旅と病の歴史地図

国を滅ぼすこともある蚊の怖さ

濱田篤郎・東京医科大学教授
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 日本に住んでいると、蚊は吸血時に「かゆみ」を起こす害虫というイメージがありますが、熱帯や亜熱帯の国々では、マラリアやデング熱などの感染症を媒介する昆虫として恐れられています。日本からの旅行者が、こうした国々で感染するケースも少なくありません。

 世界史を振り返ってみると、蚊が媒介する感染症が歴史を動かした出来事がいくつかあります。例えば5世紀におきた西ローマ帝国の滅亡。直接の原因はゲルマン民族の移動によるものですが、帝国内でのマラリアの流行も一因とされています。この時代、イタリア半島には北アフリカなどから多くの移民が押し寄せており、その中にマラリアの患者も数多くいました。さらに、帝国末期は経済の崩壊などにより、河川の改修工事が滞り、各地で蚊が大量に発生していました。こうした状況の中、イタリア半島を中心にマラリアが大流行し、それが帝国の衰退を招いたのです。このマラリアの流行は帝国滅亡後も続き、その土地に侵入してきた多くのゲルマン民族も葬り去りました。

 日本でも長い間、蚊が媒介する感染症が各地で流行していました。例えば、マラリアは本州以南で流行しており、平安時代末期に活躍した平清盛もマラリアで死亡したとされています。また、明治維新の英雄・西郷隆盛はフィラリアによる陰嚢(いんのう)水腫(陰嚢の巨大化)をおこしていました。この病気も蚊が媒介する感染症で、日本でも九州や沖縄を中心に1960年代まで流行がみられていました。そして日本脳炎もしかり。この病気も蚊が媒介するウイルス感染症で、60年代でも毎年2000人近くの患者が発生し、そのうち30%近くが死亡していたのです。

 これらの時代の日本国民は、蚊が重症の感染症を媒介する恐ろしい昆虫であることを知っていました。しかし、高度成長期を経て、日本から多くの感染症が撲滅されると、私たちの記憶からは、蚊が感染症を媒介するという知識が薄れてしまったようです。そんな中、2014年、東京都の代々木公園を中心にデング熱の国内流行が発生しました。この流行を契機に、蚊の恐ろしさを再認識した国民も多かったのではないでしょうか。

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濱田篤郎

東京医科大学教授

はまだ・あつお 1981年、東京慈恵会医科大学卒業。84~86年に米国Case Western Reserve大学に留学し、熱帯感染症学と渡航医学を修得する。帰国後、東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2005年9月~10年3月は労働者健康福祉機構・海外勤務健康管理センター所長代理を務めた。10年7月から東京医科大学教授、東京医科大学病院渡航者医療センター部長に就任。海外勤務者や海外旅行者の診療にあたりながら、国や東京都などの感染症対策事業に携わる。11年8月~16年7月には日本渡航医学会理事長を務めた。著書に「旅と病の三千年史」(文春新書)、「世界一病気に狙われている日本人」(講談社+α新書)、「歴史を変えた旅と病」(講談社+α文庫)、「新疫病流行記」(バジリコ)、「海外健康生活Q&A」(経団連出版)など。19年3月まで「旅と病の歴史地図」を執筆した。