実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

やせ型腸内細菌を死なせる? 抗菌薬の罪

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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抗菌薬の過剰使用を考える【10】

 抗菌薬を摂取した家畜が太るなら、人が摂取しても太ると常識的には考えられます。しかしこれを証明するには、実際に人に抗菌薬を投与して体重増加が起こるかどうかを観察しなければなりません。「実験」には対象者も必要です。つまり、同じような年齢・体格の人を集めて、一方には抗菌薬を投与し、もう一方には与えず(正確に言えばプラセボ<偽薬>を投与して)長期間にわたり比較しなければなりません。もちろんこのようなことは人道的にできるはずがありません。ですが、ここ数年のさまざまな研究から、抗菌薬と肥満、また肥満と腸内細菌に関する多くのことが分かってきています。今回はそれらを紹介したいと思います。

抗菌薬の影響を最初に受けるのは腸の細菌

 まず基本的な事実を確認しておきましょう。我々が抗菌薬を内服するのはターゲットの細菌をやっつけるためです。時には咽頭(いんとう)の細菌に、時には化膿(かのう)した傷口に存在する細菌に、またある時には腟(ちつ)内や尿道に生息する細菌が標的です。ですが、どのような目的で抗菌薬を飲んだとしても、最初に作用するのは腸内にいる細菌です。つまり、我々が抗菌薬を飲めば、必ず腸内細菌が影響を受けるのです。

 抗菌薬を飲んで結果として体重増加が起こるなら、その前に腸内細菌のバランスが内服前後で変わるはずです。そして、やせている人と太っている人では腸内細菌のバランスが異なることが次第に明らかになってきています。ということは、元々やせ型の腸内細菌を持っていたとしても抗菌薬を内服することによって、やせ型の腸内細菌が死んでしまって、肥満型の細菌だけが生き残り、その結果太ってしまうという可能性がでてきます。

マウスは抗菌薬と高脂肪食で体重激増

 ここでマウスの実験を紹介したいと思います。米国の医師マーティン・J・ブレイザーは自著「失われていく、我々の内なる細菌」の中で、抗菌薬をヒトが使用すると肥満になる可能性を指摘しています。そのブレイザーがおこなった有名な研究があります。マウスにペニシリンという抗菌薬を与え、さらに高脂肪食を与えると、体重がどのように変化するかを見たものです。家畜と同じように、マウスにペニシリンを与えると体重が増加したのですが、興味深いのはここからです。メスのマウスに高脂肪食を与えると予想通り体脂肪量がおよそ5g増えたのですが、ペニシリンと高脂肪食を一緒に与えるとその増加量は10gと倍増したのです(注1)。

 つまり、ペニシリンは高脂肪食の太りやすさを「増幅」すると考えるのが理にかなっています。我々は高脂肪食を取りすぎれば太るということを経験的に知っていますが、抗菌薬を飲んでいればより太りやすくなると考えなければならないようです。もっとも、この研究は出生後間もないマウスを対象にしています。成長後のマウスはどうなのか、そしてヒトについてはどうなのかについては、現段階では正確なデータはありません。

腸内細菌のやせ型、肥満型の存在

 単純に、やせているマウスと太っているマウスの腸内細菌には違いがあるのでしょうか。科学誌「Nature」に掲載された論文(注2)で、この点が検討されています。太っているマウスにはフィルミクテス(Firmicutes)門にカテゴライズされる細菌が多く、やせているマウスにはバクテロイデーテス(Bacteroidetes)門が多いことが分かりました。

 このようなことを聞くと、じゃあ、バクテロイデーテス門とやらをどうにかして腸内に入れればやせるの?という疑問がでてきます。しかし「門」というのは生物学の分類のルールで細分化された方から順に見た場合、種→属→科→目→綱→門となりますから、とても広い範囲になります。一言でバクテロイデーテス門といっても無数の細菌が含まれるのです。

 ここで視点を変えて興味深い研究をみてみましょう。胃のバイパス術というのがあります。胃がんに対して胃を取る手術ではなく、肥満の治療として胃を小さくする手術のことです。この手術をすれば胃が小さくなるわけですから当然体重は減ります。常識的に考えれば体重が減るのは食べる量が減るからです。しかし、体重が減ると、なんとやせ型のバクテロイデーテス門が増えることがわかったのです(注3)。

 ということは、やせている人はやせ型の腸内細菌を持っているからやせているのではなく、やせているからやせ型の腸内細菌が優勢となっている、と考えるべきだということになります。どうやら、やせ型の細菌を腸内に入れればダイエットできるというほど甘いものではないようです。実際、善玉菌とされているプロバイオティクス(整腸剤)でやせるわけではありませんし、糞便(ふんべん)移植でダイエットに成功したという研究も今のところ見当たりません。

「やせ菌」で簡単ダイエットは可能か?

 ただし“希望”がないわけではありません。胃バイパス術後の腸内細菌について報告した論文では、アッカーマンシア(Akkermansia)と呼ばれる細菌がバイパス手術後に増加することが述べられています(アッカーマンシアはバクテロイデーテス門ではなく、ウェルコミクロビウム<Verrucomicrobia>門に属します)。アッカーマンシアは最近「やせ菌」として注目されており、血糖値を下げ、肥満を抑制することが指摘されています(注4)。もしもアッカーマンシアを培養し大量に増殖させて日々摂取するようにすればやせることが可能かもしれません。

 しかし、おそらくアッカーマンシアを恒常的に摂取することができたとしてもそれだけで肥満の問題が解決するわけではないでしょう。現在、腸内細菌と肥満について世界的に有名な研究者にピーター・ターンバウ(Peter J. Turnbaugh)氏がいます。ターンバウ氏は、低脂肪で食物繊維を豊富に含む食事から高脂肪・高糖質の「西洋」型食事に変更すると、わずか1日で腸内フローラが変化することを指摘し、やせ型の腸内細菌を増やす食生活が重要であることを主張しています(注5)。

 私自身もこの考えに賛成です。肥満の解消として、現時点では「やせ菌」のカプセル登場にも糞便移植にも期待すべきではありません。低脂肪で食物繊維が豊富な食事を基本とすることが重要なのです。そして、もうひとつの重要なことは、抗菌薬の過剰使用を控える、ということです。我々ひとりひとりが抗菌薬の適正使用を心がけ、家畜の抗菌薬使用に関心を持つのです。

農園に1頭だけ貧相なやせ牛がいた理由

 最後に、英国のジャーナリスト、ジョン・ハンフリース氏の著作「狂食の時代」から興味深いエピソードを紹介したいと思います。ハンフリース氏は1980年代にある農園を訪れ、隆々とした肉がついた牛がたくさんいる飼育場の隅に、1頭だけ“貧相な”牛がいることに気づきました。氏が「何か問題でも?」と尋ねると農園の主人は答えました。

 「いや、全然。あのやせ牛はうちの家族で食べる。女房のやつが、あんな薬を子どもたちの口には入れたくないって言うもんでね」

 80年代当時、英国でも成長促進目的での牛へのホルモン剤投与は合法でした。その後、ホルモン剤が禁止されてから代わりに使われるようになったのが抗菌薬なのです。

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注1:論文のタイトルは「Altering the Intestinal Microbiota during a Critical Developmental Window Has Lasting Metabolic Consequences」で、こちらで読めます。

注2:論文のタイトルは「An obesity-associated gut microbiome with increased capacity for energy harvest」で、こちらで概要が読めます。

注3:論文のタイトルは「Conserved Shifts in the Gut Microbiota Due to Gastric Bypass Reduce Host Weight and Adiposity」で、こちらで読めます。

注4:論文のタイトルは「Akkermansia muciniphila and improved metabolic health during a dietary intervention in obesity: relationship with gut microbiome richness and ecology」で、こちらで読めます。

注5:ターンバウ氏のこの主張は注2の論文でも触れられています。またこちらの論文(The Effect of Diet on the Human Gut Microbiome: A Metagenomic Analysis in Humanized Gnotobiotic Mice)も参考になります。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。