実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

ワクチン問題を解決する「賢明な選択」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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理解してから接種する--「ワクチン」の本当の意味と効果【31】

 どのような検査や治療をすべきかを巡って、医師の間で意見が対立することはしばしばあります。例えば前立腺がんの早期発見目的でPSA(前立腺特異抗原)を測定すべきかどうか▽糖尿病の食事療法は糖質制限かカロリー制限か▽ピロリ菌の除菌を全例にすべきかどうか--などです。そんな医師の“対立”のなかで、群を抜いて際立っているのが「ワクチンの是非」です。

 前々回(「中咽頭がん急増の恐れ 予防にはHPVワクチン」)の注釈で紹介したように、HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンに関する見解では医師が医師を名誉毀損(きそん)で訴えるという事態が起こりました。過去の連載(「麻疹感染者を増加させた『捏造論文』の罪」)で紹介したように、論文の捏造(ねつぞう)が発覚し医師免許を剥奪された英国の医師ウェイクフィールド氏は、今も「MMRワクチンが自閉症の原因」という自身の説を撤回していません。ウェイクフィールド氏は自説を主張するための映画まで製作し、一時は2016年の「トライベッカ映画祭」で上映されるリストに入っていました(しかし、同映画祭の主催者のロバート・デニーロ氏が上映予定を取り下げました。ちなみにデニーロ氏の息子さんは自閉症だそうです)。

「ワクチンは医師の利益」になり得ない

 ワクチンに反対する医師は自分の考えを大勢の人に訴えかけるためにブログで意見を述べたり、本を書いたりします。現在話題になっているのが2017年11月に発行された近藤誠医師の単行本「ワクチン副作用の恐怖」(文芸春秋)です。こういった本が発売されると、たいていは患者さんから「どう思いますか」と聞かれますから私も読んでみました。総じて言えば反論したい部分も多々あるのですが、「ああ、これは読者には説得力があるかも……」と感じた点がありました。

 それは「ワクチンが医師の利益になっている」という指摘です。このような言葉が著書の至るところに出てきます。例えば次のような記載があります。

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 ワクチンを打っている小児科医や内科医にとっても、ワクチンは重要な生活の糧になっています。

 もし(川崎病について)ワクチン原因説が広まれば、ワクチンの接種希望者が激減して、小児科の大収入源がなくなってしまいます(筆者注:近藤医師は川崎病の原因がワクチンとの考えをお持ちです)。

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 実際はどうかと言えば、ワクチンは我々医師の「生活の糧」になっていませんし、ワクチンは「大収入源」でもありません。そもそも医療機関は営利団体ではないのです。ですが、この点は分かりにくいと思いますので、少し脱線しますが、医師はどのようにして収入を得ているのか、医療機関はどのように運営されているのかについて解説しておきたいと思います。

 まず病院で働く医師の給料は歩合制ではありません。そのためワクチンを患者さんにうってもうたなくても収入は同じです。ですから自分の小遣いを増やすためにワクチンを勧めようと思うことはありえません。もっとも、これは勤務医の場合であり、開業医はどうなんだ、という疑問が残るでしょう。では、開業医はどうかというと、太融寺町谷口医院のように医療法人にしていると、医師の給与は固定されていますからワクチンを勧めて収入が増えるわけではありませんし、ボーナスを受け取ることもできません。また内部留保があったとしても医療法人解散時には国におさめなければなりません。医療法人にしていないクリニックであれば、ワクチンをうてばそれはそのまま院長の収入になると言えなくもありません。

 ですが、我々医師は自身の収入のためにワクチンを勧めることはありません。その最大の理由は医師の「矜持(きょうじ)」とも呼べるものです。医師の倫理や任務などについての宣誓文「ヒポクラテスの誓い」には「自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない」という文言があります。これは法律ではありませんが、我々医師にとっては法律よりも“重い”、いわば「掟(おきて)」のようなものです。また、日本医師会が作成した「医の倫理要綱」は第6条で「医師は医業にあたって営利を目的としない」と規定しています。医師は聖職、とは言いませんが、我々医師は「医業は他の職業とは異なるもの」と考えています。言い換えれば、こういった「掟」を順守することを矜持としているのです。

無駄な医療はしない、受けない

 しかし、しばしばメディアで報道される医師の不祥事などを見聞きすると、本当?と疑いたくなるかもしれません。たしかに、医師免許は持っているものの、とても医師と呼べないやからがいるのも事実です。ですが、それはあくまでも「例外」であり、普通の医師は利益のことは考えません。

 現在の日本の状況は、待合室で長時間待たされることからも明らかなように、需要(患者数)が供給(医師数)を大幅に上回っています。民間の医療機関が倒産することがほとんどないことからもこれは自明でしょう(帝国データバンクが公表した2017年の医療機関の倒産件数は「病院」が2件、「診療所」が13件です)。公立病院の大半が赤字といったことがしばしば指摘されますが、そういった病院でも医師を含む人件費は決して低くありません。医師の求人情報をみれば、なかには年収3000万円以上などという案件もありますし、ときどき発表される医師の平均年収は低いものでも1000万円を上回っています。それでも勤務条件に満足しない医師がいるとすれば、勤務時間が長すぎるからです。私見ではありますが、現在の日本の医師で勤務時間を減らしたいと考える者は山ほどいますが、給料に不満を持つ者は少数ではないでしょうか(給与が不満であれば高収入で募集をかけている医療機関に転職すれば済む話です)。また、医療機関が必要以上の利益を上げることには、経営的な観点からも意味がありません。なぜなら、先述したように医療法人は解散時に内部留保を国におさめなければならないからです。

 過去の連載でも何度か触れた「チュージング・ワイズリー(choosing wisely=賢明な選択)」という概念があります。これはおおまかに言えば、医師も患者も「検査や治療を賢く選択し、無駄なことをやめましょう」とするもので、過去の連載では、「抗菌薬に対して患者側も“賢く”なるべきだ」という話をしました(「第3世代セフェムはなぜ『乱発』されるのか」)。

 検査や治療は“手厚く”した方が、患者満足度が高いという報告もあります。それでも、医師がチュージング・ワイズリーにこだわるのは、無駄な医療をやめて検査や治療で生じるリスクを取り除きたいことに加え、患者さんの自己負担を減らしたいからです。ワクチンについても、希望されても「接種すべきでない」と説明することも多々あります。例えば、中国や東南アジアでは日本脳炎に注意しなければなりませんが、上海、バンコク、ジャカルタなど都心部のみの滞在で豚に接する可能性が低い場合は「うつ必要がない」と言いますし、主に汚染された水や食品から感染するA型肝炎ウイルスも危険性の低い人にはうたないことを勧めます。

患者としての「wisest choice」とは

 ところで、太融寺町谷口医院に対するクレームで最も多いのが(「待ち時間が長い」を除けば)「どうして希望する検査(や点滴や処方)をしてくれないんだ!」というものです。たいていはなぜその検査(など)が不要かを説明すれば理解してもらえるのですが、なかには「金払うって言うてるやろ!」と声を荒らげる人もいます。我々はいくらお願いされても無駄な医療行為はできないのです。そして同時に患者さんの負担が最小限になることを考えています。ですから、チュージング・ワイズリーの概念が人口に膾炙(かいしゃ)すれば、こういうクレームは減るはずです。

 そして、チュージング・ワイズリーが普及することにより、一部の医師の「ワクチンは医師の利益」というような主張は的を外していることが認知されるようになるでしょう。ワクチンで最も大切なことは「理解してから接種する」です。その「理解」を効率よく得るには過去(「第3世代セフェムはなぜ「乱発」されるのか」)にも紹介した下記の「チュージング・ワイズリーの五つの質問」が参考になります。

1)その検査や治療は本当に必要なのでしょうか?

2)その検査や治療にはどのようなリスクがありますか?

3)もっとシンプルで安全なものはないのですか?

4)もしもそれを行わなかったとすればどんなことが起こりますか?

5)それはどれくらいの費用がかかりますか?

 初対面の医師やまだ信頼関係ができていない医師に、このような質問をするのは困難でしょう。ワクチンに限らず、まずは何でも話せるかかりつけ医をみつけ、そしてチュージング・ワイズリーを実践する。これが私の考える「wisest choice(最も賢明な選択)」です。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。