実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

「愛と哀しみの果て」の主人公を苦しめた病

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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梅毒の誤解を解く【1】

 米国の小説家、サリンジャーの不朽の名作「ライ麦畑でつかまえて」に、主人公である17歳の少年、ホールデンが図書館で間違って貸し出された本がすごくよかったことを述懐するシーンがあります。その本の名は「Out of Africa(邦題・アフリカの日々)」(注1)。実際に出版されている小説で、「愛と哀しみの果て」というタイトルで1985年にメリル・ストリープ主演の映画になり、翌年のアカデミー賞作品賞を受賞しました。

美しきアフリカを舞台にヒロインが倒れた病は…

 この映画の見どころはたくさんあります。アフリカの大自然がこれほどまでに美しく描かれた作品を私は他に知りません。時代設定は20世紀前半で、主人公のデンマーク人女性カレンのラブストーリーも興味深く、愛情のない打算的な上流階級どうしの結婚、破天荒な生き方を極め、自由を謳歌(おうか)するデニス(演じるのはロバート・レッドフォード)との不倫、そしてデニスの突然の死……。カレンと現地のアフリカ人との心の交流やコーヒー栽培の成功と挫折のシーンなども印象に残ります。そのような数多い名場面の中で、私が忘れられないのが、カレンが庭を歩いている時に突然の病に倒れるシーンです。

 その突然の病とは「梅毒」。今では比較的簡単に治る感染症ですが、有効な抗菌薬がなかったこの時代、梅毒は「死に至る病」でした。感染を医師から告げられたカレンは、治癒する可能性は50%と聞かされます。当時の治療薬はサルバルサンしかありません。この薬は強い毒性を持つヒ素を含む化合物で、カレンは使うことを嫌がります。しかし、最終的には治療を受けることに同意し、一旦母国デンマークに帰国します。幸いにもカレンの命は助かりますが、妊娠は諦めざるを得なくなります。

作者自身を苦しめた梅毒

 実はこの「アフリカの日々」、著者アイザック・ディネーセン(注2)の半生記でもあります。アイザックの本名は映画の主人公と同じ名前カレン・ブリクセンで、物語の舞台であるケニアには「カレン・ブリクセン博物館」が建てられ、今も世界中から観光客が訪問する名所となっています。「アフリカの日々」は原書も日本語訳も景色や人物の描写が素晴らしく、サリンジャーが「ライ麦……」で登場させた理由が分かるような気がします。ただし原作には、映画とは対照的に梅毒についての記述は一切なく、カレンの梅毒感染はあとがきに記されているのみです。カレンに梅毒をうつした夫は文中にほとんど登場しません。

 そのあとがき(英語版)には「カレン(・ブリクセン)は結婚して1年もたたないうちに梅毒と診断された。(中略)1962年77歳でその生涯を閉じた。栄養失調が死因とされているが、梅毒が原因とする意見もある(訳は谷口)」と書かれています。また、晶文社から刊行されている日本語版のあとがきを書いている翻訳家、横山貞子は、作者のカレンはパリの専門医の診察を受け、医師は梅毒について「重症だと宣告し、一年ほどの集中的な加療が必要」と宣告したと記しています。

 彼女が他界した1962年には、抗菌薬がすでに普及していましたから、直接の死因が梅毒とは考えられません。ですが、梅毒感染で何らかの神経症状をきたし、結果として栄養失調になった可能性はあるでしょう。横山によれば「(梅毒の)後遺症がカレンを終生苦しめたという秘書や友人の証言」があるそうです。

世界を席巻した梅毒の感染力

 かつて世界中で猛威を振るった梅毒は、抗菌薬がなければ神経や脳にまで進行することもあり、神経に異常が生じれば悲惨な転帰をたどります。性的接触で容易にうつりますから、感染を防ぐには一切の性行為を避けるしかありません。そのようなことができるはずもなく、コロンブスがアメリカ大陸からヨーロッパに持ち帰ったこの病は、その後ロシアを含むヨーロッパ全域に広がり、さらに中東からインド、中国、そして日本へと広がります。日本では大阪(大坂)で1512年に最初の症例の報告があると言われており、これが正しいとすると、コロンブスがアメリカ大陸を発見してからわずか20年の間に世界中を駆け巡ったことになります。交通手段がほとんどなかった時代背景を考慮すると、いかに簡単に蔓延(まんえん)したかが分かります。

 そのような病ですから、世界史のさまざまな場面で登場してきます。梅毒に罹患(りかん)していた(かもしれない)有名人というのはよく話題になり、少し例を挙げただけでベートーベン、ニーチェ、シューベルト、シェークスピア、ゴッホ、エラスムス、シューマン、ハイネ、ホフマン、ボードレール、モーパッサン、オスカー・ワイルド……とそうそうたる名が並びます。とりわけ芸術家の名が目立ちますが、感染力の強い疾患ですから、実際には芸術家以外の人、政治家や貴族、商人などにも感染していたでしょう(実際、リンカーンにはそのうわさがあります)。芸術家の患者の名がとりわけ多く伝えられているのは、後世の人間に「梅毒で苦しみを味わったからこそ偉大な芸術が生まれた」あるいは「梅毒で早世せず長生きしていたらもっと素晴らしい作品を残せたのでは」といった気持ちを起こさせるからかもしれません。

死に至る梅毒が日本で増加中…??

 さて、翻って現代です。数年前から日本で梅毒の罹患者が増えているという話題がよく取り上げられます。たしかに当局の公式発表をみているとその通りなのですが、世間の認識と実情がどうもかけ離れているのではないか、しかも大きく乖離(かいり)しているが故に「誤解」がはびこっているのではないか。私にはそのように感じられます。特に今年(2017年)に入ってからその傾向が顕著に思えます。

 今回から4回連続でお送りするシリーズ「梅毒の誤解を解く」では、そんな「梅毒にまつわる誤解」を解説していきたいと思います。

 今回はイントロダクションを兼ねて、カレン・ブリクセンのエピソードを紹介しましたが、ここにも「誤解の種」があります。お伝えしたいのは「梅毒は感染しても治る」という事実です。カレンが生涯苦しんだのは適切な抗菌薬が登場する前の時代だからであって、現代には当てはまりません。この連載では、「抗菌薬の過剰使用を考える」シリーズで薬剤耐性菌の問題を繰り返し取り上げていますが、以前紹介したような淋菌(りんきん)とは異なり、すべての抗菌薬に耐性があるという梅毒の報告は今のところ聞きません。つまり有効な抗菌薬が存在します。

 にもかかわらず「梅毒に感染したかもしれない。私死んじゃうの?!」と真っ青な顔で診察室に飛び込んでくる患者さんが増えています。やはり「死に至る病」という印象が強いのでしょう。ですが、梅毒など恐れる必要はありません。実際、何度も繰り返し感染しているという患者さんも珍しくありません。その都度治せばそれでいいのです(注3)。

 治るのはいいことだけど感染を防ぐことをまず考えるべきなんじゃないの? こんなに急増している本当の理由は? 最初の病院では湿疹と言われたのに本当は梅毒だった。最初の医者はヤブ医者? もう半年以上も薬を飲み続けているけど治らない。いつになったら治るの? 自覚症状が出ないって本当? 妊娠中の感染は奇形のリスクなの?……などなど、梅毒に関する質問は毎日のように私の元に寄せられます。本シリーズでは、それらの疑問について順次解説していきます。

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注1:「ライ麦畑でつかまえて」の日本語題が付けられた白水社版(野崎孝訳)の作中では、書名は「アフリカ便り」と訳されています。「Out of Africa」の日本語訳として出版されている本(晶文社刊)のタイトルが「アフリカの日々」です。

注2:私が持っている電子書籍版の原書(参考資料参照)の表紙にはK.BLIXEN、表紙をめくるとIsak Dinesenと記載されています。「ライ麦……」の原書の文中には「Out of Africa, by Isak Dinesen」と書かれています。Isakの発音を日本語表記した場合、「イサク」が最適という意見もありますが、ここでは晶文社版に合わせてアイザックとしています。

注3:梅毒は日本のガイドラインでは抗菌薬の内服で治すことになっています。たいていは4週間程度内服を継続することになり、また一つ目の薬で治らないため、他の薬に変更することもあります。つまり他の細菌感染に比べると治癒までにある程度の時間がかかります。海外では通常数日間の注射または点滴で治療します。日本でも重症例については注射・点滴が可能です。

参考資料:Out of Africa (Pocket Penguins 電子書籍版)Karen Blixen著

The catcher in the rye (講談社英語文庫)J.D. Salinger著

ライ麦畑でつかまえて(白水Uブックス)J.D.サリンジャー著、野崎孝訳

アフリカの日々 ディネーセン・コレクション1 (晶文社)アイザック・ディネーセン著、横山貞子訳

映画「愛と哀しみの果て」

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト