実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

やせられない… それは抗菌薬が原因かも

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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抗菌薬の過剰使用を考える【9】

 前回は、花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患が、抗菌薬の使い過ぎが原因で生じている可能性について述べ、「Tレグ(制御性T細胞)」という免疫を抑制する細胞についても解説しました。

 今回は「抗菌薬の使用が肥満を招く」という話です。そして、これを示すには難しい細胞の話を持ち出す必要はありません。とても簡単に証明することができます。それは「家畜」です。当連載の「薬剤耐性菌を生む意外な三つの現場」の回で述べたように、牛、豚、鶏などの家畜の餌に、少量の抗菌薬を混ぜると家畜の体重が増加し、成長が速くなるのです。

 以前の回でも説明したように、欧州連合(EU)では、薬剤耐性菌を生み出すリスクを避けるために、既に成長促進目的での家畜への抗菌薬投与を禁止しています。しかし米国の医師マーティン・J・ブレイザーによると、米国では現在も販売されている抗菌薬の7~8割が家畜に使用されています。また、英国の生物学者アランナ・コリンの著作によれば、米国の家畜に抗菌薬が使われなかったとすれば、同じ重量の食肉を出荷するために、4億5200万羽の鶏、2300万頭の牛、1200万頭の豚を余分に飼育しなければならないそうです。

なぜ「肥満」がこんなに多いのか?

 現在世界中で肥満者が増えているのは明らかです。欧米、日本などの先進国のみならず中国やインドでも肥満が社会問題と化しています。いまや、地球上の成人の3人に1人が過体重、9人に1人が肥満とする統計もあります。

 なぜこんなにも肥満が増えたのか。常識的に考えれば「食べ過ぎ」か「運動不足」のどちらかです。医学の世界でも長い間、カロリーイン・カロリーアウトの原則は信じられてきました。つまり、摂取カロリーが消費カロリーを上回ったときにエネルギーが蓄積され体重が増えるという考え方です。

 しかしこの考えが正しいとするなら我々現代人はそんなにも食べ過ぎて、そんなにも運動不足なのでしょうか。日本は欧米の先進国に比べると肥満者が少ないのですが、それでも過去と比べると増えているのは明らかです。では、現在の日本人はどれだけ食べ過ぎているのでしょうか。厚生労働省の「国民健康・栄養調査」(2015年)によると、日本人の平均エネルギー摂取量は1人1日あたり1889kcalです。一方、同じく厚労省のサイトによれば、1946年の平均エネルギー摂取量は1人1日あたり2000kcalを超えています。つまり、食べ過ぎどころか、カロリーイン(摂取カロリー)は減っているのです。

摂取カロリー>消費カロリーだから太る…は成立せず

 では、運動量が減っているのでしょうか。日本人の運動量が増減を示すデータは見当たりませんでしたが、タンザニアの辺境地で約1万年前から狩猟採集民として暮らしているハッザ族と、現代の一般的な西洋人のカロリー消費量を比較した興味深い研究があります。ニューヨーク市立大学のハーマン・ポンツァー氏が、医学誌「Plos One」に論文を掲載しています(注1)。その結論は、「ハッザ族は西欧人に比べて運動量は多いが、カロリー消費量は西欧人とほとんど変わらなかった」というものです。ハッザ族と西欧人のカロリー消費量が変わらないなら、昔の日本人と現代の日本人の間にも有意な差はないと考えるべきでしょう。つまり、運動量が増えても劇的にカロリー消費が増えるわけではないのです。これは、日々診察をしている患者さんをみていてもうなずけることです。運動をするだけで体重を減らすのは極めて困難です。

 ここまでをまとめると、21世紀の日本人は、戦後の貧しい時代と比べて、カロリー摂取量はむしろ減っており、運動量は減っているとしてもそれがカロリー消費減少につながっているわけではない、ということになります。では、日本、そして世界中で肥満が増えている真の原因は何なのか。もはや「カロリーイン・カロリーアウト」の理論は成り立ちません。

家畜の肉から摂取した抗菌薬の影響で太るという説

 なぜ現代人は太りやすいのか。医学誌「Frontiers」に掲載された論文(注2)では、家畜への抗菌薬の使用が原因である可能性を指摘しています。つまり家畜として育てられた鶏、牛、豚の肉に残留した抗菌薬をヒトが摂取することにより、肥満が増加したという可能性です。肥満になったのは家畜だけでなくそれを食べた人も、ということです(注3)。

 この考えを支持する可能性がある、興味深いデータがあります。医学誌「The New England Journal of Medicine」に掲載された論文(注4)によれば、肥満は“伝染”すると言います。ある人が肥満になるリスクは、その人の配偶者が肥満になれば37%上昇し、その人の親友が肥満になるとなんと71%も上昇することが分かりました。面白いことに、ただ隣に住んでいるだけの隣人が肥満になってもリスクは上昇せず、一緒に暮らしていなくても、兄弟が肥満になった場合はリスクが上昇します。

 これらの結果が意味することは「食生活が肥満者に似ると肥満になりやすい」ということであり、食生活の中で一番の原因は、「肉」ではないでしょうか。離れて暮らす兄弟が共に肥満になるのは、幼少児に身についた「肉を食べる習慣」が大人になっても共通しているからではないか、というのが私の推測です。つまり習慣的に肉を食べる人は、その肉に含まれる抗菌薬によって肥満症になりやすく、その食習慣が共通する人同士では、まるで伝染するように「同じように太る」という仮説が成り立ちます。

 さらに、前述のアランナ・コリン氏は著書「あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた」の中で、もう一歩踏み込んだ仮説を展開しています。食生活を共有することで、肉に含まれる抗菌薬などの影響を受けて、腸内フローラが似てくるのではないか、というものです。

日本でも年間272億円分もの抗菌薬を家畜に使用

 ところで日本の家畜はどうなのでしょうか。農林水産省によると「リスク評価やリスク管理措置の実施に必要な薬剤耐性菌の全国的なモニタリング調査を1999年から実施」とされています。これは成長促進目的での抗菌薬は「現在は」使用していない、ということだと思います(ただし、いつからモニタリング調査を実施しているのかは公表されているデータからは分かりません)。しかし成長促進目的では使われなくても、家畜の病気を治す目的では抗菌薬は今でも使われます。同省のデータによれば、15年には合計272億円もの抗菌薬が家畜に用いられています。これは家畜の治療に必要なものだったと言えるわけですが、いずれにしても我々が日々口にする肉には残留した抗菌薬が含まれていることになります。

 では、残留する抗菌薬を避けるためにベジタリアンになるという考えはどうでしょう。実際、健康のために有機栽培の野菜を中心とした食生活をしている人もいるでしょう。ではこのような食生活なら抗菌薬フリーになるのかというとそういうわけではありません。なぜなら野菜を育てるのに用いられている肥料に家畜の糞が用いられるからです。

 家畜に含まれる抗菌薬が人の肥満につながるのであれば、抗菌薬を直接飲めばさらに肥満が起こるのではないかと考えられます。それについては次回お話しします。

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注1:論文のタイトルは「Hunter-Gatherer Energetics and Human Obesity」です。こちらで読むことができます

注2:論文のタイトルは「Obesity in the United States ? dysbiosis from exposure to low-dose antibiotics?」です。こちらで読むことができます。

注3:米国では安全な食材を求める消費者の声に応える形で、ファストフード業界が抗菌薬を使った肉の使用をやめる方針を相次いで打ち出しています。16年9月26日付日本経済新聞によると、マクドナルドは17年3月までに抗菌薬を与えた鶏肉の使用をやめると表明。サンドイッチチェーンのサブウェイも、25年までに抗菌薬を投与しない肉の使用を徹底する方針を打ち出しました。ハンバーガーチェーンのウェンディーズも17年をめどに鶏肉への抗菌薬の投与を完全にやめる、としています。

注4:論文のタイトルは「The Spread of Obesity in a Large Social Network over 32 Years」です。こちらで読むことができます。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。