実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

致死率4割?!犬猫過半数の口にいるカプノサイト

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気【8】

 前回紹介した「ネコひっかき病」は一度聞くと忘れない病名ですが、今回の「カプノサイトファーガ・カニモルサス」はなかなか覚えられません。医療者でさえも、「カプノサイトファーガ」と聞いて、「カニモルサス」がすっと出てくる人はそう多くないと思います。

 多くないのは感染者数も同様で、厚生労働省によれば、2002~09年の間に国内で報告があったのはわずか14例です。世界でみても報告は少なく、すべてを合わせても200例くらいしかありません。しかし、注目すべきはその致死率です。国内発症14例中6例が死亡。死亡率は実に4割以上(世界全体では約3割)となります。

 では、カプノサイトファーガ・カニモルサス感染症(病名が長いので以下「カプノサイト」とします)は、めったに感染することがないけれども感染すると一気に致死的な状態になる疾患(例えばマラリアや黄熱と同じようなもの)なのかといえば、おそらくそういうわけではありません。

不明な点も多い感染症

 カプノサイトは実態が十分に分かっているとはいえず不明な点も多いのですが、猫や犬の半数以上が口腔(こうくう)内に保持していると言われています。そして、ペットにかまれることで実際には多くの人に菌が侵入しているであろう、と考えられています。つまり、たとえ侵入したとしても感染が成立しないか、感染したとしても自然治癒するか、あるいは診断がつかないまま抗菌薬で治療されている可能性があるというわけです。

 免疫能が正常であれば大事に至らない、似たような感染症を本シリーズでいくつか紹介してきました。これまでみてきたウルセランス(「ジフテリアと似た猫・犬からうつる感染症」)、パスツレラ(「犬をベッドにあげてはいけない二つの理由」)、ネコひっかき病(「猫の爪に潜む判定困難な感染症 ネコひっかき病」)は、そうした猫や犬から感染するがさほど重症化しないものです。カプノサイトもこれらと同じカテゴリーに属すると、一応は考えていいと思います。ですが、先述したようにカプノサイトを軽視してはいけないのはその致死率の高さです。他の三つでもたしかに重症例はありますが、致死率は高くありません。

 一方、カプノサイトの致死率は4割以上ですから、数字だけをみると異常な高さです。そして、やはり免疫能が低い人が重症化しやすいということになっていますが、厚労省のデータでは感染者14人のうち40代が2人、50代が3人いて、そのうち1人は死亡しています。また、新聞配達先で犬にかまれて発症した例も報告されています。それに、実際にはカプノサイトで死亡したにもかかわらず見逃されているケースもあるかもしれません。そもそもこういったまれな疾患は診断をつけるのに一苦労します。入院した病院によっては、診断がつかないまま多臓器不全で死亡するといった可能性もあります。めったにない感染症は、疑わなければ検査をされることもないからです。

最初から疑う医師はほとんどいない

 カプノサイトの症状は、発熱、倦怠(けんたい)感、吐き気、頭痛、腹痛などで、こういった症状だけでカプノサイトが真っ先に疑われることはまずありません。もちろん、犬や猫にかまれた、というエピソードを患者さんが初診時に申告した場合や、医師が的確に問診できた場合は可能性がありますが、その場合でも通常は、より頻度の高いパスツレラやネコひっかき病の方が先に疑われることになります。

 ただし、感染症を専門に診ている医師や、私のように総合診療のクリニックで診察している医師は「ペット」というキーワードが出てきたときは、この感染症の可能性を最初から考えることもあります。

尋ねられなくてもかまれたことを自己申告

 すでに述べたように、パスツレラやネコひっかき病の場合は、複数種の抗菌薬が効きますし、そもそも病状の進行は比較的ゆっくりです。一方、カプノサイトはいったん発症すると、ごく短期間に敗血症(菌が全身をめぐりさまざまな症状を呈する状態)、播種(はしゅ)性血管内凝固(血液が固まらなくなり全身から出血する)、黄疸(おうだん=肝機能障害が非常に進行した場合に現れる)、多臓器障害、意識障害が起こり、見ている間に死亡することもあります。

 これは、「疑いがあれば確定診断がつく前に治療を開始しなければならない」ということを意味します。傷口からうみが出ていれば、グラム染色はできます。カプノサイトはグラム陰性桿菌(かんきん)ですが、他にもグラム陰性の桿菌は多数ありますから確定はできません。血液検査で調べる方法もありますが、日常的に調べる検査ではなく、どこの施設でもできるわけではありません。

 私は本連載で「抗菌薬は重症の細菌感染が生じたときのみに用いられるもの」ということを繰り返し主張してきました。「風邪をひいたから抗菌薬」が論外であることや、「念のための抗菌薬」「とりあえず抗菌薬」などは原則として「ない」ことも繰り返し述べてきました。

 ですが、カプノサイトを含めて、診断がつくまで待っていられない、可能性があれば直ちに抗菌薬を投与しなければならない感染症があるのも事実です。カプノサイトが疑われた場合は、ペニシリン系かテトラサイクリン系抗菌薬を直ちに投与することになります。

 医師によっては必ずしも初診時にペットについて尋ねないかもしれません。発熱や頭痛、倦怠感、吐き気などが生じたとき、発症から1~2週間前までさかのぼって、ペットにかまれたり、なめられたりしていないかどうかを思い出し、可能性があればたとえ問診されなかったとしても医師に伝えなければなりません。問診しなかったのは医師の過失かもしれませんが、「あのとき医師が尋ねてくれなかったから……」ということを後から言っても遅い場合もあるということです。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト