Dr.林のこころと脳と病と健康

寝屋川監禁事件から考える「真実を知る意味」

林公一・精神科医
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絵=画家・絵師 OZ-尾頭-山口佳祐(http://oz-te.com)
絵=画家・絵師 OZ-尾頭-山口佳祐(http://oz-te.com)

 大阪府寝屋川市で起きた悲しい出来事が2018年1月、報道されました。精神疾患に罹患(りかん)していた柿元愛里さんが、親に約15年間自宅に監禁され、ついに衰弱死したという事件です。前回までの「依存症」シリーズをいったんお休みし、今回はこの悲惨な事件から「精神の病の真実」を知る意味について考えたいと思います。

「監禁ではなく療養」

 報道によると、愛里さんの監禁が始められたのは、彼女が16歳ごろ、精神科で診断を受けてから間もなくのことでした。両親は家を間仕切りした2畳の部屋に二重の扉をつけて施錠し、愛里さんが外に出られないようにしていました。「暴れるので部屋に閉じ込めていた。監禁ではなく療養のためだ」と両親は述べているそうです。

 以前この連載で、かわいそうだからといってわが子に治療を受けさせなかったために悪化して悲惨な経過をとった統合失調症のケース(「『かわいそう』だから引きこもりの治療を拒否する悲劇」)をご紹介しました。16歳から33歳まで両親に監禁されてついに亡くなった愛里さんは、それをはるかに上回る悲惨さです。病気の子どもに治療を受けさせず、のみならず監禁し、死なせてしまった。当然に違法な行為ですから、両親は起訴されました。今後、裁判でより詳しい状況が明らかにされることでしょう。

かつては合法だった「自宅監禁」

 ところが、両親のこの行為が、かつての日本では合法だったと言ったら驚かれるでしょうか。いえ、合法どころか、そうすることが家族の義務であると法律に定められていたのです。それは1900年に制定された「精神病者監護法」で、当時うたわれていたこの法律の目的は「精神病者の監禁を家族に義務づけ、自宅に監禁すること」でした。つまり今回の愛里さんの両親の行為は、当時であれば合法的であったどころか、逆にそうしなければ違法だったということです。当時はこの法律に従い、日本全国でとてもたくさんの精神疾患の患者が自宅に監禁されていました。場所は改造した物置や、座敷牢(ろう)と呼ばれる室内に作られたおりの中です。愛里さんは現代版座敷牢に監禁されていたということになるでしょう。十分な食事も与えられず、適切な室温管理もされないまま15年が過ぎ、衰弱して亡くなりました。

 精神病者監護法が施行されていた当時の座敷牢は、それ以上に悲惨でした。全国調査をした呉秀三先生(東京大学医学部精神科の初代教授)が1918年にまとめた本(「精神病者私宅監置ノ実況及ビ其<その>統計的観察」)には、座敷牢の実態が赤裸々に記載されています。呉先生は「ほとんど見るに堪えざる程悲惨なる光景」と書かれています。この本に収載された写真はまさにその通りの様子を証明しています。衛生状態の悪い薄暗い空間に、ぼろぼろの服を着て、あるいは全裸で、監禁されている何枚もの写真をその本の中に見ることができます。さらに呉先生は「精神病者の私宅に監置せらるるものに至りては、実に囚人以下の冷遇を受くるものと謂(い)うべし」とお書きになっています。当時、日本には精神科の治療施設がほとんどありませんでした。入院できる病院が十分になかったことが、そんな悲惨な状況を生んでしまったのです。呉先生は現状を広く伝え、精神科の病院を日本に建てなければならないという強い信念を持って、この調査を実施し、本にまとめたのです。まえがきには有名な文章がつづられています。

 「わが国十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸の外に、この国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」

 精神疾患になってしまったという不幸に重ねて、日本という国に生まれてしまった不幸--。この文章は、日本の精神科の病院に欠陥があるという意味であるかのような誤った形でしばしば引用されていますが、それは大きな間違いです。精神科の病院がほとんどないことによって、精神科の治療を受けられないことが大変な不幸であることを、切実に訴えるのが呉先生の真意だったのです。

新法制定で病院はできたが…

 そしてこの調査の後、新たに「精神病院法」が制定され、精神科の病院が次々に建設されました。治療法も大きく進歩し、現代ではとてもたくさんの精神疾患の人が、精神科に通院して治療を受けながら、健康な人とほとんど変わらない生活を送っています。

 けれども、病院がいくらたくさんあっても、受診しなければないのと同じです。いくら良い治療法があっても、受けなければないのと同じです。柿元愛里さんは、複数の精神科で診断を受けたということです。両親は、わが子が精神疾患だという診断が受け入れられず、何人もの医師の診察を求めたのかもしれません。そして精神疾患に間違いないとわかったとき、両親が選んだのは治療を受けさせることではなく監禁して社会の目から隠すことでした。

 両親の行為は犯罪ですから、もちろん容認されることではありません。しかし、ただ非難するだけでは何も解決しません。なぜ両親はそのような行為を取ったのか。「監禁でなく療養」という言葉は、あるいは両親の真意だったのかもしれません。現代でも「精神病には治療法がない」と思っている人は少なくありません。「精神科を受診すると監禁されて薬漬けにされるだけ」だと思っている人も少なくありません。もっと多いのは、「精神科で治療は受けたとしても、それは恥だ」と考えている人々です。恥だと考えるから、人に知られないようにします。家族が精神科にかかっていることはひた隠しに隠します。この姿勢から監禁までには距離がありますが、根はつながっていると言っていいでしょう。

真実が知られなければ悲惨な事件が繰り返される

 心の病と呼ばれるものの中には、本当に病気の範囲に入るか入らないか微妙なものもたくさんあります。けれどもその一方で、はっきりと病気といえるものもたくさんあります。統合失調症などの精神疾患もその一つです。そして統合失調症は、100人に1人が発症する、とても多い病気です。昔と違って今は有効な治療があるのに、それが知られていなかったり、病気ではないと思われたり、病気だということをどうしても認めようとしなかったりすることが、幾多の悲しみを生んでいます。

 精神の病の真実が広く知られなければ、今回のような悲惨な事件は繰り返されるでしょう。美しい真実も醜い真実も、すべて公開されてはじめて、真に不幸な人々が適切な支援を受けられる道が開けます。亡くなられた柿元愛里さんのご冥福を祈りたいと思います。

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林公一

精神科医

はやし・きみかず 精神科医、医学博士。著書に「統合失調症という事実」「擬態うつ病/新型うつ病」「名作マンガで精神医学」「虚言癖、嘘つきは病気か」など。ウェブサイト「Dr.林のこころと脳の相談室」は、読者からの質問に林医師が事実を回答するもので、明るい事実・暗い事実・希望の持てる事実・希望の持てない事実を問わず、直截に回答するスタイルを、約20年にわたり継続中。