実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

酒さもじんましんもピロリ菌除菌で改善?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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こんな病気もピロリ菌によって起きる

 将来胃がんのリスクはあるものの、無症状であれば必ずしもピロリ菌の除菌をせずとも、定期的に胃の内視鏡検査を受けてがんが見つかり次第、内視鏡治療を受けるという選択肢が考えられるのではないか、という「私の意見」を前回述べました。ですが、胃炎や胃潰瘍(かいよう)、十二指腸潰瘍という症状が出ており、その原因がピロリ菌だと判明したならば積極的な除菌を考えるべきです。また、これら以外の疾患が、ピロリ菌が原因で生じていることが明らかな場合も、やはり除菌を検討すべきでしょう。

 胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍などの消化器疾患以外に、ピロリ菌が原因で起きる疾患にはどのようなものがあるのでしょうか。医学的なコンセンサスが得られているのは「MALTリンパ腫」と「特発性血小板減少症(ITP)」です。前者はリンパ球のがんで、胃のリンパ組織にできることが多い(「胃MALTリンパ腫」と呼びます)のですが、肺、皮膚、唾液腺など他の部位に生じることもあります。ピロリ菌陽性で、MALTリンパ腫の患者さんに対する除菌に同意しない医師はまずいません。一方のITPも、ピロリ菌陽性の場合は除菌を行うと半数以上の患者さんでITPが改善することが分かっていますので、速やかに除菌を行うべきです。

 そして、今回紹介したいのはピロリ菌が原因かもしれない二つのよくある皮膚疾患です。「かもしれない」というのは、以前からピロリ菌との関係が指摘されている一方で、否定的な意見も多くいまだに決着がついていないからです。

難治性の慢性じんましんの原因がピロリ菌?

 その一つ目は「慢性じんましん」です。じんましんの原因はさまざまですが、最も多いのは「特発性」といって原因が特定できないものです。患者さんの中には、サバなどのアレルギーがじんましんの原因だと思い込んで受診する人がいますが、アレルギー性のじんましんはかなり少数です。特発性じんましんの多くは、汗や飲酒などの悪化因子に注意しながら、抗ヒスタミン薬を中心とした薬で治していきます。時間はかかるものの治癒することが多いのですが、薬をいくら増やしても、変更しても完全に消失しない難治性のものがあります。その難治性じんましんの一部が、ピロリ菌が原因かもしれないのです。

 ピロリ菌を除菌すれば慢性じんましんが治るという研究は世界に多数あります。その逆に「効果がない」とするものも多数あります。これらを総合的に分析した結果が、米国の研究者により論文として発表されています(注1)。その結論は「ピロリ菌除菌で慢性じんましんが治癒するとは言いがたい」です。ちなみに、この論文では日本で実施された二つの研究も紹介されていますが、それはいずれも「ピロリ菌除菌の効果あり」としていました。

 日ごろの臨床現場で私自身が患者さんに行っている説明内容を紹介しておきます。私は、慢性じんましんの患者さんにピロリ菌の説明をすることはそれほど多くありません。その最大の理由は前述の論文にあるように「十分な科学的確証(エビデンス)がない」こと、そして「日本のじんましん治療のガイドラインで推奨されていない」ことです。

 そしてもう一つの理由が、慢性じんましんの治療として行うピロリ菌の検査や除菌治療は保険が適用されないからです。胃炎などの消化器症状があるなら(程度にもよりますが)、保険診療でピロリ菌の有無を調べる内視鏡(胃カメラ)検査を行うことが可能です。しかし消化器症状がない場合は自費診療となります。尿、血液、便からピロリ菌の抗原や抗体を調べる検査も、消化器症状がない場合は自費診療です。そのうえ、除菌を行ってもじんましんが治るという保証はありません。これらを考慮すると、安易に患者さんにピロリ菌検査や除菌を勧めることはできないのです。一部の難治性じんましんの患者さんに「情報提供」という形で話すにとどめています。

顔が赤らみ発疹 原因不明の「酒さ」も…

 ピロリ菌が原因かもしれない皮膚疾患、二つ目は「酒さ(しゅさ)」です。酒さは患者数が多く、苦しんでいる患者さんが多い割には、メディアで取り上げられる例が少なく、一般にあまり知られていません。しかし難治性の疾患で、少しでも高い治療効果を求めて、医療機関を転々とする患者さんが少なくありません。

 酒さとは、顔面に生じる慢性の炎症性疾患で、顔が赤らみ、毛細血管の拡張やニキビに似た発疹(丘疹)が生じるなどの症状があります。原因はよく分かっていません。遺伝的な要因があることに加え、飲酒(白ワインが発症リスクという研究もあります)、紫外線、喫煙、肥満などが原因ではないかと言われています。

 その酒さの原因の一つがピロリ菌ではないか、という指摘は以前からありましたが、信頼性の高い報告は見当たりませんでした。しかし最近(2017年4月)、「ピロリ菌除菌により有意差をもって酒さの諸症状が改善する」という比較的大きな規模の研究がイランの医師により発表されました(注2)。

 研究の対象者はイランのタブリーズ医科大学(Tabriz University of Medical Sciences)に2013年5月から15年11月の間に受診したピロリ菌陽性者872人。そのうち167人(19.15%)が臨床的に酒さと診断されました。酒さは血液検査や画像検査で調べるのではなく、医師の視診で診断をつけます。

 167人のうち150人にピロリ菌の除菌がおこなわれ、138人(92%)が除菌に成功しました。その除菌成功者に対して、酒さの諸症状が改善したかどうかが調査されています。顔のほてり、赤み、熱感、乾燥、丘疹、皮のめくれ、むくみなどの症状については、除菌後には有意差をもって改善しています。ただし、酒さは重症化すると肉眼でわかるほど血管が拡張し、鼻がふくらんで変形することがあるのですが、その点は変化がなかったようです。除菌に効果はあるものの、ここまでの変化が生じてしまえば元には戻らないというわけです。

他に選択肢がない時は除菌治療も検討か

 酒さは命にかかわる疾患ではなく、痛みやかゆみもあまりありません。つらいのは「見た目」です。太融寺町谷口医院では、酒さの患者さんの男女比はおよそ1:9で女性が多いのですが、これはおそらく女性の方が「見た目」を重要視するからでしょう。なかには外出もできなくなり、就職や恋愛をあきらめてしまっている人もいます。難治性なのは事実ですが、大きく改善する人もいますから治療の断念は勧められません。

 しかし、いくら薬を変えても、生活習慣の改善を試みても、さほど効果がない人もいます。イランと日本では人種間の差はありますが、既存の薬が効かない重症の酒さの患者さんには、ピロリ菌の検査や除菌を検討すべきかもしれません。

 じんましんもかゆくてつらい疾患ですが、しっかりした科学的確証に基づく治療のガイドラインが公表されており、特に最近、いい薬が登場し始めています。2017年3月に保険適用となったオマリズマブ(商品名・ゾレア)は高価ですが、難治性のじんましんに対する有効性はかなり高いと考えられています。そのような状況を考慮すると、じんましんはやはりガイドラインに沿った治療を、段階を踏んで行うべきだと考えます。

 一方、酒さは当事者にしか分かりにくい精神的な苦しみをもたらす疾患でありながら、治療法が確立しておらず、またガイドラインもありません。治療の見込みすら立てられないケースもあるのです。

 今のところ、日本の酒さ患者のピロリ菌陽性率や除菌での改善度を調べた研究は見当たりませんし、前述したように自費診療になるという課題もあります。けれども、他に選択肢がないような場合は一度検討する価値がある、と私は考えています。

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注1:研究の概要がこちらで読めます。

注2:研究の概要がこちらで読めます。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。