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「キレやすい人」はトキソプラズマ感染率が高い?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気【11】

 人間の感情や行動が寄生虫のトキソプラズマに支配されている可能性が高い、と言われたらあなたはどう思うでしょうか。安物のSF小説じゃあるまいし……、と一笑に付す人もいるでしょう。今回はそう感じた人にこそ読んでもらいたい内容です。

「キレやすい人」で高いトキソプラズマ感染率

 まずは、「キレやすい人」はトキソプラズマに感染しているかもしれない、という研究を紹介します。

 「間欠性爆発性障害(intermittent explosive disorder、以下IED)」と呼ばれる精神疾患があります。精神疾患分類の手引として世界的に有名なDSM-5では、「秩序破壊的・衝動制御・素行症群」に含まれています。あまり聞きなれない疾患ですが、米国では1600万人もが罹患(りかん)していると言われています。症状としては、特にストレスなどがたまっているわけでもないのに、突然キレだし、他人に理不尽な言動をとります。ときに衝動的に物を破壊したり、他人や動物にけがをさせたりすることもあるやっかいな疾患です。これは私の個人的見解ですが、診断がついておらず、本人も病識がないだけで、日本でも罹患している人は少なくないと思います。米国の罹患者数を考えると、日本人のうち100万人くらいは該当するかもしれません。

 そのIEDの原因がトキソプラズマかもしれないという報告があります。研究の対象者は合計358人の成人で、内訳はIED患者が110人、他の精神疾患が138人、健常者が110人です。トキソプラズマ抗体陽性率は、健常者9.1%、他の精神疾患が16.7%、IED群では21.8%です。「攻撃性(Aggression)」のスコア、「衝動性(Impulsivity)」のスコアを統計学的に解析すると、IED患者では有意にトキソプラズマ感染率が高くなっています。

トキソプラズマ感染と自傷行為の関係

 次に紹介するのは、トキソプラズマに感染した女性は自傷行為や自殺をしやすい、という衝撃的な研究です。

 医学誌「The Journal of Nervous and Mental Disease」2011年7月号に掲載された論文「女性のトキソプラズマ感染と自殺率」で、ヨーロッパ諸国20カ国での調査を解析した結果、トキソプラズマ陽性率と自殺率が有意に相関していることが報告されました。

 さらに、医学誌「Arch Gen Psychiatry」12年11月号(オンライン版は7月2日)に「母親のトキソプラズマ感染と自傷について」という論文が掲載されました。この研究の対象者はデンマークで生まれ、1992~95年の間に出産した4万5788人の女性です。

 結果、トキソプラズマに感染していた母親は、感染していない母親に比べて自傷行為のリスクが1.53倍、自殺企図は1.81倍、自殺はなんと2.05倍にもなるという結果が出ました。さらに興味深いことに、トキソプラズマの抗体価が高ければリスクも高くなったのです。抗体価が高いということは、それだけ体内のトキソプラズマが“活動”している可能性が高いことを示しています。

 この研究は世界中のマスコミに注目され物議を醸しました。なんと、論文のオンライン版が発表された同日の夜には英国の新聞「The Telegraph」が「“猫好き女子”は自殺しやすい」(原文は「'Cat ladies' more likely to commit suicide, scientists claim」というタイトルで、かわいい白猫3匹がうつっている写真を掲載し、大衆をあおりました。

 この報道は少々行き過ぎたようで、英国民保健サービス(NHS)は翌日の7月3日、この記事に惑わされないようにとの解説をウェブサイトで公開し、注意を促しました。デンマークのこの研究は、トキソプラズマが女性の自傷行為や自殺を引き起こしたことを証明しているわけではないからです。

人間の精神への影響を指摘する多数の論文

 ですが、トキソプラズマが人間の精神に影響を及ぼしていることを指摘する論文は多数あります。罹患者が多く昔から知られている割にはいまだ原因がわかっていない統合失調症もトキソプラズマとの関連が指摘されています。

 統合失調症の患者と健常者の62人ずつを比較検討したイランの研究では、トキソプラズマの感染率は健常者で37.1%であったのに対し、統合失調症患者では67.77%と有意に高値を示しました。

 現在のところ、なぜトキソプラズマが人間の精神に影響を与えるのかはっきりしたことは分かっていませんが、マウスを用いた興味深い日本の研究があります。

光学顕微鏡で1125倍に拡大したマウスの腹水試料。三日月形をしたトキソプラズマの増殖型(タキゾイト)が見られる=米CDCのウェブサイトから
光学顕微鏡で1125倍に拡大したマウスの腹水試料。三日月形をしたトキソプラズマの増殖型(タキゾイト)が見られる=米CDCのウェブサイトから

 帯広畜産大学の西川義文教授らは、トキソプラズマに感染させたマウスでは大脳皮質に障害が起こり、神経伝達物質のドーパミンの消費が増加し、記憶に関連する扁桃(へんとう)体でセロトニンが減少することを突き止め、医学誌に発表しました。西川教授はさらに、トキソプラズマに対する免疫応答がうつ症状の発症を誘導することを明らかにし、医学誌で報告しています。

 ここまでくれば「事実は“SF小説”よりも奇なり」ということを認めたくならないでしょうか? 少なくとも、今後の研究に注目したい、あるいは自分自身のトキソプラズマ抗体を調べてみよう、と思った人もいるのではないでしょうか。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト