実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

中咽頭がん急増の恐れ 予防にはHPVワクチン

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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理解してから接種する--「ワクチン」の本当の意味と効果【30】

 ここ数年間で最も物議を醸しているワクチンは、「子宮頸(けい)がんワクチン」とも呼ばれるHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンに他なりません。客観的にみて“異常事態”が次々と起こっています。今回は、近いうちに「物議を醸している」から「希望者が殺到する」となるかもしれない、ということを述べたいと思いますが、その前にHPVワクチンの“異常事態”についてまとめておきます。

推奨派と慎重派が対立する異常事態

 過去の連載「HPVワクチン不信が生じた過程」でも紹介したように、HPVワクチンは2013年4月、小学校6年~高校1年の女子を対象に定期接種化されたものの、そのわずか2カ月後、厚生労働省が「積極的にはお勧めしません」と発表しました。定期接種に規定しておきながら「積極的に勧めない」という意味不明の厚労省の立場は“異常”と言わざるを得ません。

 行政だけではありません。HPVワクチンを接種すべきか否かについては医師の間でも意見が分かれています。「推奨派」は、複数の学会が公的に推奨していること、世界保健機関(WHO)が日本の曖昧な態度を非難していることなどを引き合いに出し、有効性・安全性を訴えます。一方、「慎重派」は“重篤な副作用が起こっているのは事実”と主張します。過去の連載「ワクチン接種する/しない 学んだ上で判断を」で紹介したように、厚労省の副反応追跡調査によると、HPVワクチンを接種した人(約338万人)の約0.08%にあたる2584人に副反応が生じ、未回復だった人は全体の約0.005%(186人)に上ります。一つのワクチンで推奨派と慎重派がこれだけ対立しているものは他に例がなく、この事態は“異常”と言えます(注1)。

 私自身は「推奨派」でも「慎重派」でもなく、この連載で言い続けているように「理解してから接種する」が原則であると考えています。HPVは性感染のみですから「中学生になれば全員がうちなさい」という考え方には賛成せず、「彼氏ができるまで接種しない」と考えている女性がいれば支持します(参照:「『子宮頸がんは性感染症』が生む偏見」)。

 一方、メディアが報じないどころか、医療者もあまり重要性を訴えない「尖圭(せんけい)コンジローマ」の予防については、私はワクチンの重要性を繰り返し説明しています。過去(「あなたにも起こるかも…尖圭コンジローマがもたらす苦悩」)にも述べたように、この疾患の苦痛は相当つらいものです。この苦痛を知っている人に対してHPVワクチンの効果を説明すると、ほぼ全員が直ちに接種します。興味深いことに、日本では男性にHPVワクチンが認可されていないのにもかかわらず、尖圭コンジローマを防ぎたいと考えている男性も接種を希望するのです。

男性に急増している「HPVが原因の病気」

 さて、今回の本題は、HPVワクチンを子宮頸がんにでも尖圭コンジローマにでもなく、「中咽頭(ちゅういんとう)がん」予防のために接種する人が増えるだろう、という話です。

 医学誌「Annals of Internal Medicine」17年11月21日号(オンライン版)に公開された論文(注2)を読んだとき、私は思わず「えっ!」と声を出してしまいました。これまでの医学の常識を覆す内容だからです。これまでHPVが原因のがんといえば子宮頸がんが常識でした。ところが、この論文によれば「現在、米国のHPV原因のがんは、中咽頭がんが最多」だというのです。しかも男女別にみてみると、中咽頭がんは男性が女性より4倍も多いのです。

 論文によれば、男性の中咽頭がんの発症率は人口10万人あたり7.8人。すでに女性の子宮頸がんの発症率(10万人あたり7.4人)を超えています。HPVが原因のがんといえばこれまでは圧倒的に子宮頸がんであり、他には肛門がんや陰茎がんが少数ある程度だと言われていました。しかし、現在ではHPVによる中咽頭がんが急増して子宮頸がんを抜き、さらに女性ではなく男性に多いがんになったのです。増加率をみると、女性は増えていないのに対し、男性は02~12年の間、年平均2.89%のペースで増加しています。特に上昇率が顕著なのが50代の男性です。

 論文によれば、この上昇傾向は2060年まで継続し、中咽頭がんは「公衆衛生学的に重要な懸念事項」とされています。女性にしかHPVワクチンを認めていない日本は、いったい何をしているのだ?という声が近いうちに上がるでしょう。

 HPV感染率についてみていきましょう。やはり男女差があり、口腔(こうくう)内のHPV感染率は、女性で3.2%なのに対し男性では11.5%もあります。ハイリスク(注3)のHPV感染率でみると、男性7.3%、女性1.4%です。さらに、ハイリスクとして有名なHPV16だけでみると、男性の口腔内感染率は女性の6倍にもなります(男性1.8%、女性0.3%)。

 HPVは性的接触で感染します。そして口腔内に感染しているということはオーラルセックスの経験があるからでしょう。論文では興味深いデータが示されています。これまでの人生で16人以上のパートナーがいた男性の場合、1人以下の場合に比べて、口腔内のHPV感染は、そのパートナーたちとの「行為」が、オーラルセックスで10倍、膣(ちつ)交渉で4倍、「いずれも」で8倍高くなっています。女性については生涯で16人以上のパートナーがいれば、1人以下に比べて、それぞれ3倍、6倍、7倍高くなっています。

無防備な日本人男性

 ちなみに日本ではコンドームなしのオーラルセックスをおこなう者が諸外国に比べて顕著に多いという指摘があります(注4)。また女性の外陰部をカバーする「デンタルダム(ラテックス製の薄いシート)」などは、日本ではほとんど売れないと聞きます。

 ということは、米国の男性でこれだけ増えている中咽頭がんは、日本人男性ではさらに急増しているのではないでしょうか。他のがんと同じように、中咽頭がんも相当進行しない限り無症状です。もしもあなたが中年以降の男性でこれまでのパートナーが16人以上なら(あるいはもっと少なくても)、症状がまったくなかったとしてもHPVの検査をすべきかもしれません。もちろん女性もオーラルセックスの経験があれば同様です。

 そして、若い人も含めて、中咽頭がんの予防にHPVワクチンを考えなくていいかどうか検討してみてください。ちなみに、先述の論文によると、HPVが原因の中咽頭がんはワクチン接種で予防できるものの、米国ではHPVワクチンの男性への接種率が高くなく、リスクが高い中高年にはほとんど普及していないそうです。

 日本では男性に対しては「接種率」の議論もできません。なにしろ、認可すらされていないのですから……。

   ×   ×   ×

注1:例えば16年、厚労省の「子宮頸がんワクチン接種後の神経障害に関する治療法の確立と情報提供についての研究」班の研究代表者である元信州大学医学部脳神経内科教授の池田修一氏がHPVワクチンの危険性を訴えると、ジャーナリストで医師の村中璃子氏は池田氏の主張が誤りであると雑誌の記事に書きました。これに対し、池田氏は雑誌の出版元と村中氏を名誉毀損(きそん)で提訴したのです。この決着については報道からは分かりませんが、17年11月30日、Nature誌などが主催する「ジョン・マドックス賞」を村中氏が受賞したことが報じられています。

注2:この論文のタイトルは「Oral Human Papillomavirus Infection: Differences in Prevalence Between Sexes and Concordance With Genital Human Papillomavirus Infection, NHANES 2011 to 2014」で、下記URLで概要を読めます。

http://annals.org/aim/article-abstract/2657698/oral-human-papillomavirus-infection-differences-prevalence-between-sexes-concordance-genital

注3:論文によれば、ハイリスクのHPVのサブタイプ(子宮頸がんの原因となる)は、16、18、26、31、33、35、39、45、51、52、53、56、58、59、66、68、73、82。ローリスク(通常、尖圭コンジローマの原因となる)は、6、11、40、42、54、55、61、62、64、67、69、70、71、72、81、82、83、84、89です(参照「奇妙で不思議な病原体HPV」)。

注4:これをきちんと検証したデータはありませんが、例えば、日本性感染症学会第25回学術大会(2012年12月9日開催)で日本家族計画協会の北村邦夫氏が「口腔性交は日常化しているが性感染症予防に無関心な日本人の実態を明らかにする」というタイトルで発表したデータでは、「口腔性交の際、性感染症を予防するためにコンドームをまったく使わない」者が全体の82.8%にも上ります。一方、過去にも一度紹介した私が代表をつとめるNPO法人GINAで実施したタイのセックスワーカーに対するアンケート(http://www.npo-gina.org/taihuri-baishunhu/)では、全体の57%がオーラルセックスを「一切しない」または「100%コンドームを用いる」と答えています。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。