実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

花粉症もアトピーも抗菌薬が原因かも?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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抗菌薬の過剰使用を考える【8】

 重症の下痢をもたらすクロストリジウム・ディフィシル(CD)は、すべての抗菌薬が効かず、残された唯一の治療が糞便(ふんべん)移植になることもあります。しかし、「抗菌薬の使用を控えること」で、CDの発症を大幅に減らせることをイングランドが大規模調査で示しました(前回参照)。

 そして、抗菌薬の使用を減らすことで絶大な予防効果が得られるのはCDだけではありません。そのすべてが高いエビデンスレベルで証明できるわけではありませんが、現在、アレルギー疾患や自己免疫性疾患、さらに精神疾患や肥満までが抗菌薬の過剰使用が原因であることが指摘されています。

“現代病”アレルギー疾患はなぜ生まれたのか?

 それらのなかで、今回は花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患について話をしてみたいと思います。

 まずは、なぜ昔はほとんどみられなかったアレルギー疾患がこれだけ増えているのか、という点について考えてみましょう。日本を含む先進国では1980年代あたりから、花粉症やアトピーなどのアレルギー疾患が急増しました。花粉症は、たしかにスギ花粉の飛散量が増加したことが大きな原因ですが、それだけで説明できるでしょうか。加えて21世紀に入ると食物アレルギーが急増し、小学校での給食の現場に混乱を招いています。なぜなのでしょうか。

花粉症シーズンにマスクをして街を歩く人たち=2013年3月、東京都内
花粉症シーズンにマスクをして街を歩く人たち=2013年3月、東京都内

清潔になりすぎた環境が原因? 衛生仮説

 急激にアレルギー疾患が増えた理由を説明するのに少し前までよく引用されていたのが「衛生仮説」です。英国の医師ディビッド・ストラカンが提唱したもので、ストラカンは兄弟姉妹で子供のアレルギー歴を観察すると、弟や妹よりも長男・長女、またはひとりっ子にアレルギー疾患が多いことに気づきました。この理由として、弟や妹はまだ小さい頃に、兄や姉が外でもらってきた風邪の病原体にさらされることで免疫系が鍛えられてアレルギーになりにくい、長男長女やひとりっ子は大切に育てられて小さな頃に病原体と接することが少ない。そのためにアレルギーになる、と考えたのです。

 私自身は自分が長男で、花粉症もアトピーもぜんそくもないということもあり、この理屈には、本当かなあ、と懐疑的なのですが(もっとも、私が大切に育てられなかったということかもしれませんが……)、「長男長女にアレルギーが多い」と断言する日本の医師もいます。

 兄弟の話は抜きにしても、衛生仮説が支持される理由はいくつもあります。アレルギー疾患は発展途上国にはあまり見られずに、先進国に多い疾患です。同じ国でみても衛生状態が改善するにつれてアレルギー疾患が増えています。ですから、近代化が進むにつれアレルギー疾患が増えるのは間違いなさそうです。

衛生仮説で説明しきれない問題

 社会が豊かになり、誰もがせっけんを使い、自宅で風呂に入ることができるようになり、上下水道が発達すると人々は清潔になり感染症のリスクは大きく減少します。例えば、ぎょう虫などの寄生虫疾患は激減し、もはや小学校で全員が検査を受ける必要もなくなりました。なかには、これがアレルギー疾患の原因ではないかと考え、わざわざ寄生虫を体内で“飼育”することを試みる人もでてきました。また、この考えを支持する研究も複数あります(注1)。

 しかしながら、今も衛生仮説の支持者がいる一方、最近は否定的な見解が増えてきています。その最大の理由が、疫学的な研究を重ねても感染症の罹患(りかん)率が高ければアレルギーを発症しにくい、という結論が導けないことです。

 衛生仮説の理論を分かりやすく言うと「闘うべき病原体と接しなくなった免疫系は仕事がなくなり、病原体の代わりに自己を攻撃するようになった」となります。ですが、よく考えると、免疫系は自分の体を攻撃する前に、目を付けるものがあるはずです。そうです。腸内や皮膚に常在している微生物です。なぜ、免疫系はこれらの微生物には攻撃をしかけずにわざわざ自分の体を破壊するのか……。衛生仮説はこれを合理的に説明することはできません。

日本人が発見した「Tレグ」とその機能

研究について語る坂口志文・大阪大教授=大阪府吹田市の大阪大で2015年7月1日、西本勝撮影
研究について語る坂口志文・大阪大教授=大阪府吹田市の大阪大で2015年7月1日、西本勝撮影

 ところで最近「Tレグ」という言葉をよく聞きます。正式名を制御性T細胞(regulatory T cell)と言い、役割を一言で言えば「過剰な免疫応答の抑制」です。免疫系というのは好き勝手にやらせれば“暴走”するもので、それをTレグが抑制することにより正常な免疫応答が成立することがわかってきています。なお、Tレグを発見したのは大阪大学の坂口志文教授で、この功績により2015年にガードナー国際賞を受賞されています。

 Tレグが正常に機能すれば免疫系の暴走を防ぐことができ、結果として過剰なアレルギー反応がなくなる。つまり、花粉症やアトピーなどの発症を防ぎ、また発症したとしても悪化させないようにすることができる。これがここ数年で確立されつつある新しい免疫学の理論です。

腸内細菌がTレグを制御し、免疫機能を調整

 さて、驚くのはここからです。過剰なアレルギーをおさえるTレグをコントロールしているのは誰か。誰か?って自分自身に決まっていると思いたいところですが、これが少し違うのです。なんと腸内細菌の一部が腸内のTレグを増やす働きがあることが分かったのです! このことを発見したのも日本人の学者、慶應義塾大学教授で理化学研究所統合生命医科学研究センター消化管恒常性研究チームのチームリーダーも兼務されている本田賢也先生です(注2)。

 腸内細菌のバランスが乱れることでTレグが増えなくなり、それが原因で過剰な免疫応答が起こり、本来「敵」でも何でもない花粉やダニを攻撃するようになり、花粉症やアトピーを発症するようになった……。複雑なメカニズムをもつアレルギー疾患がこれだけですべて説明できるわけではありません。しかし、Tレグが正常に働けばアレルギー疾患が抑制できることにはコンセンサスがあるといっていいでしょう。

 そして、腸内細菌のバランスが失われる最大の原因とは? 抗菌薬の過剰投与に他なりません。衛生仮説が主張するように闘うべき病原体がいなくなったから免疫系が自己に牙をむいたのではなく、抗菌薬の使いすぎで腸内細菌のバランスが失われ、その結果Tレグが産生されなくなった。つまり生活が豊かになり衛生的になったからではなく、気軽に抗菌薬を使い過ぎたことでアレルギー疾患が増えた、という可能性があるということです。

 風邪をひいて病院を受診し抗菌薬を処方してもらう……。もちろん必要なときには使わなければなりませんが、風邪のほとんどはウイルス性であり抗菌薬は不要です。そして、安易な抗菌薬の使用が、花粉症など将来のアレルギー疾患のリスクとなるかもしれない、ということは知っておいた方がいいでしょう。

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注1:日本の研究では、群馬大学のものがあります。湿疹を発症するマウスにマラリアを感染させると改善することを報告しています。医学誌「Allergy」2014年8月17日号に掲載されています。

注2:この研究は科学誌「Nature」で報告されています。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。