実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

「愛と哀しみの果て」の主人公を苦しめた病

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 米国の小説家、サリンジャーの不朽の名作「ライ麦畑でつかまえて」に、主人公である17歳の少年、ホールデンが図書館で間違って貸し出された本がすごくよかったことを述懐するシーンがあります。その本の名は「Out of Africa(邦題・アフリカの日々)」(注1)。実際に出版されている小説で、「愛と哀しみの果て」というタイトルで1985年にメリル・ストリープ主演の映画になり、翌年のアカデミー賞作品賞を受賞しました。

 この映画の見どころはたくさんあります。アフリカの大自然がこれほどまでに美しく描かれた作品を私は他に知りません。時代設定は20世紀前半で、主人公のデンマーク人女性カレンのラブストーリーも興味深く、愛情のない打算的な上流階級どうしの結婚、破天荒な生き方を極め、自由を謳歌(おうか)するデニス(演じるのはロバート・レッドフォード)との不倫、そしてデニスの突然の死……。カレンと現地のアフリカ人との心の交流やコーヒー栽培の成功と挫折のシーンなども印象に残ります。そのような数多い名場面の中で、私が忘れられないのが、カレンが庭を歩いている時に突然の病に倒れるシーンです。

 その突然の病とは「梅毒」。今では比較的簡単に治る感染症ですが、有効な抗菌薬がなかったこの時代、梅毒は「死に至る病」でした。感染を医師から告げられたカレンは、治癒する可能性は50%と聞かされます。当時の治療薬はサルバルサンしかありません。この薬は強い毒性を持つヒ素を含む化合物で、カレンは使うことを嫌がります。しかし、最終的には治療を受けることに同意し、一旦母国デンマークに帰国します。幸いにもカレン…

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト