実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

子どもも妊婦もかかる 三つの「クラミジア」の混乱

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 医療者にとっては「常識」「当然の前提」と考えられることが、世間では意外に知られていない、という実例を前回、乳児ボツリヌス症の例で紹介しました。「乳児に蜂蜜を食べさせてはいけない」という医療者にとって当然のことが、一般に知られていなかったことが悲劇を招きました。インターネットやSNSが普及し、現在ではいくらでも医学の情報を引き出せるようにみえますが、医療者と社会の“ズレ”は依然大きいのかもしれません。

鳥由来?性感染症?肺炎?

 今回紹介する「クラミジア」もそんなズレをしばしば感じさせられる感染症です。まずは症例を二つ提示したいと思います。

【症例】50代男性Aさん

 せきが続く、という訴えで受診。医師の目で見るとさほどひどいせきではなく、軽度の気管支炎で、もちろん抗菌薬は不要と診断しました。せき止めも使わなくていいのではないかと助言しましたが、Aさんは引き下がりません。「クラミジアじゃないかと思うんです。インコを飼っているとかかりやすいとネットで読んだので……」

 Aさんが言う「インコを飼っているとかかりやすいクラミジア」とは、クラミジア・シッタシという細菌が原因で起きる「オウム病」のことでしょう。しかしオウム病ならせきをはじめ、頭痛、発熱などもっと強い症状がでます。そう説明するとAさんは「彼女がおりものの調子がおかしい。私からクラミジアをうつされたって言うんです……」と言います。

 どうやらAさんは「性器クラミジア感染症」と「オウム病」を勘違いしているようです。この二つは別の疾患です。「クラミジア」と聞いてネット検索をしているうちに「インコ」というキーワードがでてきたそうです。最近交際を始めた彼女から詰め寄られたAさんはすっかり動転していました。

 もう一例を紹介します。

【症例】30代女性Bさん

 Bさんは、無症状だが性器クラミジア感染症を疑って受診しました。詳しい理由を尋ねると「3歳の一人息子が昨晩、せきと発熱で救急病院を受診して、クラミジア肺炎かもしれないと言われたんです。一緒にお風呂に入ったときに私がうつしたんじゃないかと思って……」。

 Bさんは「性器クラミジア感染症」と「クラミジア肺炎」を混同しています。こちらもAさんの場合と同様、別の疾患です。ただし、Bさんが心配したように「無症状でも性器クラミジア感染症に罹患(りかん)していること」は実際にあります。詳しく問診すると、1人で息子を育てているBさんは、最近彼氏ができて、その彼氏が“遊び人”なので心配になったそうです。

日常生活で普通に見られる「クラミジア肺炎」

 ここで言葉を整理しましょう。生物学的に「クラミジア(属)」というと多数の細菌が含まれますが、医療の分野で覚えておくべきは、そのうち三つです(注1)。まず一つ目は「クラミジア・ニューモニエ(Chlamydia pneumoniae)」、比較的多い肺炎のひとつ「クラミジア肺炎」の原因菌です。二つ目は「クラミジア・シッタシ(Chlamydia psittaci)」、オウム病の原因菌でオウムやインコから感染します。三つ目が「クラミジア・トラコマティス(Chlamydia trachomatis)」。性器クラミジア感染症の原因となります。

 三つとも重要な感染症ですから、もう少し詳しく紹介していきます。

 クラミジア肺炎は市中肺炎(健康な成人が日常生活で感染する肺炎)の原因菌で最多とする報告(注2)もあり、決して珍しいものではありません。ですから我々医療者は「クラミジア」と聞くと、三つの中ではまずクラミジア肺炎を思い浮かべます。特徴としては発熱とせきが目立ちます。治療はさほど難しくなく、診断がつけば、または疑った時点で(注3)マクロライド系もしくはテトラサイクリン系の抗菌薬を用います。クラミジア肺炎と似たような臨床症状を示す肺炎にマイコプラズマ肺炎があります。こちらは薬剤耐性菌が増えてきており問題になっていますが、クラミジア肺炎は今のところ治療に難渋することは比較的少ないと言えます。

妊婦の感染で死亡例も「オウム病」

 オウム病は、発熱、せき、リンパ節腫脹(しゅちょう、リンパ節の腫れ)などが出現し、自宅でオウムやセキセイインコを飼っていれば必ず鑑別に加えます。問診で鳥の飼育の有無を尋ねると「なんでそんなこと聞くの?」とけげんな顔をする患者さんが時々いますが、動物から感染する感染症は多数あるのです。オウム病を見逃して、最初の問診で鳥の飼育を確認していなかった、では目も当てられませんから医師にとっては必須の問診事項です。

 不幸なことに、2017年4月にはオウム病による2例の妊婦の死亡例が発表されました。詳しい状況や経過は公表されておらず、自宅で鳥を飼われていたのかどうか不明ですが、現在妊娠中の人は一時的に鳥から離れた生活をした方がいいでしょう。オウム病治療の切り札として使われるテトラサイクリン系の抗菌薬が妊娠中には使えません。

 また、家庭内で飼育する鳥以外、例えば公園にいるハト(ドバト)にも近づかない方がいいでしょう。ハトに対しては、オウム病だけでなく、ふんに潜んでいるトキソプラズマという寄生虫やクリプトコッカスという真菌の感染にも注意しなければならないからです。特にトキソプラズマは妊娠中に感染すると胎児に奇形が生じるリスクが出てきます(トキソプラズマについては、この連載でいずれ改めて紹介します)。

自覚症状が出にくいのが厄介「性器クラミジア感染症」

 性器クラミジア感染症は、クラミジア・トラコマティスによるもので、女性なら子宮頸部(けいぶ)、男性なら尿道に感染しやすいのですが、それに加えて男女とも咽頭(いんとう)感染は少なくありませんし、性行為の仕方によっては肛門粘膜に感染することもあります。Bさんが考えたように、無症状でも感染していることはよくあります。特に咽頭感染は無症状の方が圧倒的に多いと言えます。また、母子感染でクラミジア・トラコマティスが新生児の咽頭に感染すると、肺炎を起こすことがあります。ですから妊婦検診ではクラミジア・トラコマティスの検査を必ずおこないます。

 クラミジア肺炎やオウム病に比べると、性器クラミジア感染症は自覚症状が出にくいのが特徴です。症状がないというのはむしろ厄介なことであり、二つの悲劇を生む可能性があります。一つは女性の骨盤内腹膜炎です。子宮頸部に感染した時点で症状が出て、医療機関を受診していればいいのですが、無症状のまま腹腔(ふくくう)内にまで進行したクラミジア・トラコマティスは一気に牙をむき、突然の腹痛で救急搬送されることもあります。時には入院、さらに手術になることもあり、両側の卵管を切除せざるを得なくなった場合は、その後通常の出産は望めません。

 また、自覚症状がないことから、まさか自分が感染しているとはつゆほどにも思わず、大切な人に感染させてしまうことがあります。そして関係が破綻、ときには家族を巻き込んで泥沼化することも……。性感染症はこの点にも注意しなければなりません。

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注1:正確に言えば、現在、クラミジア・ニューモニエとクラミジア・シッタシは、クラミジア属からクラミドフィラ属に分類学上変更されています。ですから、正確には「クラミドフィラ・ニューモニエ」「クラミドフィラ・シッタシ」と呼ぶべきです。ですが、クラミドフィラという言い方があまり浸透しておらず、今でもクラミジアと呼ばれることの方が多いのです。

注2:日本呼吸器学会が公表している「成人市中肺炎診療ガイドライン」(2007年6月25日発行)によれば、診療所を受診した肺炎の25%がクラミジア肺炎であったとしています。

注3:クラミジア肺炎の診断を確定するには、喀痰(かくたん)の遺伝子検査をおこなわねばなりません。また血液で調べる抗体検査も補助的に用いることがあります。ですが、これらの検査は費用が高くつくうえ、結果がでるのに数日間かかるという欠点があります。私の場合、まずは咽頭スワブか喀痰のグラム染色をおこないます。クラミジアやマイコプラズマは非常に小さな細菌で光学顕微鏡では観察することができません。細菌像が見当たらないのに炎症細胞が多いときにこれらを疑うのです。一方、肺炎桿菌(かんきん)やブドウ球菌なら細菌そのものを光学顕微鏡で観察することができます。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。