
抗菌薬の過剰使用を考える【17】
妊娠中も比較的安全に使用できると考えられている抗菌薬としては「ペニシリン系」「セフェム系」「マクロライド系」の3種があり、このうちマクロライド系は流産のリスクが上昇することが最近の研究で分かった、ということを前回述べました。しかしマクロライド系を使わざるを得ない感染症が存在します。そのような疾患に妊婦さんが感染した場合、どのように対応すべきなのでしょうか。
私の臨床経験上、妊婦さんから相談を受ける感染症で最も多いのが「クラミジア」です。クラミジアは性的接触で感染する「性感染症」の一つです。以前「子どもも妊婦もかかる 三つの『クラミジア』の混乱」で紹介したように、臨床的に重要なクラミジアには「クラミジア肺炎」「クラミジア・シッタシ(オウム病)」「性器クラミジア感染症」の三つがあります(注1)。今回取り上げるのはその三つ目で、女性の場合は「クラミジア子宮頸管(けいかん)炎」となります。
自覚症状がないクラミジア子宮頸管炎
このクラミジア子宮頸管炎、何がやっかいかというと自覚症状がないことです。感染して間もない頃はまず無症状です。数週から数カ月が経過すると、おりものの異常や腹痛が生じることもありますが、長期間にわたりまったく無症状のことも多々あります。しかし重症化すると腹膜炎を発症し、入院、さらに手術になることがあります。さらに卵管炎を起こす例もあり、それが重症化すると両側の卵管を切除しなければならない可能性も出てきます。そうなるともはや通常の妊娠は望めません。
現実には、無症状のまま進行し、まさか自分が性感染症に感染しているなんてありえないだろう、と思いながら妊婦健診を受けると「陽性」だった、という例が大半を占めます。日本産婦人科医会の2017年の報告によると、陽性率は全妊婦の2.3%。若年者ほど高くなり、20~24歳に限れば7.5%、19歳以下ではなんと15.9%に達します。
無症状なら放っておいていい、わけではもちろんありません。母親が無症状でも胎児に悪影響が及びます。胎児を包み込んでいる子宮内にクラミジアが生息すればどうなるか。胎児の気道に感染すれば、出生後、肺炎を起こしますし、結膜に感染すれば結膜炎を起こします。それに母親の病状が進行して重症化し、腹膜炎などを起こせば胎児が助からないこともありますし、場合によっては母体も危険です。
妊娠中に安心して使える薬がない
クラミジア子宮頸管炎は、妊娠していなければ治療はさほど難しくありません。用いる抗菌薬はマクロライド系、ニューキノロン系、テトラサイクリン系などです。一方、妊娠中も比較的安心して使えるペニシリン系やセフェム系はクラミジアには一切無効です。妊娠していた場合、ニューキノロン系とテトラサイクリン系は胎児に奇形が生じるリスクなどから使えません。結局、使えるのはマクロライド系のみになるのですが、前回述べたように流産のリスクが上昇することが分かってきました。ということは、妊婦健診などでクラミジア子宮頸管炎に罹患(りかん)していることが分かった場合、「流産のリスクを背負いながらマクロライド系抗菌薬を用いる」が唯一の選択肢となります。
妊婦さんにとってこんなにつらいことはないでしょう。最善の策は「妊娠前に検査をしておく」ことです。ですが、妊娠は考えてなかったけれど赤ちゃんができた……ということは、現実には多いと思われます。

性的接触前に2人で検査を
最も勧めたい対処法は、これまでも何度かこの連載で述べていますが、交際相手ができれば性的接触を持つ前に2人で検査をする、ということです。私は一般の人を対象とした性感染症関連の講演の際、毎回このことを話し、そして「そんなの現実的じゃない」と“批判”されます。私もそんな批判は百も承知で話しています。現実的でなくともこれが最善であり、性行為を持つ前に互いの性感染症の検査を行うことが、いつの日か「マナー」あるいは「常識」になってほしいと思っています。
現在でも、外国人(といっても西洋人だけですが)のカップルは、「交際することになったので性感染症の検査を受けたい」と私に相談してきますし、日本人でもLGBTの人たちからはしばしば相談を受けます。一方、ストレートの日本人男女からはあまり聞きません。
けれども、ロマンスは突然やってくることも理解できます。互いの胸がときめいているドラマチックなシーンで、「ちょっと待って! 先に検査を」とはなかなか言えないでしょう。そんなことを口にすれば、一瞬にして興ざめしてしまいます。ならばやるべきことは「きちんと検査をするまではコンドームを用いる」です。原則としてクラミジア子宮頸管炎はコンドームをしていれば感染が防げます(注2)。

男性にも検査は必要
そして2011年4月1日より、妊婦健康診査における性器クラミジア検査は公費負担になりました。自己負担なしで妊娠30週ごろまでに1回検査してもらえます。無料なのはありがたいのですが、問題は「妊娠中のみ」に限定されていることです。私は、妊娠を考えているすべての女性を対象とした無料検査で、さらに妊娠してから何度でも受けられるようになるのが理想だと思っています。
また、パートナーの男性のクラミジア検査も無料にすべきでしょう。クラミジア(に限らず他の性感染症も)は性交渉を持てば必ず感染するわけではなく、どのタイミングで感染するか分からないからです。女性が妊娠した時点では男性→女性の感染はなかったけれど、妊娠後に行った性交渉で感染が成立ということがあり得ます。つまり、女性が妊娠を考えたなら、パートナーも含めて感染の可能性をすべて消していけるように、繰り返し無料検査を受けられるようにするのが理想なのです。しかし、この方法だと医療費がかなりかさむため、実現は困難だと思われます。
ではどうすればいいか。感染症は「自分の身は自分で守る」が原則です。何をすべきかを個々人が考えればいいのです。「5分の知識」で危険を回避できるのですから。
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注1:クラミジア肺炎とクラミジア・シッタシは正式には「クラミドフィラ」です。詳しくは「子どもも妊婦もかかる 三つの『クラミジア』の混乱」の回を参照ください。
注2:コンドームで感染が防げるのはクラミジア子宮頸管炎やHIVなど一部の性感染症だけであり、完全に防げない性感染症はたくさんあります。特にB型肝炎ウイルスは唾液や汗から感染することもある「死に至る病」で、ワクチンでしか防げません。梅毒や性器ヘルペスもコンドームでは防げず、ワクチンもありません。尖圭(せんけい)コンジローマはワクチンで防げますが日本では普及していません。また性感染症の予防目的の場合はオーラルセックスでもコンドームを使用しなければなりません。
太融寺町谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。