実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

日米でこんなに違う 膀胱炎の治療方針

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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膀胱炎の治療・予防の“賢明な選択”【1】

 数年前から「choosing wisely」という概念が世界中の医師の間で注目されています。残念ながら日本ではあまり浸透していませんが、我々医師にも行政にも、そしてもちろん患者さんにとっても「有益」なものです。choosing wiselyを一言で説明するとすれば「ムダな医療」をなくす、となります(注1)。具体的な「ムダな医療」の“あぶり出し”を行うために、米国のいくつかの学会が「五つの例」を挙げています。

米国泌尿器学会が挙げた膀胱炎のムダな治療法

 その一つとして、米国泌尿器学会(American Urological Association)は2017年5月13日、「ムダな医療」を施さないための五つの提言をしました(注2)。その五つのうちのひとつが「合併症のない女性の膀胱(ぼうこう)炎に、安易にニューキノロン系抗菌薬(以下『ニューキノロン』」)を使ってはいけない」です。

 ここでいう「合併症」とは、例えば重症の糖尿病やHIV感染、悪性腫瘍といった、特に免疫系に異常が起こりやすい疾患のことです。こういった疾患がなく健康な女性の場合、膀胱炎にはニューキノロンでなく、もっと適切なものを使いなさい、ということです。

 なぜ、このような提言がなされるのでしょうか。ニューキノロンは、一言でいえばとても“強力”な抗菌薬で、イメージとしては「秘密兵器」に近いものです。この薬は本来、入院を要するくらいの重篤な感染症に用いるべきもので、そんなものを単なる膀胱炎に使うと使用量が増え、いざというときに効かなくなる、つまり「耐性菌」が出現することになります。商品名(先発品)で言えば、クラビット、タリビット、シプロキサン、オゼックス、グレースビット、スオード、アベロックス、ジェニナックなどです(注3)。耐性菌の問題以外に、米国泌尿器学会は副作用のリスクも懸念しています。

どんな抗菌薬を使うべきか

 では、どのような抗菌薬を使うべきなのか。同学会はニトロフラントイン(nitrofurantoin)とST(スルファメトキサゾール・トリメトプリム=sulfa-trimethoprim)合剤を推奨しています。

 私は一人の臨床医として、米国泌尿器学会の考えに賛成します。私自身の実感としても、わざわざニューキノロンを使わなければならないような重症例はそう多くありません。発熱のない通常の膀胱炎であれば、原因菌を絞り込んで適切な抗菌薬を用いるようにすればニューキノロンの使用を控えることができます。

 ニューキノロンをなぜ多用してはいけないのか。耐性菌が増えることがその最大の原因ですが、なかでも米国で年間3万人もの命を奪っている腸内にすむ細菌クロストリジウム・ディフィシル(以下「CD」)は喫緊の課題です。英国では、ニューキノロンの使用制限をしたことにより、CD感染を8割も減少させることに成功しました(参照:「難敵耐性菌を制圧した英国の“王道”政策」)。米国の通信社UPIは英国のこの発表を受けて、米国では11年に約50万人がCDに感染し約2万9000人が1カ月以内に死亡したことを伝え、ニューキノロンを多用している米国は英国を見習わなければならないと述べています。

 では、日本でも米国泌尿器学会が推薦しているニトロフラントインやST合剤を使えばいいのでしょうか。結論から言えばこれは現実的ではありません。まず、ニトロフラントインは日本では販売されていません。ST合剤は日本でも積極的に膀胱炎に使用している医師はいますが、副作用の問題から使いにくいと感じている医師も少なくありません。実は私もその一人です。そのため、ST合剤もほとんど使用していません。

 ST合剤はそれなりに強力な抗菌薬であり、エイズの合併症として有名なカリニ肺炎にもよく効きます。私はタイのエイズ施設でボランティア医師として働いていたときST合剤を頻繁に処方していました。カリニ肺炎の治療薬は、かつてはST合剤しかなかったのです。すると、かなりの確率(私の印象では約3割)で薬疹(薬を内服したり注射したりすることによって生じる発疹)が出ます。HIV陽性者に薬疹が出やすいのは事実ですが、ST合剤はHIVに関係なく副作用が比較的多い薬剤です。添付文書には「【警告】血液障害、ショック等の重篤な副作用が起こることがあるので、他剤が無効又(また)は使用できない場合にのみ投与を考慮すること」と目立つように赤字で書かれています。わざわざこのように「警告」されている薬は容易に使えないのです。

日本の場合は…

 では、日本にはどのような「取り決め」があるのでしょうか。冒頭で述べたように日本ではchoosing wiselyはさほど普及しておらず、日本の学会がこのような「ムダな医療」の提言はしていません。しかし、日本化学療法学会が膀胱炎のガイドラインを公表しており、興味深い記述がありますので引用します。

「治療にあたっては、ニューキノロンはグラム陰性桿菌(かんきん)およびグラム陽性球菌いずれにも高い有効性を示すため、2011年のガイドラインでは、閉経前、閉経後に関わらず、第1選択として位置づけられていた。しかし、近年では大腸菌を中心とするグラム陰性桿菌におけるニューキノロン耐性菌などが年々増加する傾向にあり、今後はニューキノロンの使用は抑制していくべきである」(一部分かりやすい表現に変更しています)

 要するに、「ニューキノロンは強力であるが故にこれまで使いすぎてきました。その結果、耐性菌が増えてしまったのでもうこれ以上は使わないでね」ということです。これは米国の考えと一致しており私も賛成できるものです。ところが、同じガイドラインに不可解な点があります。それは、閉経前の急性単純性膀胱炎に最初に用いるべき抗菌薬として三つが挙げられていて、その三つとはクラビット、シプロキサン、オゼックス(いずれも先発品の商品名:注4)。なんといずれもニューキノロンではないですか!!

 いったい、日本化学療法学会はニューキノロンの使用を推奨しているのか抑制したいのか……。では、日本の他のガイドラインはどうなっているのでしょう。

 特定非営利活動法人標準医療情報センターが膀胱炎のガイドラインを公表しています。ここでは閉経前後にかかわらずニューキノロンが第1選択薬とされています。

 米国の学会がニューキノロンを使わないように警告している一方で、日本のガイドラインではまったく逆に使用を推奨しているわけです。果たしてどちらが正しいのでしょうか。実は、私自身は膀胱炎にニューキノロンをあまり処方しておらず、前述したようにST合剤もほとんど使用しません。では独自の特殊な治療をしているのかというとそういうわけではまったくありません。私は、日米のガイドラインいずれの基本コンセプトにも合致し、理にかなった治療を行っているつもりです。どのような治療法か、次回解説します。

   ×   ×   ×

注1:下記も参照ください。「『賢い選択』で医療のムダを見直す」https://mainichi.jp/premier/health/articles/20161024/med/00m/010/006000c

日本のchoosing wiselyのウェブサイト(https://choosingwisely.jp/)は下記です。ただし、まだ内容がさほど多くなく「膀胱炎」で検索しても(2017年9月8日現在)何も表示されません。

注2:五つの提言の他の四つも簡単に紹介しておきます。

1)低リスクの限局性前立腺がんの治療を安易に行うべきでない

2)オピオイド系鎮痛薬を漫然と使わない

3)血尿があるからといってルーティン検査として尿細胞診や尿中マーカー検査をすべきでない

4)腎結石疑いの小児患者に安易にCT撮影をすべきでない

原文は下記を参照ください。

http://auanet.mediaroom.com/2017-05-13-As-Part-Of-Choosing-Wisely-R-Campaign-American-Urological-Association-Identifies-Third-List-Of-Commonly-Used-Tests-And-Treatments-To-Question

注3:特に後ろの四つ、すなわち、グレースビット、スオード、アベロックス、ジェニナックは極めて強力な抗菌薬で決して安易に使用すべきではありません。にもかかわらず、これらを「名指し」で求める患者さんがいますし、個人輸入などで入手している人もいます。ちなみに太融寺町谷口医院でこういった強力なニューキノロン系が必要になる症例は年に1例あるかどうかといった頻度です。

注4:日本化学療法学会のガイドラインには、高齢女性(閉経後)の膀胱炎および妊婦の膀胱炎には第1選択薬にニューキノロン系を含めていません(ニューキノロン系は妊婦には使ってはいけない抗菌薬です)。尿路や全身に基礎疾患があり、再発・再燃を繰り返しやすい複雑性膀胱炎の場合は、ニューキノロン系を第1選択薬としています。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト