実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

サルモネラの宿主ミドリガメが飼育禁止になる日

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気【12】

 「カメすくい」と言えば祭りには欠かせない光景で、私も小学生のときに夏祭りで手に入れたミドリガメをしばらく飼っていました。今も夜店を楽しみにしている子供たちも多いのではないでしょうか。ですが、今から2年後の2020年、このかわいいミドリガメを飼育することが法律で禁止されそうです。

米国では40年以上前から販売禁止

 この連載は感染症について紹介するものであり、ミドリガメからの感染といえば「サルモネラ」(注)です。そのサルモネラの話をしたいのですが、まずは日本の夏の風物詩ともいえるカメすくいのミドリガメをなぜ飼えなくなるかについて述べていきます。

 米国ではすでに1975年から4インチ(約10cm)以下のミドリガメを含むカメの販売は禁止されています。一方、日本では50年代後半からペットとして輸入されるようになり、90年代半ばには輸入量が年間100万匹にものぼりました。近年は減少傾向にあり10万匹前後にまで落ち込んでいます。

 厚生労働省によれば米国でミドリガメの販売が禁止されたのはサルモネラ菌の感染を防ぐためです。では、日本でも同じ理由で禁止されるようになるのかというとそうではありません。日本で禁止される理由は「ミドリガメが生態系を破壊しているから」です。

 環境省によると、ペットとして飼育されていたミドリガメが野外に放たれたことなどにより、現在北海道から沖縄まで全都道府県に分布しています。昔から日本にいた在来のカメ類とエサなどを巡って競合することになり、在来のカメ類や水生植物、魚類、両生類、甲殻類などに影響を及ぼしています。そして、実際にレンコンの新芽食害などの農作物被害の報告があります。

今飼っているミドリガメはどうすれば…?

 法律上、ミドリガメが飼育できなくなるのは、外来生物法の「特定外来生物」に指定され、輸入・販売・飼育などができなくなるからです。すると、今飼育しているミドリガメはどうすればいいのだ?という問題がでてきます。環境省は、平成25年度で全国の約110万世帯で約180万匹のミドリガメが飼育されていると推計しています。

 環境省が飼育者に向けて作成したパンフレットには「環境省へ手続きをすれば飼い続けることができる」と記載されています。ですが、環境省の該当ページをみてみると、手続きはそれなりに複雑で大変です。全国の110万世帯すべてがこの手続きをおこなうでしょうか。手続きを怠れば(個人の場合)懲役3年以下もしくは300万円以下の罰金が科せられることになります。おそらく、こんなにも手続きが大変で、それをしなければ有罪になるのなら、ミドリガメを“処分”したい、と考える人もでてくるはずです。もちろん愛着のあるペットを殺傷する人は(ほとんど)いないでしょう。考えられるのは「自然に帰してあげる」という方法です。

 ですが、これが生態系の破壊につながっているわけで、環境省が罰則を設けて阻止しようとしているのがまさにこの「行為」です。では飼育者はどうするか。外来生物法が改正される前にやってしまおうと考える人も出てくるのではないでしょうか。おそらく環境省はそれを防ぐ目的もあって先述のパンフレットを作成したのでしょう。「大きくなってもいっしょにいるよ」がキャッチコピーです。そしてかわいいミドリガメのイラストの横には「ぼくはずっといっしょにいるよ」というセリフがあり、その下には「おうちのカメは大切に飼い続けよう」と“子供たちに”訴えかけています。

 ここでミドリガメを飼育するのがどれだけ大変かをみておきましょう。まず、ミドリガメは長寿です。平均寿命は40年といわれています。夏祭りの屋台で見るのは誕生したばかりだから小さいわけで、大人になれば体長が20cm以上にもなります。もちろん、水を替えてエサをやらねばなりません。日光浴も必要です。環境省のパンフレットには「毎日世話してね!」と書かれています。

過半数の爬虫類が体内に保有

 そろそろサルモネラの話に入ります。どの程度の人がミドリガメからサルモネラ菌に感染しているのでしょうか。興味深いことに小さなカメの飼育が禁止されているはずの米国で11年から2年の間に合計8件の集団感染が報告されています。41州とコロンビア特別区、米領プエルトリコで合計473人が感染し、死亡例はありませんが全体の29%が入院しています。70%が10歳以下の小児、31%が1歳以下の乳児です。

 一般に集団感染が起こるということは、感染力はそれなりに強いことを示しています。では、現在日本にいるミドリガメはどれくらいの割合でサルモネラ菌を保有しているのでしょうか。厚労省によればカメなどの爬虫(はちゅう)類については、国内外を問わず多くのもの(50~90%)がサルモネラ菌を保有しています。人がこれらの動物に触れることによってサルモネラ菌に感染すると胃腸炎症状が起こります。さらに、まれではありますが菌血症(サルモネラ菌が全身をめぐる)や髄膜炎(脳を覆う膜に炎症が及ぶ)などの重篤な症状を引き起こすこともあります。特に、新生児や乳児、高齢者など免疫能が低下している人では重症化しやすいと言えます。

 ではどうすれば防ぐことができるのでしょうか。サルモネラ菌は皮膚から感染するわけではありません。感染を防ぐには、カメを触ったり、水槽の水に触れたりしたときにしっかりと手洗いをすることが必要です。手洗いが不十分でその手でお菓子などをつまんで感染というケースが実際に多い感染経路と考えられます。また、犬や猫、他の爬虫類などカメ以外の動物からの感染もあります。

 こういった注意をしなければならない家庭は、2年後の20年には大きく減少しているかもしれません。しかし、すでに生態系の破壊が進行しているわけですから、“自然に帰す”のはいけません。

 けれども私にはこれを言う資格がありません。当時の私は、現在いわれている「環境破壊」についての知識もなく、冒頭で述べたミドリガメは、水槽が窮屈になったという理由でそれから約1年後に“自然に帰し”ました。それから40年近くが経過しています。今も田舎の自然のなかで元気に生きているのでしょうか。他の動物と仲良く共存し、レンコンの被害も出していない、というのは私の勝手な妄想でしょう……。

 次回は動物シリーズから脱線しますが、食中毒としてのサルモネラを取り上げたいと思います。

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注:「サルモネラ」は嫌気性(酸素のないところで生息する)のグラム陰性桿菌(かんきん=グラム染色でピンクに染まる細長い細菌)で、臨床的に2種に分類することができます。一つは病原性の強い腸チフスやパラチフスで、感染症法では「3類」に指定されています。もう一つは、今回述べたようなミドリガメや食品などから食中毒を起こす比較的よくある感染症でこちらは「5類」です。この5類のサルモネラを狭義のサルモネラと呼んで、チフス・パラチフスと区別するのが一般的です。本連載ではこの狭義のサルモネラを「サルモネラ菌」と呼ぶことにします。なお、チフス・パラチフスは現在の日本でもまったく報告がないわけではありませんし海外では高頻度に起こり得ます。これらは追って本連載で取り上げる予定です。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト