実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

HIV対策の盲点 50歳以上の熟年離婚者

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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エイズという病を知っていますか?【14】

 抗HIV薬が普及していなかった頃、HIV感染はエイズ発症を意味し、エイズとは「死に至る病」でした。私が初めてエイズ患者に出会ったのは日本ではなくタイです。この連載でも紹介したタイ中部のロッブリー県にあるエイズ施設を2002年に訪れた時でした(参照:「忘れられない患者さんの『力こぶ』」)。

 そのタイのエイズ施設に足を踏み入れたとき、私が最初に感じたのは「(患者が)若い!」ということでした。日本では小児科と産科を除けば、病院で医療を受ける人は高齢者が中心です。ところがそのタイの施設には高齢者も少しはいますが、大半は20~30歳代の若者で、なかには10歳未満の子供もいました。当時のタイでは抗HIV薬はまだ支給されていませんでしたから、若い男女は、近いうちに確実に死を迎えることになるのです。

 タイから帰国後、私は機会があれば日本でエイズに関する講演をおこなってきました。講演で私がいつも主張することが二つあります。「感染者への差別をなくすこと」と「新たな感染者を生み出さないこと」です。そして、ここでいう「感染者」というのは若い人たちを念頭に置いています。ですから大学生の集まりや、若い社会人を対象とした会合で話すことはあるものの、中高年者が集う場所で話をしたことはありませんし、呼ばれたこともありません。日本社会も私自身も、HIVは若い世代が感染するものと考えているのです。

目からウロコ “想定”を覆す欧州の研究結果

 ところが、そういった考えは過去のものとなりつつあります。ヨーロッパのメディアがそれを物語っています。きっかけとなったのは医学誌「Lancet」17年9月26日(オンライン版)に掲載された論文です(http://www.thelancet.com/journals/lanhiv/article/PIIS2352-3018(17)30155-8/fulltext)。論文では、ヨーロッパ全体で、そして特にイギリスで50歳以上のHIV感染が問題となっていることが示されています。複数のメディアがこの論文を紹介し、さらに英国民保健サービス(NHS)もウェブサイトで報告し問題提起しています(https://www.nhs.uk/news/2017/09September/Pages/Rates-newly-diagnosed-HIV-increasing-in-over-50s.aspx)。

 まずは「Lancet」及びNHSの報告から具体的な数字をみていきましょう。調査期間は04年1月1日から15年12月31日の12年間。対象は欧州31カ国です。期間中に新たにHIV感染が判明したのが、15~49歳(便宜上ここからは「若者」とします)では31万2501人。50歳以上では5万4102人です。この数字だけをみるとHIVはまだまだ若者の感染症と言えそうです。ところが、増加率に注目すると、別の側面が見えてきます。

 若者の新規感染率は人口10万人あたり11.4人。12年間でほとんど変化はありません。一方50歳以上は10万人あたり2.6人と総数や感染率では若者より少ないのですが、増加率は毎年平均2.1%上昇しています。深刻なのはイギリスです。50歳以上での増加率は年間3.6%。04年の10万人あたり3.1人から15年には4.32人まで上昇しています。男女ともに増えています。一方、若者の新規感染は4%減少しています。

 50歳以上の感染経路の内訳(15年)をみてみましょう。感染経路最多は異性間性交渉の42.4%、男性同性間性交渉が30.3%、薬物の静脈注射が2.6%、その他及び不明が24.6%です。一方、若者は、最多が男性同性間性交渉の45.1%、異性間性交渉30.8%、薬物4.6%、その他及び不明19.5%です。

離婚後の無防備な性交渉が原因

 こうした結果から「50歳以上の男女間性交渉での感染が増加している」ということが言えます。では、なぜ彼・彼女らの間に新規感染が増えているのか。NHSは英国の大衆紙『Mail Online』の報道を引き合いに出しています。同紙(http://www.dailymail.co.uk/health/article-4923672/HIV-rise-50s.html)によれば、「離婚後の無防備な性交渉が50歳以上のHIV新規感染増加の真因」だそうです。

 同紙はさらに「熟年離婚者」(原文では「silver splitters」)がハイリスクとしています。彼・彼女たちは、コンドームを単なる避妊具と考え、その必要性が頭をよぎることはありません。さらに、多くの人は今現在もHIVが問題になっているとは思ってもいないのです。そうした“油断”によって、彼・彼女たちはHIVや他の性感染症にかかる、と述べています。

 50歳以上の問題はまだあります。若者に比べて、HIV感染が発覚したときにすでに病状が進行していることが今回の調査で分かったのです。さらに「Mail Online」によれば、HIVの無料検査はいろいろなところで受けることができるにもかかわらず50歳以上は検査を受けず、また予防啓発をおこなう団体も50歳以上に対しては積極的におこなっていないそうです。

日本でも同様の傾向が

 翻って日本はどうでしょうか。実は日本でも同じような傾向が表れつつあります。「平成28(2016)年エイズ発生動向」には「感染者の主要な感染経路はいずれの年齢階級においても同性間性的接触例の割合がもっとも高く、年齢が上がるに従い異性間性的接触の割合が高くなる傾向がみられた」と述べられています。つまり、日本では50歳以上の感染経路も男性間が最多だけれど、若者と比べると異性間の割合が多い、ということです。同資料の図13によれば、50歳以上では4割以上が異性間であるのに対し、30代での異性間は2割に過ぎません。

 そして、これは日々の臨床を通しての私の実感とも一致します。私が日々診察している20代、30代のHIV陽性者は多くが男性同性愛者ですが、50歳以上となると、全体では人数は多くないものの異性間性交渉で感染している割合が増えます。そして、自らの意思で保健所などへ検査を受けに行った人はほとんどおらず、何らかの症状が出て医療機関を受診してHIV感染が発覚したというケースが多いのです(参照:「急増する『いきなりHIV』」)。

 これを読んでいるあなたが50歳以上で、さらに熟年離婚者だとしたら、性に対する考え方、見直さなくてもいいでしょうか?

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。