実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

レプトスピラ…洪水と犬の意外な共通点

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気【3】

 犬から感染することのある感染症として、前々回はウルセランス、前回は狂犬病を紹介しました。今回は「レプトスピラ症」の話をします。

 ただし、「レプトスピラと言えば犬」、というわけではありません。私が日々の臨床でレプトスピラ症を最も疑うのは東南アジアから帰国後に発熱したという症例に対してです。レプトスピラ症はこちらがメインになるので、まずは犬以外の感染経路についてポイントをまとめ、最後に犬への対策について述べたいと思います。

重症型は「死に至る病」

 衛生環境の改善により、国内での患者数が大きく減少したため、この病気について耳にしたことがない人も多いのではないかと思います。原因となるレプトスピラは、スピロヘータと呼ばれるグラム陰性(グラム染色でピンクに染まる)のらせん状の細菌です。感染すると、2~26日程度(平均10日)経た後、発熱、頭痛、悪寒、筋肉痛、眼球結膜の充血などで発症します。約9割は軽症で自然治癒が期待できますが、一部は重症化します。

 重症化すると、肝機能障害、腎機能障害がおこり、黄疸(おうだん)や腎不全を呈します。また、体のいたるところから出血するようになります。血尿、血便、口腔(こうくう)粘膜の出血、全身の皮下出血などです。重症型は「ワイル病」と呼ばれ、適切な治療がなされなければ「死に至る病」となります。

 レプトスピラ症の重症型のイメージは過去の連載(「野口英世の命を奪った黄熱のいま」)で紹介した黄熱に似ています。黄熱も最初は発熱や頭痛で始まり、重症化すると黄疸が出現して全身から出血し、やがて死に至ります。しかし、黄熱の場合は発症すれば特効薬はありませんが、レプトスピラにはよく効く抗菌薬が複数あります。

水に接することの危険

 熱帯地方で流行する感染症といえば、アフリカや南米で深刻なものが多いのですが、レプトスピラ症に関してはアフリカでの報告はほとんどなく、南米もブラジル以外では多くありません。一方、インド、タイ、フィリピンなどでは多くの報告があります。特にタイでは最近毎年のように発生する洪水が原因でレプトスピラ症が流行し大勢の死亡者が出ています。タイの現地新聞「The Nation」によれば、2017年は7月29日までに1362人が感染、うち29人が死亡しています。

 なぜ洪水が起こるとレプトスピラに感染するのでしょうか。タイではタイ人も水道水を飲みませんから、経口感染するわけではありません。多いのは経皮感染、つまり病原体が皮膚から侵入して感染するのです。タイの洪水のニュースをみていると、ズボンをはいたまま水浸しになった幹線道路をざぶざぶと歩いている人がいます。道路まであふれた水の中にレプトスピラがいるので、ああいった行為で感染するわけです。ですから、日本人も同じことをすれば当然、感染のリスクがあります。

腰の高さまで冠水した道路を歩く人たち=バンコク郊外バンブアトンで2011年11月1日、山本晋撮影
腰の高さまで冠水した道路を歩く人たち=バンコク郊外バンブアトンで2011年11月1日、山本晋撮影

 洪水だけではありません。川遊びをすると感染の可能性があります。実は「川で遊ぶ」という行為はけっこう危険なのです。日本で「遊べる川」と聞けば、水は冷たく透き通ってそのまま飲めるような川を想像しますが、東南アジアや南アジアではそうはいきません。

 インドのガンジス川での沐浴(もくよく)は宗教的行事であり、他国の者がとやかく言うべきではありませんが、レプトスピラ感染のリスクがあるのは事実です(さらにいえば他の感染症、例えば腸チフスやA型肝炎なども高リスクです)。メコン川の下流域は初めて見ると感動を覚えるほど雄大なロマンがありますが、あの水が医学的に不潔なのは自明です。メコン川は中国から複数の国を通って南シナ海に注ぎます。レプトスピラ症はタイで多いということになっていますが、おそらくメコン川流域国のカンボジアやラオスでも発生しているものの、届け出がなおざりになっているのでしょう。

 日本でも集団感染が起こっているのは沖縄の「水に接する人々」です。夏から秋にかけて、河川での遊泳やカヌー、農作業や土木作業などに従事した人が、年にもよりますが20~30人程度感染しています。また、レプトスピラ症は(亜)熱帯地方にのみ生じるわけではなく、1970年代前半までは年間50人以上の死亡例が全国各地から報告されています。レプトスピラは水田や畑、溝などにも生息しているからです。2008年には秋田県の60代の女性が感染したことが報じられました。

 レプトスピラ症は、感染して発症しても、速やかに診断をつけることができれば大事に至ることはありません。しかし、単なる「風邪」と誤診したり、適当に抗菌薬を処方したりすると、とんでもないことになりかねません。風邪症状で受診したときに、「旅行に行きませんでしたか」「ペットを飼っていませんか」などと問診される理由はここにもあります。

感染の予防法は?

 さて、犬です。なぜ犬から感染するかというと、動物の尿にレプトスピラが含まれていることがあるからです。レプトスピラの感染動物として最も有名なのはネズミですが、犬に感染することもあります。レプトスピラは動物の腎臓に生息します。そして尿に病原体が混入し、その尿がヒトの皮膚に触れたときに、微小な傷から侵入するのです。一方、ヒトからヒトへの感染は(ヒトの尿に触れることは通常ありませんから)原則としてありません。

 レプトスピラ症には一応ワクチンもあります。ですが、レプトスピラにはたくさんのタイプがあり、ワクチンが有効なのは一部のタイプだけです。つまり接種しても完全に防ぐことはできないのです。タイの洪水が大好き、という人は(まず)いないでしょうが、例えばアジアの河川を調査や研究しているという人はいます。そういった人たちには、一部の抗菌薬を予防的に内服するという方法があります。通常ドキシサイクリンという抗菌薬を用います。この抗菌薬は同時にマラリアの予防にもなるため、人が近づかないようなジャングルを訪れる人には一石二鳥になります。

 さて、犬を飼っている場合の対策はどうすればいいのでしょうか。病原体は尿に含まれているわけですからまずは尿に触れないようにすることが重要ですが、これには限度があります。そこで獣医から推奨されるのが犬用のワクチンです。犬は保菌してヒトに感染させるリスクがあるだけではなく、犬が発症して死に至ることもあります。この連載で何度も繰り返しているワクチンの基本は「理解してから接種する」です。それはペットについても同じです。まずは、信頼できる獣医さんとよく相談するのがいいでしょう。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。