原因はリケッチアと判明も…やはり不可解なQ熱

  • 文字
  • 印刷

知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気【14】

 地下鉄サリン事件が起こったのは1995年3月20日。私が約4年間働いた会社を退職し、医学部の受験勉強を始めて2カ月が経過した頃でした。今でこそ、オウム真理教が主犯であることを疑う人はいませんが、事件発生直後は、犯人はオウム真理教でないと主張していたのは信者だけではありませんでした。知識人の中にも「オウムの仕業ではない」と考える人がいたのです。

 事件の数日後、教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)死刑囚のビデオがテレビで放映されました。そのなかで麻原死刑囚は「米軍による生物兵器攻撃を受けQ熱リケッチアに罹患(りかん)している」と話していました。多くの人は「米軍がオウムに生物兵器を使うはずないじゃないか。やっぱりオウムはうそをついている」と考えたと思うのですが、私が気になったのは、その「Q熱リケッチア」って何?? というもので、医学部の受験勉強そっちのけで調べた記憶があります。

オウム真理教の教団施設家宅捜索で、自衛隊から貸与された防毒マスクを着用して施設内に入る警視庁の機動隊員たち=山梨県上九一色村(現富士河口湖町)で1995年3月22日
オウム真理教の教団施設家宅捜索で、自衛隊から貸与された防毒マスクを着用して施設内に入る警視庁の機動隊員たち=山梨県上九一色村(現富士河口湖町)で1995年3月22日

 何しろQ熱のQは、Query(不明、不審などの意味)のQというではないですか。謎が多すぎる宗教団体の教祖が「不明な熱」に罹患したというのです。「米軍が……」という言葉がなければ、もう少し信ぴょう性があったかもしれません。とはいえ、インターネットが普及していない時代のことで、調べるといっても方法がありません。図書館に行って医学事典のようなものを手に取って索引を調べるくらいしかできることがないのです。結局、当時の私にはよく分からないままで、きちんと勉強するには医学部の授業を待たねばなりませんでした。

原因も治療法も確立…なのに今も「不明」

 医学部に入学してから分かったのは、Q熱の原因はリケッチアと呼ばれる小さな細菌の一種であり、そして家畜が感染源になることです。さらに診断法も治療法も確立しています。すると、疑問が出てきます。なぜ今も“Q(不明)”なのでしょう。

 1935年、オーストラリアの食肉処理場で働いていた従業員が高熱を発症し、この原因がまったく分からなかったためにQ熱という病名がつけられました。ところが、わずか2年後には、リケッチアの一種、コクシエラ・バーネッティが病原体として確認されたのです。たった2年ならQ熱などという名前をやめて「コクシエラ」と呼べばいいではないか、と私は感じました。もはやQ(不明)でなく、医師国家試験にも(まず)出ない、しかも日本にはほとんど報告のないような病気には、当時の私はあまり関心が持てませんでした。

「慢性疲労症候群」の原因の可能性も

 しかし話は終わりません。ややこしいのはここからです。再び私がこの疾患に興味を抱くようになったのは、タイでのボランティア活動を終えて母校の大阪市立大学医学部の総合診療科に入局してからです。

 大学の総合診療科には、これまでどこの医療機関を受診しても診断がつかなかったという症例が集まってきます。「原因不明の疲労感」というのも比較的多い訴えのひとつです。多くは特に身体的に異常がなく、うつ病など精神疾患が原因となっています。ですが、なかには重大な病気が潜んでいることもあります。がんということもありますし、甲状腺機能低下症、膠原(こうげん)病などが原因になっていることは珍しくありません。感染症が原因のこともあります。C型肝炎、HIV、結核などが代表ですが、本連載の動物シリーズで紹介してきた猫ひっかき病トキソプラズマも鑑別に入れなければなりません。そして、それらのひとつにQ熱も加えなければならないのです。

 「慢性疲労症候群」という難治性の病気があります。倦怠(けんたい)感が長期間続き、ひどい場合は日常生活もままならなくなります。認知度はあまり高くありませんが、診断がついていないだけで日本でも数十万人がこの疾患に悩まされていると言われています。原因は不明、あるいは複数あるのではないかと考えられていて、その一つがQ熱なのではないかといわれているのです。

 Q熱は原因菌がはっきりしていて適切なタイミングで適切な抗菌薬が用いられれば治るとされています。ですが、治療が遅れたり不十分であったりすると、疲労感、頭痛、関節痛、さらに睡眠障害や抑うつ状態が長期間にわたって持続する場合があることが分かってきたのです。つまりQ熱は、慢性疲労症候群の一つの原因になっている可能性があります。また、Q熱が慢性期に移行すると、慢性疲労症候群とは区別される「Q熱感染後疲労症候群(QFS)」と呼ばれる状態になることもあります。

短期間で死に至ることも

 Q熱が単純でない理由はまだあります。比較的短期間で死に至ることもあるのです。初期治療が遅れたり不十分であったりした場合、原因菌のリケッチアは肺や心臓の深部にまで侵入し細胞を破壊していきます。そして、肺線維症や心内膜炎といった極めて重症の状態になります。ここまでくれば肺や心臓の細胞自体がやられているわけですから、単に病原体をやっつける抗菌薬を投与してももはや元には戻れません。これを「利用」したバイオテロ兵器の開発が進められているという話もあります(だから麻原死刑囚は“米軍の攻撃”によってQ熱が引き起こされたというストーリーを考えたのでしょうか)。

 日本ではどのような人が感染しているのでしょうか。88年に報告された初の日本人患者は医師で、カナダ留学時に羊と接触していたそうです。90年代後半以降は、数人から数十人程度の報告が続いています。家畜から感染するのは明らかで、オーストラリアの農場視察に行った畜産関係者の3人が同時に感染したという報告もあります。しかし、報告例の全例で動物との接触歴が確認できたわけではなく、ペットからの感染が疑われる例もあります。

 原因不明の高熱はもちろん、持続する倦怠感や頭痛がある場合も、動物との接触のエピソードがあれば(あるいははっきりしなくても)、Q熱及びQFSを疑ってみるべきかもしれません。

 原因や治療法が分かっても、短時間で死に至ることもあれば慢性化しうつ病と間違われることもある。感染源も家畜とは限らずペットからかも……。私にとって、Q熱は今も“Q”なのです。

「キレやすい人」はトキソプラズマ感染率が高い?

猫の爪に潜む判定困難な感染症 ネコひっかき病

もしかして病気のサイン? 長引く「疲れ」に気をつけて

特定地域で広がる感染症・寄生虫症、NTDへの対策

米国で梅毒、淋病が2桁増の理由

医療プレミア・トップページはこちら