医療プレミア特集

妊娠・授乳期 上手な薬との付き合い方

鈴木敬子・毎日新聞 医療プレミア編集部
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 妊娠・授乳期において、薬の使用はとても慎重に考えなければならない問題です。薬の使用に不安を感じ、さまざまな体調不良に見舞われても、薬を使わずに乗りきろうとする妊産婦は多いでしょう。しかし、あらゆる症状を我慢しなければならないのもまたつらいものです。妊娠・授乳期は薬とどのように付き合っていけばよいのでしょうか。国立成育医療研究センター(東京都)妊娠と薬情報センターの村島温子センター長に話を聞きました。

妊娠中は薬の必要性の見極めが大切

 --妊娠期における薬の使用をどのように考えればいいですか

 妊娠中に限らず、薬のメリットとデメリットのバランスを考慮するのが薬物治療の大原則です。薬には副作用がつきものです。妊娠中はさらに赤ちゃんへの影響を考え、本当に母親にとって薬が必要な場面かどうかを見極めることが大切になります。

 薬物の使用の有無に関係なく、生まれてくる赤ちゃんには2~3%の確率で先天異常が起こるとされています。薬の中には先天異常をきたす「催奇形性」のあるものもありますので、もし生まれた赤ちゃんに先天異常があった場合、実際には薬との因果関係がなくとも、お母さんは「あのとき飲んだ薬が原因ではないか」と思い悩み、一生悔いることになりかねません。そのようなリスクも考慮すれば、どうしても薬が必要という場面でなければ、使用を控えるのが基本的なスタンスになります。

 一方で、薬が必要なのに飲まずに我慢してしまうのもよくありません。たとえば帯状疱疹(ほうしん)などを生じるヘルペスウイルスやインフルエンザウイルスに対しては、赤ちゃんに影響がないと確認されている特効薬があります。薬を飲まずに重症化させてしまっては、おなかの赤ちゃんの発育に影響が出る場合もあります。そういうときは薬を使うべきです。

妊娠の時期によって注意が必要な薬は変わる

 --薬の安全性とは、どのように確かめられているのですか

 新薬の発売前に治験が行われますが、妊婦は対象となりません。そこで参考になるのが、マウスやラットなどを使った動物実験の結果です。ただし動物実験の結果は重大に捉えられる傾向があり、少しでもあやしい点があれば妊婦への投与は禁止されるため、こうして妊婦への使用が禁忌となった薬は数多くあります。また胃やアレルギーなどの薬では、発売後、妊娠中に薬を使用した経験のある1000人と使用しなかった1000人を追跡調査して、先天異常発生率が変わらなかったという報告が出た薬もあります。動物実験の結果から妊婦は禁忌となった薬でも、発売から長い年月が経過し、その間に催奇形性の報告がないことから安全とされている薬もあります。

 しかし、動物実験の結果をそのまま人に応用できるわけではありませんし、1000例クラスのデータがそろっていても100%大丈夫とは言えません。安全性が確かめられている薬はそんなに多くはないのです。

 --妊娠の時期によって注意が必要な薬は変わりますか

 薬は妊娠初期(妊娠4~15週)だけ注意すればいいというものではありません。妊娠初期のほか、中期(妊娠16~27週)以降飲んではいけないもの、後期(妊娠28週から)に飲んではいけないものに分かれます。主に妊娠初期は催奇形性に最も過敏な時期で、中期以降になると、主に胎児の成長や発達に悪影響を与える「胎児毒性」への注意が必要になります。

 --よく「市販薬も自己判断で飲まないように」と言われることがありますが、それはなぜでしょう

 通常、催奇形性のあるような薬は市販されません。しかし、たとえば痛み止めとして一般的な市販薬にも含まれるロキソプロフェン、イブプロフェンなどは、妊娠後期以降に飲むと赤ちゃんの血管を収縮させると言われています。どのような成分が入っているか分かりませんので、医師や薬剤師に聞いてから使うべきでしょう。

妊娠に気付く前に飲んでしまった薬は心配しないで

 --妊娠のごく初期ですと、妊娠に気付かず薬を飲んでしまったというケースはあると思います。大丈夫なのでしょうか

 受精から2週間プラスアルファくらいの期間は「All or none(全か無か)」と呼ばれ、この時期に薬を使用しても影響が出ることはないと言われています。皆さんが「そろそろ生理なのに来ない」と妊娠の可能性に気付き始めるのが妊娠4週ごろですが、排卵、受精したあたりからそのころまでに何か薬を飲んでしまったとしても心配せず、飲んだ薬については主治医に伝えてください。

 --妊娠中は便秘や頭痛などのつらい症状に見舞われたり、風邪を引いたりしてしまうこともあると思います。どのような薬なら安心して使えますか

 妊娠中の便秘には酸化マグネシウムが優先されます。便秘は母体によくないので、基本的に産科の医師が処方した薬はきちんと飲んだ方がいいと思います。頭痛などの痛み止めには、アセトアミノフェンが第1選択肢となります。風邪などでどうしても抗生物質が必要となる場合は、ペニシリン系、セフェム系、マクロライド系といった、古くからあって安全とされる薬が選択されます。

ほとんどの薬は母乳栄養との両立が可能

 --授乳期はどうでしょうか

 薬には使用上の注意などを記した「添付文書」があり、多くの添付文書には薬の成分が母乳中に移行するので、薬を投与しないか、やむを得ず投与する場合は断乳するように書かれています。そのため、病院でもそう言われることが多いと思いますが、ほとんどの薬は母乳栄養との両立が可能です。母親が服用した薬が赤ちゃんに作用するには、母乳中に移行したうえで、赤ちゃんの消化管から吸収されなければなりません。つまり、「母乳中に移行するから」という理由だけでは断乳する根拠にならず、赤ちゃんの血中に相当量の薬が検出された場合に初めて断乳の必要性が出てくるのです。

 そのためには、母親の内服量に対する乳児の摂取量の割合を調べる必要があります。これをRID(=Relative Infant Dose)といいますが、この値が10%以下であれば問題ないとされています。国立成育医療研究センターがあらゆる薬を調べた結果、ほとんどの薬でこの値を下回っていました。

 赤ちゃんにとって母乳はもっとも優れた栄養であるだけでなく、免疫力の向上、肥満などの予防、認知能力の増加につながります。母親側にもメリットはたくさんあります。妊娠前の体重に戻りやすくなり、骨密度の増加、乳腺炎や乳がん予防などの効果もありますので、安易に断乳すべきではないのです。ただし、なかにはRID値が高いなどの理由から、授乳中の使用に適さない薬もあります。個別の薬の情報は、「妊娠と薬情報センター:授乳中の薬の影響-国立成育医療研究センター」ウェブサイトに具体的に掲載していますので、参照してください。

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むらしま・あつこ 国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター主任副センター長、妊娠と薬情報センターセンター長、母性内科医。筑波大学卒業後、虎の門病院で研修、順天堂大学膠原病(こうげんびょう)内科などを経て現職。日本リウマチ学会理事、日本母性内科学会理事、日本妊娠高血圧学会理事。膠原病合併妊娠に関連した厚生労働科学研究研究代表者を務め、診療ガイドライン作成を含めた研究成果を出してきた。また、妊娠・授乳中の薬剤使用に関する専門家として厚生労働省薬事・食品衛生審議会における複数の部会の委員を務めている。

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鈴木敬子

毎日新聞 医療プレミア編集部

すずき・けいこ 1984年茨城県生まれ。法政大卒。2007年毎日新聞社入社。岐阜支局、水戸支局、横浜支局などを経て、15年5月から医療プレミア編集部。