実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

他人の便で弱った腸を回復する

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 前回紹介したクロストリジウム・ディフィシル(以下「CD」)に感染した女性カウンセラーは、あらゆる抗菌薬が無効であり、下痢が止まらず、視力・聴力が低下し、髪が抜け、体重減少が顕著になり、もはやなすすべがありませんでした。そして最後の望みに賭けます。英国の生物学者アランナ・コリン氏の著書「あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた」(注1)から、その経緯を見てみましょう。

 彼女は治療のため、ハワイからカリフォルニアへの航空券を手配します。航空券は2人分で夫も妻に付き添いました。しかし、夫は単なる付き添いではありません。妻の「ドナー」となるのです。ドナーというのは臓器移植のときに用いられる用語で、臓器を提供する人のことを言います。しかし彼女の夫は自分の妻に臓器提供をしたのではありません。では何を提供したのか。「便」です。

 他人の便を自分の腸内に入れる……。これがここ数年で急速に注目度が上がっている「糞便(ふんべん)移植」です。CDに糞便移植が有効と考えられたのはなぜでしょうか。前回述べたように、もともとCDはそれほど強い細菌ではなく、腸内の他の細菌のなわばりに侵入するような度胸はありません。目立たぬようにひっそりと生息していたのです。ところが人間によって抗菌薬が投与されたことにより、それまで腸内を仕切っていたよう…

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト