実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

アニサキスアレルギー 胃炎もきっかけに?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
  • 文字
  • 印刷

魚好きは要注意 アニサキスにまつわる病【後編】

 医学部時代の恩師、井関基弘先生の忠告が頭をよぎったにもかかわらず、禁断の果実とも言うべき「きずし(しめさば)」を口にするというタブーを犯してしまった私は、すぐに後悔の念に襲われることになりました。両足の膝下から甲にかけて広がっていくじんましん。つい先ほどまでの極楽気分は、一気に地獄に落ちたかのように暗転しました。

サバを食べてじんましん…は何のアレルギー?

 アニサキスアレルギーの典型例は「重症のじんましん」です。さらに重症化すれば息苦しくなりぜんそくのような症状が出ます。そこまでにはならずとも、じんましんが全身に広がった場合は、点滴が必要になることもあります。前回は、腹痛のため夜間の救急外来にやってきた患者さんのいくらかはアニサキス症だ、という話をしましたが、実はアニサキスアレルギーで夜間に受診する人も少なくありません。もちろん患者さんは「アニサキスアレルギーで来ました」とは言いません。「我慢できないじんましん」が受診の理由です。ですから重症のじんましんを見たときには必ず直前に食べたものを尋ねます。魚介類を食べていればアニサキスアレルギーを鑑別に加えます。

 これまでアニサキスアレルギーの患者さんを何人も診てきた私は、自分の足に生じたじんましんを見て、少し冷静になって考えました。「これはアニサキスアレルギーで生じるじんましんではない!」。そう確信して、しばらく何もせずに経過を見ることにしました。すると30分もしないうちに、じんましんがすーっと引いていきます。やはりアニサキスアレルギーではなかったのです。

 私が体験したじんましん、アニサキスアレルギーでないなら何なのでしょうか? サバアレルギーかというと、これも違います。実は、「サバを食べてアレルギー」と訴える患者さんの大半は、サバアレルギーでもアニサキスアレルギーでもないのです。では何なのか。これを解説する前に、アニサキスアレルギーについてもう少し詳しく見てみましょう。

アニサキス症にならずにアレルギーの謎

 前回、私は「アニサキスアレルギーはアニサキス症を発症した人に起こりやすい」と説明しました。ですが、アニサキス症を発症したことがない人がアニサキスアレルギーを起こしていることがあります。その理由として考えられるのは、まずアニサキス症が、無症状もしくは軽症だった場合。そして、アニサキスの体の一部が何らかの理由で体内に侵入してアレルギーが成立した場合が挙げられます。

「皮膚から」と「口から」で異なる?アレルギー発症

 英国の小児科医ラック(Lack)氏が唱えている「二重アレルゲン暴露仮説(Dual allergen exposure hypothesis)」というものがあります。図で示したように、食べ物が皮膚(の傷など)から侵入するとアレルギーが成立し(これを「感作」と呼びます)、口から入るとアレルギーを起こさない(これを「寛容」と呼びます)という理論です。

 この理論は現時点ではまだ「仮説(hypothesis)」の域を出ませんが、これを実証する例はいくつもあります。数年前に話題となった「茶のしずく石鹸(せっけん)」の問題もそうです。小麦成分を含む「茶のしずく石鹸」を使った人が、それまで問題なく食べられていたパンや麺類など小麦製品を食べると、じんましんや呼吸困難などのアレルギー症状を発症することが分かったのです。小麦に含まれる「グルパール19S」という成分が洗顔などで皮膚の炎症部位や小さな傷から吸収され、感作された(アレルギーが成立した)のです。さらにいくつか例を挙げてみましょう。

居酒屋バイト経験者に多いビールアレルギー

 ビールアレルギーがある人の多くは、アトピー性皮膚炎や手湿疹があります。そして多くの人は、過去に居酒屋やビアガーデンでアルバイトをした経験があります。「学生時代にビアガーデンでバイトをしませんでしたか?」と尋ねて、「どうして知ってるんですか!?」と驚かれたことは一度や二度ではありません。ビールアレルギーはビールをこぼしてビール酵母や麦芽が皮膚の炎症部位から侵入することによって成立すると考えられるのです。

 カクテルのカンパリや赤色のマカロンで唇が腫れると訴える患者さんは、ほぼ全員が女性です。以前は、あまり男性が口にしない飲み物、食べ物だからだろうと考えていたのですが、どうもそうではないようです。カンパリや赤色のお菓子のアレルギーの原因はコチニールという赤色の色素で、これは口紅に含まれていることがあります。つまり口唇に炎症があったり口角炎があったりすれば、口紅のコチニールが炎症部位から侵入し感作が起こるのです。

 最近、乳児のスキンケアの大切さが強調されています。その理由の一つが食べ物の経皮感作を防ぐ、すなわち食物アレルギーを予防することにあります。湿疹があると皮膚のバリア機能が損なわれます。その状態でハイハイをすると床に落ちているピーナツのかけらの成分が皮膚から侵入しますし、口元が荒れたままピーナツバターを食べさせても同様のことになって、ピーナツアレルギーにつながります。

胃の中から「感作」が起きるのでは?

 話をアニサキスに戻します。人体は管のようなものですから、胃は見方によっては体の外側になります。つまり胃の粘膜は「皮膚」と同じように外敵が侵入できない仕組みになっています(食べ物を吸収するのは胃ではなく腸管です)。ということは、胃の粘膜からアニサキスの体の一部が侵入すると「感作」が起こりうるということになります。これでアニサキス症を発症したことのない人にアニサキスアレルギーが起こる説明がつきます。つまり、胃炎や胃潰瘍(かいよう)があると胃粘膜のバリア機能が損なわれ、そこからアニサキスの体の一部が侵入し、これで感作が起こり、アレルギーが成立する可能性が出てくる、という考え方です。ラック氏の二重アレルゲン暴露仮説は、皮膚からの侵入は感作、経口摂取は寛容というものです。それを踏まえて、皮膚のみならず胃粘膜からの侵入でも感作するのではないか、というのが、私の「考え」です。

 アニサキスアレルギーを一度発症すると、その後原則として魚介類が食べられなくなります。それを避けるには、アニサキス症を防ぐ、サバの生食などに注意することが大切です。ですが、私の「考え」が正しいなら、生食だけではなく、「胃炎や胃潰瘍がある時に魚介類を食べること自体がリスク」ということになります。この考え方にはまだエビデンス(確証)はありませんが、可能性があることに同意できる人はいると思います(注)。

じんましんを起こした原因は…?

 最後に、冒頭で紹介した「私のじんましん」について解説しましょう。これはアレルギーではなく「古いサバ」を食べたことが原因です。サバの身に含まれるヒスチジンという成分は、時間がたつとサバに生息する細菌によって「ヒスタミン」に変性します。そう、「抗ヒスタミン薬」でよく知られる、かゆみをもたらすヒスタミンです。ヒスタミンを食べたのですから、かゆいじんましんが起こるのは至極当然なのです。

 しかし「古いサバ」でも私の味覚は大満足。その後の私は居酒屋で「きずし」「しめさば」などのメニューを見つけるたび、注文したい衝動を抑えるのに苦労しています。

   ×   ×   ×

注:この「考え」が正しいなら、アニサキスアレルギー以外の食物アレルギーも胃炎や胃潰瘍があれば生じやすいということになります。残念ながらそのような研究はなく、私も証明はできません。ですが、理論的に否定できない以上、胃炎や胃潰瘍がある時は、食物アレルギーを起こしやすい食品は避けるべきではないかと考えています。

アニサキスにまつわる病・前編はこちら

医療プレミア・トップページはこちら

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。