実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

ジフテリアと似た猫・犬からうつる感染症

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気【1】

 現在の日本にはほとんどないとはいえ、世界の貧困地域では今も猛威をふるう「死に至る風邪」のひとつジフテリア。前回は、ロヒンギャ難民が避難しているバングラデシュのリゾート地で流行していること、日本では定期接種に入っているために当たり前のように接種しているワクチンが貧困地域では普及していないことなどについて述べました。

 前回のコラムでも指摘したように、このワクチンの効果は20代半ばくらいに切れるだろうと言われています。それ以降も予防するために成人用のワクチンを接種することは、日本に住んでいる限りほとんど必要ないと言えるかもしれません。ですが、これだけ来日する外国人が多い時代ですから、感染のリスクは国内でも完全にゼロとは言い切れません。

猫からうつった病原菌で死亡例

 そしてもうひとつ、ジフテリアワクチンを積極的に接種すべきかもしれない「出来事」が最近発表されました。実は前回の原稿を編集部に提出した直後に、私はネットニュースでそれを知ることになり、偶然に驚きました。

 その出来事とは、「野良猫からウルセランス感染で国内初の死亡」です。報道によると、福岡県の60代の女性がこの感染症に罹患(りかん)し2016年に死亡していたというのです。この女性がエサを与えていた3匹の野良猫のうち1匹からウルセランスが検出され、この猫からの感染が疑われていると伝えられています。厚生労働省は18年1月10日、この例を含めてこれまでに確認された国内での発生状況や、罹患した場合の症状、予防・治療法などを自治体向けに通知しました。

 「ウルセランス」という名前は医療者以外にはなじみがないと思いますので、まずはこの細菌の紹介をしましょう。

 正式名はコリネバクテリウム・ウルセランス(Corynebacterium ulcerans)。犬や猫などいくつかの哺乳動物での感染が確認されていて、その動物を介してヒトに感染することが分かっています。ほとんどのケースは感染しても重症化せず、適切な抗菌薬の使用で簡単に治癒するのですが、基礎疾患があったり、何らかの免疫不全が起こっていたりする場合はその限りではありません。

ウルセランスはどのくらい危険?

 前回紹介した、ロヒンギャ難民の間で流行していて、かつての日本でも猛威をふるったジフテリアの原因菌は、正式名をコリネバクテリウム・ジフテリア(Corynebacterium diphtheriae)と言います。つまり「ジフテリア」と「ウルセランス」は同じコリネバクテリウムという“名字”をもつ仲間というわけです。それだけではありません。ウルセランスもジフテリア毒素を産生することが分かっているのです。

 ならば、ジフテリアが現在の日本ではほぼなくなったとしても、動物に感染しているウルセランスも徹底的にやっつけなければ大変なことになるんじゃないの、という疑問が出てきます。実際、今回罹患が判明した福岡の女性は死亡しているわけですし、例えばイギリス政府のウェブサイトをみてみるとジフテリアとウルセランスは同じような扱いとなっています。

 そして、日本の犬や猫のどの程度がウルセランスに感染しているかといったことは(おそらく)どこにもデータがありません。実際に猫から感染した死亡例が出ているのなら、飼い犬・飼い猫は至急検査して必要があればワクチン接種、飼い主もワクチンを、という議論になるかもしれません(ただし、現在動物用のジフテリアワクチンはありません)。さらに、もしも猫を飼っている人が風邪の症状を呈していたとして、ウルセランス感染が疑われたとすれば、その人から感染するのではないか、という疑問が出てきます。現在のところヒトからヒトへの感染は日本での報告はありませんが、イギリス政府の出版物には、「おそらく多くはないが、ヒトからヒトへの感染は除外できない」と記載されています。

 ただし、ウルセランスはジフテリアとは異なり、感染者に対して抗毒素の投与までは必要なく、適切な抗菌薬の投与で治癒する感染症です。イギリス政府の上記ウェブサイトでも「重症化するのはジフテリア(のみ)」と記載されています。ウルセランスもジフテリアと同様にグラム陽性桿菌(かんきん)ですから、グラム染色でグラム陽性桿菌がみつかり、上気道炎症状があり、動物に接していれば適切な抗菌薬(マクロライド系)を適切なタイミングで投与すれば治癒します。また、同サイトによればジフテリアワクチンはウルセランスにも有効とされています。

ジフテリアワクチンを接種すべきか

 さて、我々はジフテリアワクチンを接種すべきなのでしょうか。この連載で繰り返し主張しているようにワクチンの基本は「理解してから接種する」です。ここで、ジフテリア及びウルセランスについてまとめてみましょう。

・ジフテリアは「死に至る風邪」のひとつだが、現在日本にはほとんどない。(他の「死に至る風邪」については「ワシントンの命を1日で奪った『死に至る風邪』」、「まだまだある、危険な『死に至る風邪』」など参照)

・ジフテリアは、南アジア、アフリカ諸国などワクチンが普及していない地域では依然猛威を振るっている。

・ウルセランスは犬や猫から感染する。ジフテリアのように重症化することはまれ。

・ジフテリアワクチンはDPTワクチンに含まれている定期接種のひとつでウルセランスにも有効とされている。しかし生涯免疫が持続するわけではない。

・ジフテリアは発症すれば抗毒素の投与が必要だが、ウルセランスは通常は抗菌薬のみで治癒する。

 これらを理解した上でワクチン(定期接種及び任意の成人用ジフテリアワクチン)をどうするか、かかりつけ医と相談することになります。

 ところで、発熱、咽頭(いんとう)痛、リンパ節の腫れなどで医療機関を受診したとき、「ペットを飼っていますか、動物に触れませんでしたか」と聞かれて、「なんでそんなこと聞くの?」と疑問に感じた経験のある人もいるかもしれません。実は、動物から感染してこういった症状を呈する感染症は少なくありません。ウルセランス以外にも、ネコひっかき病、オウム病、トキソプラズマ、パスツレラなどペット由来の感染症は多数あります。次回からしばらくの間、こういった感染症について述べていきたいと思います。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト