実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

梅毒の感染を防ぐただ一つの方法

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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梅毒の誤解を解く【3】

 どんな病気も治療より予防が大切です。生活習慣病であれば新しい高価な治療薬に頼るのではなく、まずは食事や運動、睡眠といった日ごろの生活習慣に気を付けるべきです。がんの場合は、禁煙、節酒、ストレス軽減などが重要になります。これらは短期間でできるものではなく、毎日の努力の積み重ねが大切になります。一方、感染症というのはほぼ「知識」がすべてです。〇〇さえ知っていれば悲劇を防げたのに……、ということが実際よくあります。

梅毒は治せばOK?

 その「知識」の実例として、海外では蚊に刺されてはいけない、多くのワクチンは高価であってもうつべきだ、うがい・手洗いをかかさずに、肉の生食は危険、サバの生食も危険……といったことをこれまでこの連載で述べてきました。

 では梅毒についてはどうすべきでしょうか。私が患者さんに話すことが多い「基本となる知識」は、「梅毒は感染しても治せばOK」です。これには納得できない人も多いでしょう。つい先ほど「治療より予防が大切」と言ったばかりですから、舌の根の乾かぬうちに……と感じられる人もいるかと思いますが、これまでの私の臨床経験から導いた回答とも言える知識が、「感染してもOK」なのです。でも「そんなこと言われても困る。感染しない方法を教えてよ」と思う人もいるでしょう。そんな人のために「梅毒を防ぐただ一つの方法」をお伝えしましょう。

理想は「スキンシップ前の検査」だが

 それは「新しいパートナーができれば、体が触れ合うあらゆる機会の前に2人で検査を受ける」ということです。ポイントは「体が触れ合うあらゆる機会」です。これにはキスや冗談程度の肌の触れ合いも含まれます。私が経験した症例で言えば、単なる口内炎だと思っていたものが、梅毒が原因で生じる口内炎で実際パートナーも感染していた(ただしどちらが先に感染していたのかは不明)というものや、乳頭に湿疹ができたと思っていたらそれが梅毒であり(これを「扁平<へんぺい>コンジローマ」と呼びます=注1)、やはりパートナーにも感染していたといったものがありました。また、梅毒による皮疹が手のひらにできている場合に、手湿疹や手足口病と誤診されていることがよくあります。この場合、その部位から容易に感染する可能性があります。

 人間はいつも理屈や理性だけで行動できるわけではありません。新しくパートナーになりそうな人の前で、体に触れる一切の行為の前に「ボクらはこれから付き合うことになるかもしれないから先に梅毒の検査を受けよう」と言える人はどれだけいるでしょう。もちろん、これが言えればそれに越したことはありません。過去に述べたように、私は性感染症関連の講演を一般の人におこなう時、「パートナーができれば性行為を持つ前に検査に行きましょう」と話しています。これは「現実的でない」と非難されますがその非難を覚悟で主張しているのです。

命に関わる感染症は絶対防ぐ、だが梅毒は…

 ですが、理想論だけを掲げて現実を見失うようなことは避けなければなりません。私は「性行為の前に検査を……」という主張を取り下げるつもりはありませんが、その次に言うべきことも強調します。それは「命に関わる三つの感染症はなんとしても防いでください」ということです。三つの感染症とは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)です(注2)。

 この三つの感染症の中で桁違いに恐ろしいのはHBVです。過去のコラム「誤解だらけのB型肝炎ウイルス(1)」では佐賀県の保育所で25人が集団感染した事例を紹介しました。HBVはほんのささいな接触で感染します。そして、いい薬があるとはいえ、HBVはいったん感染すると生涯体内に残りこれを消すことはできません。「治った」と言われていても将来牙をむく可能性があります(注3)。しかし、HBVはワクチン接種し抗体形成を確認しておけば、感染の心配はありません。唾液や汗でも感染する可能性があるわけですからワクチンで防ぐしか手はなく、見方を変えればワクチンで抗体をつくっておきさえすれば一生心配不要です。あとの二つ、HIVとHCVはコンドームでほぼ完全に防ぐことができます。ということは、HBVのワクチン接種(+抗体形成確認)とコンドーム(注4)で「命に関わる三つの感染症」を完全に防ぐことができるのです。

 残念ながら梅毒にはワクチンが存在しません。また、コンドームもまったくの無力とは言いませんが、HBVと同じ程度に予防には不十分すぎます。実際、コンドームをしていたけれど梅毒に感染したという人は枚挙に暇がありません。ですが、梅毒は「治癒する病」です。ワクチンでもコンドームでも防げないなら「感染すれば治療する」を徹底すればいいのです。

梅毒治療の問題点

 けれども、梅毒の「治療」に問題がないわけではありません。確かにすべての抗菌薬が効かないという梅毒は目下のところ報告されていません。しかし、「梅毒の誤解を解く」シリーズの1回目「『愛と哀しみの果て』の主人公を苦しめた病」の注釈で述べたように、日本では重症例でない限りは内服薬しか使えずに、治癒するまでにたいてい4週間程度はかかります。また第一選択薬として用いられるペニシリンはすぐれた抗菌薬ではありますが、それなりの確率で副作用が生じます。特に「薬疹」は私の臨床経験で言えば年々増えている印象があります。いったん薬疹が発症すれば二度と使えません。ペニシリンが使えなくなり、別の抗菌薬に切り替えたけどまたもや副作用が……ということも増えてきています。また、すべての抗菌薬が効かない梅毒が今後出現する可能性も否定できません。

 こういったリスクを考えるとなんとしても感染を防ぎたい、と思う人もいるでしょう。であるならば、私が提唱しているただひとつの予防法「新しいパートナーができれば、体に触れ合うあらゆる機会の前に2人で検査を受ける」を実践しなければなりません。

 どうするか、はあなた次第です。

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注1:尖圭(せんけい)コンジローマとよく間違われる扁平コンジローマは梅毒感染によるものです。性器や肛門にできることが多いのですが、乳頭にできることもあります。

注2:このような話をすると、「子宮頸(けい)がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)や、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)も命に関わるのでは?」という指摘が来ることがあります。それはそうかもしれませんが、HIV、HBV、HCVの三つを強調したいこともありこれらを含めていません。なお、HPVのハイリスク型が子宮頸部に感染するリスクやHTLV-1感染は、HIVやHCVと同様コンドームでほぼ防げます。また、最近多い指摘は「HCVは治る病気になったのでは?」というものです。たしかにここ数年で次々と登場したDAA(直接作用型抗ウイルス剤)という薬で完全治癒が期待できる疾患になりましたが、これらは数百万円もかかりますし、現時点では気軽に「治癒する感染症」とは言えないと思います。

注3:de novo肝炎のことです。詳しくは当連載の「誤解だらけのB型肝炎ウイルス(2)」を参照してください。

注4:コンドームはオーラルセックスにも必要です。頻度はまれですが、オーラルセックスのみでHIVに感染した患者さんもいます。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト