実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

第3世代セフェムはなぜ「乱発」されるのか

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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抗菌薬の過剰使用を考える【19】

 フロモックス、セフゾン、メイアクト、バナン、トミロン、セフスパン……。

 これらの名前を聞いたことがあるでしょうか。いずれも「第3世代セフェム系」(以下「第3セフェム」)と呼ばれる内服抗菌薬の商品名(先発品)です。抗菌薬を選択するのは医師の仕事ですから、患者さんが名前を覚える必要はありません。したがって、医学生や研修医向けならともかく、一般向けのコラムに「抗菌薬の選択」を紹介するのは筋違いかもしれません。ですが、あえて今回はこの問題を取り上げたいと思います。診察室で次のようなことを言い出す人がいることもその理由のひとつです。

抗菌薬を“指名買い”する患者

 「今日はフロモックスを3日分ください」

 「家にあったセフゾンを2錠飲んできたので残りをください」

 こういう言葉を聞くとあぜんとしてしまうのは、「抗菌薬の選択は簡単なものではなく、医師がすべきこと。そもそも抗菌薬が必要な状態とどうして断定できるのか」と我々医師は思うからです。また、「どうして(他の抗菌薬でなく)第3セフェムを希望するんだ?!」という気持ちもあります。

 ですが、こういう見方もできます。「患者さんの方から気軽に抗菌薬の銘柄を指定するのは、医師が“適当に”または“いいかげんに”処方していると思われているからではないか?」「幾種類もある抗菌薬のなかで第3セフェムがよく指定されるのは、実際に医師の不適切処方が多いからではないのか?」--。

 今回の結論を先に言ってしまうと、「第3セフェムが必要な症例はほとんどない」ということです。にもかかわらず、第3セフェムはニューキノロン系、マクロライド系と並ぶ「日本人がよく使う3大抗菌薬」のひとつになっています。その使用量は、他国に比べて突出しています。

研修医時代に抱いた疑問

 なぜ、第3セフェムがこんなにも多く処方されているのか……。私自身の体験を紹介しながら解説していきましょう。

 15年ほど前の、私の研修医時代のことです。内科、外科、小児科、産婦人科、皮膚科、救急科……と各科で研修を受ける中で、どこの科でも細菌感染を治療する機会は多く、抗菌薬の選択を先輩医師から学ぶのは日々の研修のひとつでした。科ごとに多少の差はあるものの、先輩医師たちが処方していた抗菌薬で最も多かったのが第3セフェムで、マクロライド系とニューキノロン系が続きます。さらに注目すべきことに、第1セフェムや第2セフェムは、ほとんどの医師が使っていなかったのです。

 私は何人かの先輩医師にこのことを質問してみました。ちょっとした疑問も放っておけない探究心旺盛な私……が理由であったならば自慢できるかもしれませんが、私が「なぜ第1セフェムを使わないのか?」と質問したのには、別の理由があります。それは、研修医1年目のときに訪れたタイのエイズ施設(参考「差別される病 2002年タイにて」)では、第3セフェムがまったく使われていなかったからです。使用量が少なかった、ではありません。文字通り「まったく」なかったのです。

外国の医師が思い出させてくれた抗菌薬の選択法

 そのとき私が滞在したのはわずか1週間ではありましたが、当時ベルギーから来ていた医師から多くを学ぶことができました。その医師はエイズ専門医ではなく、総合診療医(プライマリ・ケア医)。総合診療医は風邪から精神症状までなんでも診ますが、なかでも感染症は得意とするところで、上気道炎から膀胱(ぼうこう)炎、皮膚感染など状態に応じて適切な抗菌薬の処方を行います。そのエイズ施設では、欧米の医療者たちが母国から持って来ていた抗菌薬をエイズの患者さんに処方していました。当時のタイではまだ抗HIV薬が使えず、細菌感染は日常茶飯事であり、いかに感染症を抑え込むかが重要なケアのひとつでした。

 ちなみに、日本で総合診療医が増えてきたのはつい最近のことです。すべての領域にわたり感染症を幅広く診ることのできる医師というのは当時の日本にはあまりおらず、それだけにタイで出会ったこの医師から、私は大きな影響を受けました。

 その施設にセフェム系は第1世代しかなかったことに疑問を持った私は「どうして古い世代のセフェムを使うのか」とベルギー人医師に尋ねました。すると「新しい、古いの問題ではない。抗菌薬の選択とは、ターゲットとする菌と感受性を考えることだ。後は自分で勉強しろ」と少々あきれられてしまいました。ちなみに、ここでいう「感受性」とは、どの抗菌薬がどの細菌にどの程度効果があるか、ということです。

 ターゲットの菌、感受性……。感染症や内科などの教科書を思い出すと、確かに抗菌薬の選択ではこういったことを考えるのが基本です。ですから、帰国後、私は何人もの先輩医師にしつこいくらいに「どうして第3セフェムか」を尋ねたのです。ですが、きちんと答えてくれた医師はひとりもいませんでした。それどころか、「世代は新しい方がいいに決まっている」と決めつける医師もいたのです。

日本の状況が変わる兆しも

 前々回「膀胱炎は“研修医レベル”の治療でOK?!」の症例で紹介したように、細菌性の膀胱炎に対して第1セフェムは劇的に効いたのに、第3セフェムは全く効いていませんでした。この症例のように、第3セフェム内服薬の効果が乏しいのはなぜでしょうか。その最大の理由は「腸管からあまり吸収されないから」です(注1)。せっかく飲んでも血中に吸収されずそのまま便と一緒に出ていってしまっては意味がありません。第3セフェムは、第1セフェムに比べてグラム陰性菌によく効くとされています。これは正しいのですが、それは血中に吸収されて初めて言えることです。点滴(または注射)で投与すれば、第3セフェムはグラム陽性菌にも陰性菌にも極めて有効な抗菌薬です。一方、内服の場合は吸収されないわけですから、腸管内の細菌感染以外にはほとんどの場合使うべきでないのです。

 では、なぜ日本は世界とは異なり第3セフェムの処方量が異常に多いのか。おそらく私の世代の医師は「先輩医師が使っているのを見て」という理由が最多だと思います。では最初に第3セフェムを使い出した「先輩医師たち」はなぜなのか。はっきりしたことは分かりません。製薬会社の強い営業があったからという見方もありますが、そうであったとしても処方の責任を取るのは医師です。

 では、今後もやみくもに第3セフェムが多く処方され続けるのでしょうか。幸いなことに、この流れはここ数年で急速に変わりつつあります。感染症の重要性をきちんと学ばなければならないと考える医療機関や教育者が増え、すでに現在の研修医は第3セフェムをあまり処方していないようです。ターゲットの菌を特定し感受性を考えて処方せよ、という、私がタイでベルギー人医師から教えられたことを多くの医師が実践するようになってきているのです。細菌感染症の基本であるグラム染色を学ぶ研修医も増えてきています。つい最近までは、研修医がグラム染色を行うことはほとんどありませんでした。もちろん、医学部では実習をしていますが、それだけで実践できるものではありません。何百回と経験を積んで初めて、臨床の場で活用できるようになるのです。

 この流れのまま進めば、これからは安心して抗菌薬の処方を医師にまかせられるようになるかもしれません。その一方で、私は患者さんが抗菌薬の名前を覚えたり、なぜその処方が最適なのかということについて関心を持ったりするのはいいことだと思っています(注2)。「どうして第3セフェムなのですか」--。こういう質問を嫌がる医師もいると思います。ですが、冒頭で述べたような「今日はフロモックスを3日分」と言われるよりははるかに望ましい、と考える医師の方が多いのは間違いありません。

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注1:世界的に有名な感染症の教科書によれば、第3セフェムの「バナン」が腸管から吸収されるのは50%、「セフゾン」は25%、「メイアクト」はわずか14%です。(「Kucers' The Use of Antibiotics: A Clinical Review of Antibacterial, Antifungal, Antiparasitic, and Antiviral Drugs, Sixth Edition Volume 1」394ページ)

注2:以前も紹介した「choosing wisely」には「五つの質問」というものがあります。日本ではまだまだなじみがありませんが「choosing wisely five questions」でネット検索すればすぐに出てきます。その五つは下記のとおりです。

1)その検査や治療は本当に必要なのでしょうか?

2)その検査や治療にはどのようなリスクがありますか?

3)もっとシンプルで安全なものはないのですか?

4)もしもそれを行わなかったとすればどんなことが起こりますか?

5)それはどれくらいの費用がかかりますか?

 これらを日ごろから実践していれば「どうして第3セフェムなの?」と医師に尋ねることにも抵抗がなくなるでしょう。

抗菌薬シリーズ第1回はこちら

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト