医をめぐる情景

ニセ医者が照らし出す「人を見ない」医療

上田諭・東京医療学院大学教授
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 「病を見て人を見ず」。医療についてしばしば言われてきたことだ。身体の症状や臓器の問題ばかりに注目して検査や投薬に終始し、その人の生活や心情を考えようとしない医療への批判である。おそらく医療に携わる者自身もそれを頭ではわかっているが、「人を見る」ことを求めながら、できていない。

 過疎の村の診療所のただ一人の医師。患者の話によく耳を傾け、親身になって相談に乗る。診療所まで来られない患者のところには、巡回もする。高齢の男性のみとりで、「よく頑張った」と背中をたたいたら、男性の喉につまっていたすしが飛び出て息を吹き返し、名医だと村民からさらにあがめられる。医者と患者という関係ではなく、人と人とが信頼でつながっている関係。研修先を決めるジャンケンで負け、いやいやながら赴任してきた瑛太演じる研修医の相馬も、その医師の姿勢に心酔し始める。

 「でっかい病院の中だと、治すのも治されるのも役所の手続きのように進んでいく……でもここだと、ちゃんと人に喜ばれているって感じがして……先生は間違いなくここの人たちから感謝されている……ちゃんと相手の顔を見て生活把握して、ほんとはどうしたいのって耳傾けて。ありえないでしょ、病院で」

 相馬は、研修をすべて終えたらこの診療所で働きたいとまで言う。ところが笑福亭鶴瓶が演じるその医師、伊野はニセ医者だった。

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上田諭

東京医療学院大学教授

うえだ・さとし 京都府生まれ。関西学院大学社会学部では福祉専攻で精神医学のゼミで学ぶ。卒後、朝日新聞に記者で入社したが、途中から内勤の編集部門に移され「うつうつとした」日々。「人生このままでは終われない」と、もともと胸にくすぶっていた医学への志向から1990年、9年勤めた新聞社を退社し北海道大学医学部に入学(一般入試による選抜)。96年に卒業、東京医科歯科大学精神神経科の研修医に。以後、都立の高齢者専門病院を中心に勤務し、「適切でない高齢者医療」の現状を目の当たりにする。2007年、高齢者のうつ病治療に欠かせない電気けいれん療法の手法を学ぶため、米国デューク大学メディカルセンターで研修し修了。同年から日本医科大学(東京都文京区)精神神経科助教、11年から講師、17年4月より東京医療学院大学保健医療学部教授。北辰病院(埼玉県越谷市)では、「高齢者専門外来」を行っている。著書に、「治さなくてよい認知症」(日本評論社、2014)、「不幸な認知症 幸せな認知症」(マガジンハウス、2014)、訳書に「精神病性うつ病―病態の見立てと治療」(星和書店、2013)、「パルス波ECTハンドブック」(医学書院、2012)など。