教養としての診断学

「レナードの震え」の本質を見抜く視診

津村圭・府中病院総合診療センター長
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 あなたが医師にかかる理由はなんですか? 「体がかゆい」とか「喉が痛い」といった自覚症状でしょうか? 確かに、こういった理由が受診理由の大半を占めます。しかし、時には、自覚症状はないけれど、「皮膚にブツブツができた」「皮膚が黄色い」という見た目の変化が心配で受診されることがあります。これは前回(「カズイスチカ~見て診断は昔も今も基本の『き』」)説明した、目でみて診察する「視診」です。自覚症状と違って、視診は本人ではなく周りの人が気づいて「顔色が悪いよ」というふうに言われて受診される方もおられます。

 自覚症状を伴う病気では、自覚症状の特徴から絞り込むことが診断の基本となります。この連載の「頭部CTで異常が無いのにくも膜下出血?!」でお話をしたように、検査だけでいつも正確な診断ができるわけではありません。自覚症状の特徴という重大な情報が必要です。突然、人生最悪の頭痛が出現した人が頭部CTを受けた場合、たとえそのCTで出血所見が見つからなくても、実際にはくも膜下出血を起こしていることがあるのです。

 皮膚科では、視診が中心的な診断方法ですが、その他の診療科でも「ぐったりしている」「顔面蒼白(そうはく)である」といった視診は、診断や患者さんの全身状態について有用な情報を与えてくれます。意識が無い状態で診察した場合、本人の自覚症状は当然聞けません。視診では病的な症状であるにもかかわらず、本人が気にしていないことはしばしばあります。たとえば、「皮膚が黄色い」や「顔色が悪い」といった見かけの変化があっても生活するのに支障が無ければ意外と放置されています。それでも、「病気の症状ではないか」と気にした場合には、受診することがあるでしょう。

 そうした「生活に支障はない見た目の変化」がストーリーの重要な伏線となっていた映画があります。

 「レナードの朝」は脳神経科医のオリヴァー・サックスの医療エッセー「レナードの朝」(注1)をもとにして1990年に製作された映画で、名優ロバート・デニーロとロビン・ウィリアムズが出演しています。デニーロはその演技でアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされました(残念ながらオスカーは逃しました)。嗜眠(しみん)性脳炎(注2)の重い後遺症で入院している患者たちに、L-DOPA(エル・ドーパ)という新薬…

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津村圭

府中病院総合診療センター長

つむら・けい 大阪府出身。1977年大阪市立大学医学部を卒業後、国立循環器病センター(現・国立循環器病研究センター)に心臓内科レジデントとして勤務。その後の28年間は大阪市立大学医学部教員として、学部学生、大学院学生、研修医、指導医、教員の指導と医学部カリキュラムの企画と作成に携わった。診療面では循環器内科をベースとしつつ、早い時期から原因疾患の判別が困難な症例で、診断を担当する総合診療医として従事。研究面では、各種疾病のリスクファクターについての臨床疫学研究を行い、ランセット(Lancet)など欧米医学誌で発表してきた。2014年1月から現職。総合診療医として地域医療に関わるとともに、初期、後期研修医の指導を担当、臨床研修室顧問も兼任する。地域医療を充実させるため院内に家庭医療専門医後期研修プログラムを立ち上げるなど、診療と教育をリンクさせた活動を現在も続けている。府中病院ウェブサイト