実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

膀胱炎は“研修医レベル”の治療でOK?!

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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膀胱炎の治療・予防の“賢明な選択”【2】

 細菌感染による膀胱(ぼうこう)炎は、抗菌薬を用いて治療します。どのような抗菌薬を用いても治らないような細菌感染症は(ほとんど)ありませんから、治療のポイントは「抗菌薬の種類と量の選択」ということになり、ここが医師の腕の見せ所です。症例を紹介しましょう。

「大学病院」で治らなかった膀胱炎

【症例】40代女性 Nさん

 うつ病を患いある大学病院精神科に通院中。1カ月以上前から膀胱炎があり、精神科の担当医に抗菌薬を処方してもらっているが一向に治りません。それまでに使用した抗菌薬はすでに3種類にもなっていました。「お薬手帳」を見せてもらうとニューキノロン系が2種類と第3世代のセフェム系が1種類。精神科では治らないのではないかとNさん自身が判断して太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診しました。

 この症例に対して私がどのようにアプローチしたかを説明していきましょう。まず、膀胱炎は問診でほぼ診断がつきます。夜間頻尿、残尿感、排尿時痛などがあればかなりの確率で膀胱炎を起こしています。もしも高熱や背部痛があれば膀胱炎が進行した腎盂(じんう)腎炎の可能性がありますが、幸いなことにNさんの状態はそこまで至っていません。

 まず行う検査は尿沈渣(ちんさ)のグラム染色です。尿を遠心分離器にかけて沈殿したものを綿棒でぬぐってスライドガラスに塗りつけ、四つのプロセスを経て細菌を2種の色(濃い青と赤)に染色します。この検査では細菌の名前を特定できるわけではありませんが、青く染まるのか(グラム陽性菌)赤く染まるのか(グラム陰性菌)、細菌は丸いのか(球菌)細長いのか(桿菌<かんきん>)によって、どのようなタイプの細菌が原因となっているかが分かります。もちろん細菌の「量」も分かります。菌の量が多いか少ないかは顕微鏡をのぞけば一目瞭然です。

膀胱炎患者の尿沈渣のグラム染色像=筆者提供
膀胱炎患者の尿沈渣のグラム染色像=筆者提供

 グラム染色で分かることは細菌の情報だけではありません。「炎症の程度」も分かるのです。膀胱炎は炎症性疾患ですから、感染部位には炎症細胞(白血球)が出現します。炎症の程度は、その白血球の数がどれくらい多いかで分かるのです。ちなみに近年、感染症の領域ではやりの検査に「PCR法」というものがあります。この検査では、DNAの断片を繰り返し複製することにより、ある病原体(細菌の他にウイルスも検出可能です)が「いる」か「いない」かを知ることができるだけで、炎症の程度は分かりません。ごくわずかでも「いる」と陽性となりますから有無の判定については正確ですし、検体(この場合「尿」)を検査室(または検査会社)に提出するだけですから医師の側からみれば「楽」な検査です。ですが分かるのはそれだけで、おまけに費用も高くつきますし、結果が出るまでに数日かかります。

“旧世代”の抗菌薬が劇的効果

 話をNさんに戻します。Nさんに尿を取ってもらいグラム染色をおこなうと、多数の好中球(白血球の一種=生体内に侵入してきた細菌などを飲み込んで殺菌する)とグラム陰性桿菌が目立ちます。軽症とは言えないほど多くの好中球がみられたので、排尿時にそれなりの痛みが伴うはずです。Nさんの苦悩がよく分かります。多数のグラム陰性桿菌は、形状からおそらく大腸菌と判断しました。

 ここでNさんがもしも前に他の医師から治療を受けていなかったとすれば、これ以上の検査は行いません。ですが、複数の抗菌薬を用いても治っていないわけですからそれなりに重症であると言えます。私は「培養検査」も行うことにしました。培養検査とは検査室(検査会社)で行う検査で、どのような菌がいるのか、そしてどのような抗菌薬が効くのかまで調べることができます。ただし費用がそれなりにかかるのと、結果が出るのに数日間かかるのが難点です。

 とはいえ、培養検査の結果が出るまで待っていられません。目の前の苦しんでいるNさんには直ちに治療が必要です。私は第1世代のセフェム系抗菌薬を選択しました。その後Nさんが受診したのは1カ月後。持病のぜんそくが悪化したとのことで谷口医院にやって来ました。膀胱炎はどうなりましたか?と質問すると、「薬を飲んで半日後にはほとんど治った。それまで1カ月以上しんどかったのがうそみたい」とのこと。培養検査の結果も、原因菌はやはり大腸菌で、私が処方した第1世代のセフェム系に効果があると出ていました。

 と、このように書くと自慢話のように見えるかもしれませんが、何も私は特別なことをしたわけではありません。グラム染色はプライマリ・ケア(総合診療)の基本ですし、大腸菌に第1世代セフェム系抗菌薬が有効なのは研修医でも知っていることです。つまり私が行ったことは感染症専門医でなければできないことではまったくなくて、率直に言えば研修医レベルの診療なのです。

「基本」が大事

 では、なぜ前に診療した医師(精神科医)は効かない抗菌薬を処方していたのでしょう。それはおそらく、次のような理由によるものと思われます。大学病院というのは「縦割り」の医療をおこなうところで、医師は自身の専門分野しか診ません。ですから、精神科に通院している患者さんが膀胱炎の症状を訴えたときには、本来であれば泌尿器科医に紹介することになります。ですが、大学病院の泌尿器科医としては、たかが膀胱炎で紹介しないでよ、という気持ちがあることがあります。では、精神科医は(谷口医院のような)クリニックを紹介すべきだったのでしょうか。結論から言えば「イエス」ですが、やはりこの精神科医にも「たかが膀胱炎……」という気持ちがあったのだと思います。「強い抗菌薬を処方しておけば治るだろう。わざわざ他の医師の手を煩わせるまでもない」と考えたのでしょう。もしかすると精神症状が悪化して外出も困難なNさんを気遣ったのかもしれません。

 ですが、結果としてこのようなことが起こるのです。やはり細菌感染症の基本中の基本はグラム染色です。風邪症状があればまずは喀痰(かくたん)か咽頭(いんとう)スワブのグラム染色をすべきだということは過去に述べました(「その風邪、細菌性? それともウイルス性?」)。グラム染色で得られる情報から抗菌薬の種類と量を決めることができるのです。前回紹介した日本化学療法学会のガイドラインにも「グラム陽性球菌」「グラム陰性桿菌」などの文字が多数でてきます。つまり、グラム染色は診療の基本だということです。

 Nさんを診療していた精神科医は、日本のガイドライン(前回参照)に従ってニューキノロンを最初に処方したのかもしれません。ですが、そのガイドラインに書いてあるようにニューキノロンは大腸菌耐性のことが多いのです。

 では、ニューキノロン系が効かなかったので、次の選択として第3世代セフェム系を処方した判断は正しかったのでしょうか。私が処方した第1世代セフェム系は劇的に効いて、第3世代はまったく効いていませんでした。言葉から感じる印象では、“より新しい第3世代”の方が“旧式の第1世代”よりも強力でよく効きそうな“気”がします。しかし、セフェム系抗菌薬は世代ごとに特徴が異なり、単純に世代が進むとより強力、万能になるわけではありません。にもかかわらず、日本ではなぜか第3世代の内服抗菌薬の処方量が異常に多いのです。

 このように、細菌性の膀胱炎は正しく治療すれば必ず治りますが、治療に失敗するとNさんの例のように長引くこともあります。しかし感染症は、正しい知識に基づいて賢明な選択をすれば防ぐことができます。次回は、膀胱炎の予防法について紹介いたします。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト