ません。コリン氏は、過去数十年でCDの危険性が増したのは「抗菌薬との軍拡競争で生まれた変異株」が要因とみています。

 しかし、生命が脅かされた女性カウンセラーはすべての抗菌薬が無効であったものの最終的には助かります。そして、このカウンセラーを救った方法がCDに対する最も効果的な治療法と考えられつつあります。次回はコリン氏の著作、さらに他の文献も踏まえてこの画期的な治療法を紹介します。

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注1:論文はこちらで読めます。

注2:「あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた」 アランナ コリン 著、矢野真千子訳 河出書房新社 2016年

抗菌薬の過剰使用を考えるシリーズ第1回はこちら

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト