
知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気【13】
海外にしばらく滞在していると、やっぱり日本がいいなぁ……と感じることがよくあります。感染症の領域でいえば、蚊に刺されても怖くない(参照:「世界で最も恐ろしい生物とは?」、狂犬病の心配がいらない(参照:「狂犬病のワクチンをうつべき人は?」)、水道水が飲める、が私の考える「感染症の視点からみた日本が安全な理由」のトップ3です。今回紹介する「生卵が食べられる」はその次くらいにランクされます。
食にはまったくこだわらないという人からグルメの専門家まで、卵かけご飯が大好物と言う人は非常に多く、「TKG(卵かけご飯の略称)を最後の晩餐(ばんさん)に」と考えている人も少なくないと聞きます。私自身はご飯にかけるのではなく、白いご飯と生卵を交互に口にするのが好きなのですが、私の好みはいいとして、生卵が食べられなくなるなんて耐えられない、と考える人は大勢いるはずです。

前回に引き続き今回も米国でのサルモネラ菌(注)の集団感染の話をします。前回はミドリガメからの集団感染でした。今回は食品からの感染、まずは卵からです。
6万人以上が集団感染
2010年、米アイオワ州で出荷された卵が高率でサルモネラ菌に感染していることが分かり、合計5億5000万個の卵が回収される事態となりました。政府は最大6万2000人が何らかの症状を発症したと推定しています。報道によれば、調査した飼育場の43%でサルモネラ菌の鶏への感染が発覚しました。
この事件を受けてかどうかは分かりませんが、米疾病対策センター(CDC)のウェブサイトには、一般向けに卵の扱い方を助言した「サルモネラと卵」というページがあります。助言のポイントを紹介しておきます。
・常に4℃以下で冷蔵保存
・ひびや汚れのある卵は捨てる
・71℃以上で調理する(生卵はもちろん、低温での調理もNG)
・卵を含む料理は調理後すぐに食べる。もしくは直ちに冷蔵する
・卵や卵料理を室温で2時間以上放置しない
・手指や、食器・まな板などが生卵に触れたときはせっけんと水でよく洗う
どうでしょうか。卵の内部にサルモネラ菌が存在しているという前提で注意が促されています。もしも日本でこれを忠実に守るとするなら、卵かけご飯はもちろん、お弁当の卵焼きもNGということになります。
感染リスクは肉、野菜…さらにマグロも
サルモネラ菌による食中毒は生卵だけではありません。CDCには「サルモネラと食品」というページもあります。このページで危険性が指摘されている食べ物は、牛肉(ひき肉を含む)、豚肉、鶏肉、マグロ、野菜(特に、トマト、キュウリ、もやしやカイワレなどのスプラウト)、ピスタチオなど。さらに、加工されたチキンナゲット、ピーナツバター、冷凍のポットパイなどからの感染もあり得るとされています。CDCはサルモネラ菌による食中毒が年間で100万件に上ると推計しています。
先述したアイオワ州の卵による集団食中毒が発症する2年前の08年にも、米国では全国規模のサルモネラ菌集団感染が起こっています。専門チームが調査したところ、トマトの生食、メキシコ料理レストランでの食事、ピコ・デ・ガロ・サルサ(生のトマト、タマネギ、青唐辛子などを含む新鮮なサルサソース)、コーン・トルティーヤ(タコスの皮)、サルサ(すべての種類のサルサソース)、家庭でのハラペーニョ(激辛の青唐辛子)が高いリスクとなっていたことが分かりました。専門チームが調査した1500症例のうち、21%が入院を要し、そのうち2例は死亡しています。
メキシコ料理を日常的に食べるという人はそう多くないでしょうが、多くの日本人がこよなく愛するマグロでも集団感染の報告があります。報道によれば、15年に米国で発症したサルモネラ菌による集団感染は、原因がすしなどに使われる生のマグロで、このときは53人が発症、うち10人が入院しています。
米国では今年(18年)も、集団感染が起こりました。再びアイオワ州が発端です。報道によると、同州の食品加工会社が生産したチキンサラダが原因で1月から3月までで合計8州の265人が食中毒症状を訴え、94人が入院、うち1人が死亡しています。
さらに、この原稿の掲載準備中にも米国で新たな集団感染が報告されました。今回はノースカロライナ州の鶏卵会社が出荷した卵が原因で、18年5月12日の報道では35人が発症し11人が入院(死亡者はゼロ)しています。回収された卵は2億個以上に上ります。

感染するとどうなる?
ではサルモネラ菌に感染するとどのような症状がでるのでしょうか。実は感染しても入院を要するほど重症化するのは、小児や高齢者、あるいはHIV陽性者や抗がん剤治療を受けているなど免疫能が低下している人だけです。免疫能が正常であれば下痢や発熱が生じたとしても、多くの場合1週間以内に自然治癒します。健常者には通常、抗菌薬も不要です。ですから、感染したことがないという人も、例えば鶏のタタキを食べた数日後に軽い下痢があったとしたら、それはサルモネラ菌によるものかもしれません。
健常者に感染してそのまま腸内に“居座る”こともあります。学校給食など大量の調理をする食品取扱従事者には定期的なサルモネラ菌の検査が義務付けられています。文献によれば、サルモネラ菌に感染すると0.2~0.6%が保菌者になります。東京都の食品取扱従事者に対する検査での検出率は0.03%です。食品取扱従事者である限り、検出されれば無症状であったとしても抗菌薬を用いて治療しなければなりません。
では、保菌者になること及び抗菌薬の服用を避けるには、食品取扱従事者は日ごろから感染源になるものを避けなければならないのでしょうか。このようなことが強いられるのは気の毒に思えますが、理論的には「イエス」です。
ところで、抗菌薬はいつも効くとは限りません。以前紹介したWHOが公表している「最も重要な薬剤耐性菌12種」の一つが「ニューキノロン耐性サルモネラ属」です(参照:「鶏の生食が危険な二つの理由」)。もっとも、「最後の晩餐」なら抗菌薬の効果を考える必要はありませんが……。
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注:今回も前回と同様「サルモネラ菌」はペットや食べ物から比較的軽症の食中毒を起こす「狭義のサルモネラ」を指し、チフスとパラチフスは含めていません。
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。