実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

梅毒が「急増している」本当の理由

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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梅毒の誤解を解く【2】

 梅毒が増えていることを伝える報道が目立ちますが、私の実感は少し違います。世界中で増加の報告があり「増えている」ことは事実だと思いますが、私が院長をつとめる太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では梅毒の新規感染は過去10年間でほとんど変わっていません。結論から言えば、最近になって急増しているのではなく以前から少なくなかった、というのが今回のポイントです。

 これを説明するために興味深い症例を紹介したいと思います。2000年代後半の話です。

【症例1】20代男性~大学病院でも診断がつかなかった

 上肢(腕)と下肢(脚)を中心に皮疹が出現。痛くもかゆくもないが次第に目立つようになってきたため近隣の医療機関を受診。そこでは診断がつかず、紹介状をもらって大学病院の皮膚科を受診したが、やはり視診では診断がつかず、皮膚の細胞の一部を取って顕微鏡で調べる生検が実施されました。しかしそれでも診断がつかず「することがない」と言われ途方に暮れることに。どこに行っていいか分からなかったために総合診療を実践している谷口医院を受診。

 私はこの患者さんを診てすぐに梅毒を疑い、実際に梅毒陽性でした。と書くと、なんだか「自慢話」のようになってしまいますが、私がすぐに診断できたのには二つの理由があります。

 一つは「後医は名医」という言葉があるように、後から診察する方が有利だからです。つまり「大学病院で生検まで実施され診断がつかなかった」という情報から、湿疹に属する疾患や膠原(こうげん)病、悪性腫瘍、リンパ腫などがすでに否定できます。これで鑑別すべき疾患が随分と絞られるのです。

 もうひとつは「恩師の言葉」です。私はタイのエイズ施設にボランティアに行く前、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)を含む性感染症を学ぶために、当時大阪市内にあった「大国診療所」で修業をさせてもらいました。院長の大国剛(おおくに・つよし)先生は現在は引退されていますが、当時から感染症の大家であり、私は大国先生から実に多くのことを学びました。HIVや梅毒はもちろん、大国先生を頼ってハンセン病の患者さんが遠方から訪れることもありました。私は現在、研修医に対して「咽頭(いんとう)痛を訴えるすべての患者さんにグラム染色をやりなさい」と指導していますが、これは大国先生から学んだことです。

診断のつかない皮膚疾患は梅毒の可能性を考慮

 その大国先生から梅毒について学んだこと。それは「診断のつかない皮膚疾患を見た時は必ず梅毒を鑑別に入れよ」ということです。この「恩師の言葉」を大切にしている私の前に「大学病院で診断がつかなかった皮膚疾患」の患者さんが訪れたわけですから、見逃すわけにはいきません。

 そして、このような症例が以前は少なくありませんでした。数年前までは、谷口医院で梅毒が発覚した症例のうち少なく見積もっても半数以上は、前医で診断がつかなかった、あるいはドクターショッピングを繰り返していたケースでした。ところがここ2~3年、こういう症例は激減しています。

 しかし、これだけでは梅毒が「増えている」理由の説明になっていません。もう一つ症例を紹介しましょう。

【症例2】30代女性~いつの間にか感染、そして治癒

 妊婦健診で「梅毒に過去にかかったことがあるが、今は治っている」と言われたが、説明をしてくれた産科の先生の話がよく分からない、とのことで谷口医院を受診。「これまで梅毒にかかったなんて言われたことがないし、治療も受けていない。何かの間違いではないでしょうか」と訴えられました。妊婦健診時の採血結果を見せてもらい、産科の先生の言われていることが正しいこと、そして今は何も心配ないことを説明しました。

 こういう症例、実はとてもたくさんあります。前回述べたように、梅毒は現代でも「死に至る病」と思っている人がいますが、実際には「治癒する病」であり、本人が気付かないうちに自然治癒する例も少なくありません。また「意図せぬ治療」をしていることもあります。【症例2】の患者さんとのやりとりを再現してみましょう。

医師(私):過去に股のしこり(リンパ節)が大きくなったことや、かゆみのない皮疹が生じたことはありませんでしたか。

患者:そういえば数年前に股のリンパ節が腫れました。病院で抗生剤をもらってしばらくしたら引きました……。

 確定はできないものの、これが梅毒による症状だった可能性があります。このように、診断はつかないものの抗菌薬が投与されて梅毒が治癒した例はかなり多いと思われます。また、梅毒は無症状のことも多々あります。その人が、例えば細菌性扁桃(へんとう)炎を起こし、医療機関で抗菌薬が処方され、扁桃炎のみならず梅毒も同時に治癒した、ということも十分にあります。

 この連載で繰り返し述べているように、日本(だけではありませんが)では抗菌薬がいとも簡単に処方され、また個人輸入や海外の薬局で購入している人も少なくありません。その結果として、知らない間に感染していた梅毒が知らない間に治っていた、ということもありうるのです。

報告数は大幅に増えているが…

 ここで梅毒がどれくらい増えているのか、数字を見てみましょう。国立感染症研究所の報告によれば2016年の「梅毒の患者数」は4559人(注1)です。10年前の06年から5年分(02~06年)をさかのぼって合計し、1年あたりの平均を出すとおよそ559人(5年合計2797人)です、つまり単純計算で実に8倍以上。大幅に増えていることになります。しかし、年平均559人というこの数字、実態を反映していないことは明らかです。HIVの新規感染は年間約1500人で推移しています。梅毒の新規感染がHIVの半分以下なんてことは到底考えられません。これは感染症をある程度診ている医師であれば全員がうなずくことだと思います。

 梅毒は感染症法で、5類感染症に分類されています。診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出なければなりません。しかし届け出を怠っている医師や、届け出義務を知らなかった医師がいたこともまず間違いありません。届け出を怠るとか、届け出義務を知らないなんて、信じられない。それは医師の怠慢ではないのか、と腹立たしい気持ちになる人も多いと思います。ですが、届け出が必要な感染症は数多く、どの感染症が必要かということをすべて覚えている医師はまずいません。また届け出基準というのが非常に複雑で、届け出が必要ということが分かっていても基準の解釈が誤っていることもあります(注2)。

 ところで、新聞報道などで「梅毒が増えている」と聞いた時、ドキッ!とするのは誰でしょうか。自分も梅毒に感染しているかも……と思った人もそうでしょうが、それ以上に焦り始めるのは他ならぬ、医師です。なぜなら自分が診た症例を「見逃したかもしれない」「誤診したかもしれない」と考えるからです。梅毒が「増加している」最大の理由は、「医師が見逃さなくなったから」ではないか。私はそう考えています。

私が考える「梅毒急増」の理由

 私が考える、梅毒が「急増している」理由をまとめます。

・実数が増えているのは事実(世界的にも増えています)。

・症例1や2のように症状が出現しても診断できなかった例が過去には多かったが、梅毒が増えているという情報を聞き、積極的に梅毒を鑑別に入れる医師が増えた。

・梅毒が増えているという情報を聞いて、きちんと届け出しようと考える医師が増えた。また、届け出が必要であることを知るようになった医師が増えた。

・梅毒が増えているという情報を聞いて、自分もかかっているかもしれないと考え、検査を受ける人が増えた(実際、梅毒は無症状のことも多い)。

 ここで、私が言いたいことは「当局が発表する数字が正しくない」ということではありません。言いたいのは、「梅毒は今に始まったことではなく以前から珍しい疾患などではなかった。そして『治癒する病』だ」ということです。けれども、できることなら感染を防ぎたいものです。次回は梅毒を防ぐ「ただ一つの方法」について述べます。

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注1:厚生労働省「性感染症報告数」より。

注2:届け出を怠ると罰則義務があるのですが、これが実行されたという話は聞いたことがありません。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト