実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

「クラリス」多用と誤用のなぜ

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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抗菌薬の過剰使用を考える【20】

 抗菌薬の乱用は現在、日本だけでなく世界的な課題となっていることは、これまでお伝えしてきた通りです(例えば「薬剤耐性菌を生む意外な三つの現場」)。抗菌薬を処方するのは医師ですから、こういった問題は一般の人には関係のないことと思われるかもしれませんが、海外の薬局では誰でも簡単に抗菌薬を買えますし、個人輸入で気軽に購入している人も少なくありません。また、家畜産業での抗菌薬大量使用についても知っておくべきであることも述べました。

 このシリーズでは、さらに日本の抗菌薬使用の特徴として、ニューキノロン系(以下「ニューキノロン」)の過剰使用があること(例えば「日米でこんなに違う 膀胱炎の治療方針」)、第3世代セフェム系(第3セフェム)の使用が他国に比べて突出して多いこと(「第3世代セフェムはなぜ『乱発』されるのか」)を述べました。ここまでくると「マクロライド系」(以下「マクロライド」)についても述べないわけにはいきません。現在の日本で消費量が多い3大抗菌薬は、ニューキノロン、第3セフェム、マクロライド、と考えてまず間違いありません。

マクロライドの特徴とは

 マクロライドの代表的な商品名(先発品)は、クラリス、ジスロマック、エリスロシン、ルリッド、ジョサマイシンなどです。これらのうち、最も有名でよく使用され、さらに「誤用」が多いのがクラリス(一般名は「クラリスロマイシン」、他の先発品に「クラリシッド」もある)です。今回は、なぜクラリスがそんなにも誤った使い方をされるのか、そしてそれによりどのような問題が生じているのかについて解説していきます。

 クラリスをはじめとするマクロライドの特徴のひとつは「抗炎症作用」があることです。つまり、単に細菌を退治するだけでなく、組織に生じた炎症を抑える働きがあるのです。この効果に期待してマクロライドが使用される例はたくさんありますが、最もよく使われるのが慢性副鼻腔(びくう)炎(蓄膿<ちくのう>症)に対する「マクロライド少量長期間投与」です。

 一般に、抗菌薬使用法の原則は「短期間に十分な量を」ですが、この治療は抗菌作用ではなく抗炎症作用を狙ったものであり長期間の投与が必要となります。マクロライド少量長期間投与は、もともとは「びまん性汎細気管支炎」と呼ばれる難治性の呼吸器疾患に対する治療でした。その後、副鼻腔炎に対する有効性も認められ、現在頻繁に行われています。

 マクロライド少量長期間投与は、提唱された1980年代にはエリスロシンで行われていましたが、副作用が少なく体内で長時間作用するクラリスに次第に代わっていきました。現在のマクロライド少量長期間投与はクラリスで行うのが一般的です(ここからは「クラリス少量長期間投与」とします)。

年々増える処方量

 さて、問題はここからです。これまでなかなかいい治療法がなかった慢性副鼻腔炎が、クラリス少量長期間投与で改善されるようになったのはいいことです。ですが、慢性副鼻腔炎というのは軽症例も含めればとても頻度の高い疾患です。すべての慢性副鼻腔炎にこの治療を行えば、ものすごい勢いで使用量が増えていきます。一方、びまん性汎細気管支炎は、まれで予後の悪い難治性疾患です。

 私は慢性副鼻腔炎にクラリス少量長期間投与を行うべきではない、と言っているわけではありません。ですが、あまりにも簡単に処方されすぎていないか、または漫然と続けられていないか疑問に感じる症例にときどき遭遇するのは事実です。また、過去にピロリ菌の除菌は全例に実施すべきでないのでは?と述べました(「ピロリ菌「全例除菌」を勧めない理由」)が、除菌実施数は年々増加しています。そしてその1次除菌で使われる3種の薬剤にはクラリスが含まれています。つまり、クラリスは多くの場面で積極的に使用されており処方量は年々増加しているのです。処方例が増えた結果起こることは何でしょう……。これを述べる前に、いくつかのクラリスの「明らかな誤用」を紹介したいと思います。

クラリスの「誤用」3例

【症例1】20代女性Aさん

 関東在住。大阪観光中に風邪をひいて太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診。問診票の「今飲んでいる薬」の欄にクラリスとプレドニン(ステロイド薬の一種)の文字がありました。理由を尋ねると、なんと「声をよくするため」との答えが……。Aさんによれば、地元のクリニックでは「声が良くなる処方」とうたってこれらが“販売”されているとのこと。おそらく、クラリスとステロイド双方の抗炎症作用で声帯の炎症を取り除くことを目的としているのでしょうが、副作用のリスクを無視したとんでもない考えです。私は危険性を説明し直ちに服薬をやめるよう助言しました。Aさんも「そんな危険な薬とは聞いていなかった」とのことでした。

【症例2】40代男性Bさん

 「クラリスを飲んだが風邪が治らない」と訴え谷口医院を受診しました。どのようにしてクラリスを手に入れたのかを尋ねると「個人輸入」との回答。Bさんが入手したのは日本製の後発品です。日本の医薬品を国内から国内に発送するのは違法ですが、海外から発送すれば薬事法に抵触しないらしく、わざわざ日本の薬を海外に持ち出し海外から発送している会社があるというのです。

【症例3】30代男性Cさん

 別のクリニックで副鼻腔炎に対するクラリス少量長期間投与を始めて1週間。下痢が続くといって谷口医院を受診(初診)しました。どうしてそのクリニックで再診しなかったのかを尋ねると、CさんはHIV陽性だが、それが言える雰囲気ではないとのこと。抗HIV薬はエイズ拠点病院で処方してもらっている。そちらでは副鼻腔炎の相談ができず近所の耳鼻科クリニックを受診すると、クラリスを処方されたとのことでした。下痢はクラリスの副作用ですが、問題はこのことではなく「飲み合わせ」です。Cさんが飲んでいる抗HIV薬の一つはクラリスと一緒に飲んではいけないものでした。私はそれを説明して直ちにクラリスの服用を中止してもらい、エイズ拠点病院と連絡をとりながら副鼻腔炎は谷口医院で診ることにしました。

 【症例1】が明らかな誤用なのは説明するまでもないでしょう。Aさんがこの“治療”を続けると、そのうちステロイドの副作用にも悩まされることになります。【症例2】は医療機関を受診すれば長時間待たされることなどを考えるとBさんの気持ちが分からなくもありません。しかし、この連載で何度も話しているように、そもそも風邪に抗菌薬が必要なケースはわずかですし、その見極めは医師でないと困難です。私は咽頭(いんとう)スワブのグラム染色を行い抗菌薬そのものが不要であることを説明しました(参考:「その風邪、細菌性? それともウイルス性?」)。

 一方、【症例3】は、1、2とは異なる重要な問題をはらんでいます。Cさんの「HIVを言い出せない」という気持ちは理解できます。過去に述べたように医療機関でHIV陽性であることを伝えて診療拒否された例は少なくありません(参考:「医療機関がHIV陽性者を拒むわけ」)。ですが、Cさんは飲み合わせについて考えていませんでした。クラリスとの飲み合わせが悪い薬は抗HIV薬以外にも、ぜんそくの薬、睡眠薬、高脂血症の薬、高尿酸血症の薬、抗真菌薬、てんかんの薬、C型肝炎の薬、ED改善薬、女性ホルモン……とてもたくさんあります。

クラリス多用で起こる問題

 さて、クラリスが多用されることで何が起こるか。最大の問題は「耐性菌」です。ピロリ菌1次除菌の失敗率が年々上がっているのはクラリス耐性株が増えているからであり、世界保健機関(WHO)が2017年2月に公表した「最も重要な薬剤耐性菌12種」の一つが「クラリスロマイシン耐性ピロリ菌」です(「鶏の生食が危険な二つの理由」参照)。クラリスはマイコプラズマ肺炎の切り札の地位を長年維持していましたが、最近では半数以上がクラリス耐性と言われています。同じく切り札として用いられるクラミジア(クラミドフィラ)にもクラリス無効例が増えてきています。もちろん副作用も少なくありません(注)。

 副鼻腔炎やピロリ菌の1次除菌で使われる限り、クラリスはこれからも大量に消費され続けます。ならば少しでも耐性菌のリスクを下げるために、社会全体で使用を最小限にしなければなりません。医師だけでなく一般の人にも今回述べたような知識を持っていてほしい、というのが私の願いです。

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注:クラリスの副作用については添付文書が最も参考になります。医療者向けのものですが一般の方にもある程度は読めると思います。添付文書には薬の「飲み合わせ」についても書かれていますから合わせて参考にされるといいでしょう。また、現在多くの薬はネット上で添付文書が簡単に閲覧できます。これは一昔前にはできなかったことです。クラリスのみならず、自身に処方された薬のことは添付文書を読んで可能な範囲で理解につとめてほしい、そして分からないことはどんどんかかりつけ医に尋ねてほしい、というのが私の意見です。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。