実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

簡単なのに抗菌薬過剰使用が解決できない理由

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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抗菌薬の過剰使用を考える【21】

 抗菌薬がインフルエンザ(ウイルス)に効くと答えた人は50%、ノロウイルスに効くと答えた人が22%……。これは、国立国際医療研究センターが2017年11月に発表した「抗菌薬意識調査2017」の一部です。すでにいくつかのメディアが報じているように、この調査でいかに多くの日本人が抗菌薬について誤った認識をしているかが明らかになりました。

抗菌薬に対する世間の人たちの誤解

 誤った考えはさっさと捨て去り正しい知識を持ちましょう。そしてそれはとても簡単ですよ、ということを今回は述べたいと思いますが、その前に、この調査を少し詳しくみてみましょう。

 本調査はインターネットを通じて15歳以上の男女合計710人が回答しています。冒頭で紹介した二つ以外に注目すべき項目は、

・処方された抗菌薬を飲み切っているか→「飲み切らなかったことがある」が37%

・飲み残した抗菌薬をどうしているか→「いつか使おうと思っている」が29%/「体調が悪いときに飲んだことがある」が21%

・家族や他人からもらった抗菌薬を飲んだことがある→「はい」が21%

 医学生や看護学生がこの結果を見たらめまいを起こすかもしれません。純粋な彼・彼女らは、まさか世間の人たちがこれだけ誤解しているとは考えていないに違いありません。しかし、これは一般の人たちが正確な知識を理解する能力がないからでは決してありません。単に知らなかった(知る機会がなかった)、あるいは誤った情報を誰かから聞いた、または勘違いしていた、だけのことです。

説明すればすぐに理解できる正しい知識

 実際、この調査を太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)に長年通っている人だけを対象におこなったとすれば、ほぼ全員が正しく回答するはずです。なぜでしょうか。谷口医院をかかりつけ医にしている人は元々メディカル・リテラシーが高いからでしょうか。それもあるでしょう。私が勤務医の頃と比べると、谷口医院には、例えば新聞の切り抜きや論文のコピーを持参して受診する患者さんの割合が高いという特徴があります。「抗菌薬は細菌感染に使うもので、ウイルス感染には無効。処方された抗菌薬はよほどのことがない限り、症状がよくなっても最後まで飲まなければならない」といったことは彼・彼女らにとっては昔から「常識」であり、まったく説明不要なこともしばしばあります。

 しかしその一方で、“勘違い”していたという人もいます。抗菌薬を「抗生物質」と呼ぶ人のなかにはウイルス疾患にも使ってもいい、と思っていた人がいます。ですが、「抗菌薬は細菌感染に使うもの」と説明すればすぐに理解してもらえます。「私は先生の考えに反対です。ウイルス感染にも効くはずです」などと反論した人は今まで1人もいません。この連載のタイトルは「命を救う5分の知識」ですが、この知識の理解には1分もあれば十分です。

 ただ、「処方された抗菌薬を最後まで飲み切らなかった経験がある」と答える人は少なくなく、これがなぜいけないかについて説明するには少し時間がかかることがあります。ですが、説明して理解できない人は皆無であり、谷口医院に長年通院している人は(ほぼ)例外なく、具合がよくなってもきちんと最後まで内服を続けます。「途中でやめると耐性菌を生み出すかもしれません」という説明だけでも、ほぼすべての人に理解されるからです。

 また、副作用のリスクについても説明します。過去のコラム(「抗菌薬が引き起こす危険な副作用と、『キス病』」)で、私は「抗菌薬の副作用は多すぎてとてもすべてを説明できない」ということを述べました。ですが、抗菌薬全般に言えることとして、とても危険な、ときには命を脅かすこともある副作用が生じうることは可能な限り伝えています。これを理解してもらえれば、インターネットの個人輸入で抗菌薬を購入することがいかに危険なことか納得してもらえますし、他人にあげたりもらったりするなどということが言語道断であることも自然にわかってもらえます。それに、最近は「腸内細菌ブーム」のおかげもあって、「あなたの腸内のいい菌も死んじゃいますよ」と言えば、抗菌薬は最小限に、ということもスムーズに理解してもらえます。

不適切処方をする医師はいないのか?

 ところで、メディアが抗菌薬過剰使用の話を取り上げると、患者が求めるだけでなく医師が処方しすぎる、とよく言われます。これは本当でしょうか。過去のコラム(「『医師は抗菌薬を使いすぎ』は本当か?」)で述べたように、医師が抗菌薬を処方するのは細菌感染の診断を下したときだけです。当たり前のことですが、冒頭で紹介した国立国際医療研究センターの調査に医師が回答すれば全員が100%正解します。1問でも間違える医師はただの1人もいません。

 では抗菌薬の不適切処方をする医師などいない、と言い切れるでしょうか。私の個人的見解は「ほとんどいない」です。症例検討をおこなうカンファレンスでは、抗菌薬処方の理由がはっきりしていなければ他の医師から激しく糾弾されます。例えば、発熱と咽頭(いんとう)痛という理由のみで処方すれば「医師失格」と言われかねません。風邪症状を訴えて受診する患者さんで抗菌薬を処方するのは季節にもよりますが、せいぜい1割程度です。医療機関を受診するのは自宅で様子をみられない重症のケースですから、風邪全体でみるとおそらく抗菌薬を要するのは全体の数パーセント未満でしょう。

咽頭痛を訴えて受診した20代女性。多数の好中球(白血球の一種)とグラム陽性球菌が観察される。このケースでは、グラム陽性球菌に感受性のある抗菌薬を処方した=筆者提供
咽頭痛を訴えて受診した20代女性。多数の好中球(白血球の一種)とグラム陽性球菌が観察される。このケースでは、グラム陽性球菌に感受性のある抗菌薬を処方した=筆者提供

 ですが、不適切処方する医師はまったくいないわけでもないと思っています。最近谷口医院に初めて受診した患者さんに「風邪をひいたから抗生物質をください。前のクリニックでは風邪の度にジェニナックを出してくれました」と言われてあぜんとしました。ジェニナックはニューキノロン系と呼ばれる重症例に用いる抗菌薬のなかでも極めて強力なもので、過去11年間の谷口医院の歴史でも1度しか処方したことのないものです。この患者さんの咽頭を綿棒で拭いグラム染色をおこなうと、炎症所見はほとんどなくジェニナックどころか抗菌薬が不要なウイルス感染でした。この患者さんによれば、前にかかっていたクリニックでは、風邪をひいたと言えばほとんど無条件でジェニナックが処方されるそうです。

咽頭痛を訴えて受診した20代女性。症状は強いものの炎症所見に乏しく細菌感染を疑う所見がない。うつっているのは粘膜の上皮細胞と常在菌のみ=筆者提供
咽頭痛を訴えて受診した20代女性。症状は強いものの炎症所見に乏しく細菌感染を疑う所見がない。うつっているのは粘膜の上皮細胞と常在菌のみ=筆者提供

“例外”を見分ける方法

 もちろんこのようなクリニックは“例外”であり、ほとんどの医療機関では適正な処方、つまり、少なくとも他の医師に根拠を説明できる処方をおこなっているはずです。では、あなたが通院している医療機関の医師は“例外”でないことをどのようにして確認すればいいでしょうか。過去のコラム(「『医師は抗菌薬を使いすぎ』は本当か?」)の最後に「抗菌薬使用の四つの注意」を述べました。そのなかの一つ「抗菌薬が処方された時は理由を医師に尋ねる」を実践すればいいのです。

 最後に抗菌薬使用のポイントを繰り返します。「抗菌薬は(重症の)細菌感染に用いるものであり、処方されたものは最後まで飲み切る」です。多くの人がこれを理解すれば、抗菌薬過剰使用の問題は一気に解決するはずです。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト