実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

麻疹流行中! 感染予防で直前、直後にすべきこと

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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理解してから接種する--「ワクチン」の本当の意味と効果【32】

 これは2年前の再来か…

 2018年4月、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では、16年夏に関西空港を発端に全国に広がった麻疹(はしか)パニックをほうふつさせるような状況に陥りました。沖縄・那覇での集団感染だけでなく、台湾でも広まっていることが報道され、ゴールデンウイークに旅行を計画していた人は、今からワクチンをうつべきか、それとも旅行をキャンセルすべきか、妊娠していたらどうしよう……、と頭を悩まされました。

 16年のときと同じように正確な情報が十分に伝わっていないことが混乱の原因のひとつになっています。今回は主に、流行地域に行くことが決まっている場合にどうすべきか、そして、もしも感染したかもしれない場合はどうすればいいかについて述べたいと思います。

同じ部屋にいるだけも--強い感染力

 まず、今回の流行の経緯をメディアの報道に基づいてまとめてみましょう。日本と台湾での流行の発端はどうやらタイに渡航していた台湾人のようです。18年3月17日、タイから飛行機で帰った台湾人が麻疹を発症し、この台湾人と接触した会社の同僚にも感染。さらにこの旅行客に接した航空会社の客室乗務員が感染したことが判明しました。その乗務員本人かどうかは報道からは分かりませんが、麻疹に感染した客室乗務員が那覇便に搭乗し、那覇で集団感染が発生。沖縄に来ていた愛知県の旅行者が感染し、その後愛知県でも複数の感染者が確認された、と、だいたいこんな感じです。

 改めて考えなければならないのは麻疹の感染力の強さです。麻疹は、風疹やおたふく風邪とは異なり「空気感染」します。空気感染とはわかりやすく言えば、同じ教室にいるだけで感染することもあるほど感染力の強いものです。一方、風疹やおたふく風邪は「飛沫(ひまつ)感染」といって、原則として他人のせきやくしゃみに曝露(ばくろ)されることによって感染します。

旅行直前でもワクチン接種は有効

 谷口医院に寄せられた質問で多いものが「3日後に沖縄に行きます。今からワクチンをうっても間に合いますか?」というものです。この答えは「本日渡航するとしても接種すべきです」となります。すると、よく勉強している人は「抗体ができるのに2週間かかるんですよね」と言います。それはそうなのですが、それでも出発直前にでもワクチンは有効です。その理由を述べます。

 第一に、「2週間」というのは、一度もワクチン接種をしていない人の場合で、たしかにある程度の抗体が形成され予防効果が期待できるまでには少なくとも2週間程度は必要です。ですが、過去に一度接種していれば、十分な免疫はなかったとしても、追加接種をすれば急速に抗体価が上昇し免疫能がアップすることが期待できます。これが出発直前にも接種すべきひとつめの理由です。

 もうひとつの理由は、たとえ麻疹に感染しても直前にワクチン接種をしていれば重症化を防ぐことが期待できます。そもそも、麻疹は感染してからでも72時間以内にワクチン接種をすべきだと言われています。これをPEP(post exposure prophylaxis。もしくは「曝露後予防」)と呼びます。PEPと言えば、一般的にはレイプの被害などの直後におこなうHIVの予防が有名ですが(参照:「HIV感染、事前も事後も薬で防げるが…」)、狂犬病、B型肝炎ウイルス、破傷風、水痘など、他の感染症でも有効で、麻疹もそのひとつです。

 ただ、麻疹については、完全に発症を防ぐことができるわけではなく、1990年代の米国で実施された1~5歳の小児を対象とした調査によれば、予防することができたのはわずか4%です(文末に参考文献)。ですが、発症したとしても重症化を防ぐことができると言われていますから、やはりPEPとしてのワクチン接種は検討すべきなのです。

流行地からの帰国後にすべきことは

 では、渡航前ではなく流行地から帰国したばかり、という場合はどうすればいいでしょう。もちろん発熱や咽頭(いんとう)痛、あるいは皮疹といった症状があれば直ちに医療機関に問い合わせすべきです。

 また、麻疹のリスクは流行地だけではありません。以前にも述べたように(参照:「麻疹抗体が消える理由と『マスギャザリング』の恐怖」)、大勢の人が集まることを「マスギャザリング」と呼び、これだけで感染症のリスクが急増します。空港はその最たるエリアですが、ショッピングセンター、教会、学校、病院など他にも多数あります。

 流行地、もしくはマスギャザリングに接したけれども無症状という場合はどうすればいいでしょうか。この場合は健常人であれば経過観察のみでOKです。麻疹を発症している人の近くにいた可能性が極めて高いという場合は、PEPとしてのワクチン接種を検討してもいいかもしれません。

妊娠の可能性があったら?

 さて、ここまでは「妊娠していない健常者」を対象に述べてきました。では、妊娠の可能性がある場合はどうすればいいでしょう。ワクチンはNGですから、他の方法を選択することになります。まず、まだ渡航前であれば妊娠の可能性があればキャンセルする方がいいでしょう。感染者に触れた可能性がある場合はPEPをすることになりますがワクチンは使えません。この場合のPEPは「免疫グロブリンを接種」することになります。ただし、高価なものですし、容量をどのようにするかについては専門家の判断が必要になり、また絶対的なものではありません。ですから「妊娠していてもPEPがあるから安心」と考えてはいけません。

 妊婦さんでなくても免疫能が低下している場合(腎不全、重症の糖尿病、HIV陽性者や、抗がん剤の治療を受けている場合など)もPEPとしての免疫グロブリンを検討した方がいい場合があります。

乳児の感染予防策

 もうひとつよくある質問が1歳未満の乳児はどうすればいいか、というものです。麻疹に感染したかもしれない場合はPEPを検討することになります。ワクチンは定期接種では1歳になってからですが、任意でなら6カ月が経過した時点で接種可能です。

 最後に大切なことを述べておきます。16年夏の麻疹パニックのとき、ワクチンがないことを知って診察室でうなだれた人たちのいくらかは、その後入荷したというのに「また今度にします」と言って、あれほど“切望”していたワクチンに関心をなくしていました。ワクチンは決して安くないことも理由のひとつだとは思いますが、パニックの再来はいつ起こるか分かりません。麻疹は空気感染し、健常人でも後遺症を残す(参照:「本当に『大丈夫』?渡航前ワクチンの選び方」)ことをお忘れなく。

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参考文献:

Guidelines on Post-Exposure Prophylaxis for measles August 2017:https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/637003/Guidance_for_measles_post-exposure_prophylaxsis.pdf

CDC(米国疾病対策センター)のホームページ:https://www.cdc.gov/measles/hcp/index.html

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。