実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

魚は一生ダメ? アニサキスの本当の怖さ

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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魚好きは要注意 アニサキスにまつわる病【前編】

 「アニサキス症が増加」というニュースが最近、さまざまなメディアにあふれています。報道で紹介されているアニサキス症の症例は、「サバを食べて数時間後に激しい腹痛に襲われた。我慢できずに救急病院を受診(たいてい夜中)し、内視鏡でアニサキスという寄生虫を取り除いたらすっきりした」というものです。これは確かにアニサキス症の典型例であり、間違いではありません(注1)。

魚介類の寄生虫が胃や腸の粘膜にかみつく

 夜間の救急外来で腹痛を訴える患者さんには通常「夕食に何を食べたか」を尋ねます。下痢がなく、発熱も軽度であれば、魚介類、特にサバを食べなかったかを必ず確認します。これはアニサキス症を念頭に置いているからです。疑いがあれば、内視鏡(胃カメラ)を行います。アニサキスは寄生虫の一種です。アニサキスが寄生した魚介類をヒトが生で食べると、アニサキスが胃の粘膜(注2)に侵入しようとするため、激しい痛みが起きます。

 そこで、アニサキスを内視鏡で見つけて鉗子(かんし)でつまんで取り除けば、治療は終了です。患者さんはすぐに痛みから解放され、1時間もすれば食事が取れるほど回復します。今ほど内視鏡の技術が進んでいなかったころには、開腹手術でアニサキスを取り除くこともあったのですが、現在の日本には内視鏡の上手な医師が数多くいますから、開腹手術に至ることはほとんどありません。

「アニサキスアレルギー」の本当の恐怖

 アニサキス症で苦しむことになっても、内視鏡で回復するならそれでいいではないか、と考える人もいるかもしれません。しかし、アニサキス症が本当に「恐ろしい」のは実はここからです。“それなりの確率”で「アニサキスアレルギー」が生じるからです。

 アニサキスアレルギーは本当にイヤな疾患で、また珍しくありません。太融寺町谷口医院では、2017年4月の1カ月間で3人の患者さんにアニサキスアレルギーの診断がつきました。主な症状は、まず魚介類を食べた後に起きる強烈なじんましんや呼吸困難です。重症化すれば意識を失うこともあります。しかし、アニサキスアレルギーが「イヤ」なのは重症化するからではありません。発症後、魚介類が一切食べられなくなるからです。

一生魚が食べられない…

 そんなバカな……と思う人もいるでしょう。私が患者さんにアニサキスアレルギーの告知をするときも、最初はほぼ全員が私の言葉を信用しません。「アニサキスが寄生している魚を避ければいいだけでしょ」と考えるからです。理屈の上ではその通りですが、その魚介類にアニサキスが寄生しているかどうかをどうやって見分ければいいのでしょう。サバの他には、イカ、サケ、タラ、マスなどに寄生することが多いとされていますが、他の魚介類でも皆無ではありません。調理人の知人の話では「カズノコの表面にアニサキスを発見することがある」そうですし、エビを食べてじんましんが出た患者さんが、原因はエビではなくアニサキスアレルギーだったこともあります。つまり、確率は異なるものの、ほぼすべての魚介類にアニサキスは潜んでいる可能性があるのです。

 私の経験でいえば、アニサキスアレルギーになる人の多くは魚やすしが好きな人たちです。これは当然で、新鮮な魚介類を食べる機会が多いほど、アレルギーになるリスクは上昇するからです。そして、大抵患者さんは次にこう言います。「分かりました。残念ですが、これからは魚介類を生で食べないようにします」

煮ても焼いてもダメ

 しかし、またもや私は患者さんの「希望」を踏みにじらねばなりません。「いいえ、生だけでなく煮ても焼いても一切食べられません」。アニサキス症は生きたアニサキスが消化管の粘膜に侵入することで痛むのですから、アニサキスを取り除けば痛みから解放されます。また事前に煮たり焼いたり、冷凍したりすればアニサキスは死にますから、アニサキス症を起こすことはありません。

 一方、アレルギーは生きたアニサキスだけが原因ではありません。アニサキスという生物を作るたんぱく質の一部がアレルギーの原因、すなわち「抗原」となります。これは煮ても焼いてもなくなりません。熱で変性し、抗原性を失う可能性はありますから、生で食べるよりはアレルギーを発症するリスクは減少するでしょうが、完全に安心できるわけではありません。

 ここまで説明するとたいていの患者さんは理解してくれます。しかし多くの患者さんは打ちひしがれ、うなだれます。何度もため息をつき、いすから立ち上がろうとしない人もいます。これからの人生、もう魚介類は何をしても一切食べられない……。魚好きの人にとってこれほどつらいことはないでしょう。それでも理屈の上ではこのように助言しなければならないのです(注3)。

 アニサキス症を起こした人のうち、どれくらいの割合でアニサキスアレルギーが発症するのかは、残念ながら文献が見つかりませんでした。アニサキス症を発症したことがないのに、アニサキスアレルギーがある人もいます(理由は次回説明します)。ですが、私の臨床経験ではアニサキス症がアニサキスアレルギーのハイリスク要因であることは間違いありません。

こんなにもいる!アニサキス

 アニサキス症を防ぐには、サバやイカなど寄生している可能性が高い魚介類の生食を避ける、ということになります。となると、どの程度の頻度で寄生しているのかが気になります。

 私が医学部3年生の時、サバを解剖してアニサキスがいるかどうかを調べる実習がありました。なんとすべての班でアニサキスが見つかりました。当時、大阪市立大学医学部医動物学教室の井関基弘先生は「サバには必ずアニサキスがいると考えるべきであり、サバを生で食べるのは危険である。どうしても食べねばならない場合はかみ殺さなければならない(注4)」と話しておられました。「きずし(しめさば)」が大好物だった私にはこの実習は大変ショックでしたが、これ以降、泣く泣く食べることをあきらめました。

15年ぶりにサバの刺身を食べたらじんましんが…

 その15年後。友人と居酒屋で食事をしていた私は、隣席の客がうまそうにきずしを食べているのが気になって仕方がありません。ついに誘惑に負けて「禁断の果実」を注文してしまいました。久しぶりのきずしは言葉を失うほどの絶品。爽快な酢の酸味と、かんだ時にじわっとしみ出る脂のコクが合わさると、この世のものとは思えません。井関先生の忠告を思い出した私は、自分に都合よく「かみ殺す」という部分だけを繰り返し実践しました。ここまでかめば大丈夫だろう……。

 それからおよそ10分後、私の足の甲から膝下にかけてかゆみが出てきました。見ると蚊に刺されたような赤い盛り上がりが多数。じんましんです。

 これはまさか! アニサキスアレルギー!?

後編につづく)

   ◇   ◇   ◇

注1:感染症とは通常、「微生物が人体に侵入し増殖し人体に害を与える」ことを言います。アニサキスは体内で「増殖」するわけではありませんから、アニサキス症は狭義の感染症には入りません。ですが「微生物が人体に害を与える」のは事実ですから本連載で紹介することにしました。

注2:注:アニサキス症は発症部位により、胃アニサキス症、小腸アニサキス症、大腸アニサキス症、消化管外アニサキス症に分類されます。9割以上が胃アニサキス症です。

注3:アニサキスアレルギーになると金輪際、魚介類が食べられないのか? 教科書的にはそうなのですが、実際には食べている人もいます。アニサキスが寄生できないシラスなどの小さな魚は食べられることが多いですし、マグロが原因のアニサキスアレルギーはほとんどありません。リスクが高いサバやタラなどは食べないようにしつつ、寄生している可能性が少ない種類の魚は注意しながら食べ、アレルギー症状が出た(かもしれない)時には速やかに抗ヒスタミン薬を内服して(あるいは事前に内服して)対処している人もいます。ただし、自分の判断で行うことは危険です。必ずかかりつけ医に相談してください。

注4:アニサキスは確実にかみ殺せるわけではなく、井関先生も「かみ殺せば確実に大丈夫」という意味で話されたわけではありません。

アニサキスにまつわる病・後編はこちら

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。