実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

日本で新種発見 特徴的な症状に乏しいブルセラ

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気【15】

 「ブルセラの新種が発見! それも日本で!」

 このニュースを聞いて私が驚いたのは、新種が発見されたことよりもむしろ、前回「Q熱」の話をしたばかりだったからです。連載の流れからいって、Q熱の次はブルセラにすべきかな、と考えていたときにこのニュースが飛び込んできて、なんという偶然……、とびっくりしたのです。

 ブルセラとQ熱にはいくつかの共通点があります。一つは動物から感染すること、二つめは特徴的な所見がなく診断をつけにくいこと、三つめは慢性化し死に至る場合があること、そして四つめは生物兵器として開発された歴史があること、です(五つめとして、双方とも名前が“奇妙”で覚えやすいというのもあります)。まずは「日本で新種発見」という情報について確認しておきましょう。

 報道によれば、2カ月ほど前から発熱や食欲不振などの症状があった長野県の60代の男性が2017年6月に医療機関を受診、その後腎機能が悪化し人工透析を受けることになりました。原因がなかなか分からなかったものの国立感染症研究所による調査などを経て、「新種のブルセラ症」と診断されるに至りました。

クリミア戦争で英軍を苦しめた「マルタ熱」

 「新種」が発見されたということは「従来の種」もあるわけで、ここで従来のブルセラについてまとめておきたいと思います。しかし、その前に一度聞いたら忘れないブルセラの名前の由来から説明しておきます。

 ブルセラが発見されたのは19世紀、きっかけはクリミア戦争です。感染症には、興味深い歴史の背景をもつものがいくつもあります。この連載で紹介したものを振り返ってみても、例えば、梅毒(「『愛と哀しみの果て』の主人公を苦しめた病」「同性愛者オスカー・ワイルドを“殺した”偏見」)、淋病(「日本初の女性医師を生涯苦しめた病とは」)、マラリア(「蚊に殺された僕らのヒーロー」「蚊がもたらした八重山諸島の悲劇」)、インフルエンザ(「第一次大戦より多数の犠牲者を生んだ感染症」)、黄熱(「野口英世の命を奪った黄熱のいま」)といった記事で当時の時代背景などを紹介してきました。

 クリミア戦争は、結果から言えばイギリス、フランス、オスマン帝国などの同盟軍がロシアに勝利したのですが、3年にわたるかなり大規模な戦争で、イギリス軍も多くの兵士を犠牲にしました。そして兵士の死亡の原因は戦死よりも病死の方が多かったと言われています。その病死者のなかで「マルタ熱」に罹患(りかん)した人が少なくなく、そのマルタ熱の原因がブルセラです。この細菌を発見した医師ブルース(Bruce)の名にちなんでブルセラ(Brucella)と名付けられたというわけです。

 マルタ熱の原因菌は正確にはブルセラ・メリテンシス(melitensis)と呼ばれます。ブルセラの種は現在までに10種ほど報告されていて、これ以外にはブルセラ・アボータス(abortus)、ブルセラ・スイス(suis)、ブルセラ・カニス(canis)などが人に感染します。

 メリテンシスは「マルタ島の」という意味で、新種の命名には発見地の地名が使われることがあります。今回長野で発見された新種は、ブルセラ・ナガノと命名されるのでしょうか。私個人の意見を言えば、病原体の名称には地名をつけない方がいいと思います。外国人に「ナガノが怖い地域」という印象を与えかねないからです。実際、日本脳炎は日本に多い感染症と思っている外国人は少なくありません。本当は日本以外のアジア諸国に多いにもかかわらず、です(参照:「日本脳炎のワクチンが今必要なわけ」)。

犬から感染する種も

 ブルセラは家畜から感染します。マルタ熱(ブルセラ・メリテンシス)は、滅菌が不十分な羊の肉やミルク、さらにチーズからの感染が多いと言われており、日本人がシリアで羊肉を食べて感染した事例の報告もあります。クリミア地方は牧羊が盛んですから、現在でも感染することがあります。ちなみに、「クリミア」が付く有名な感染症に「クリミア・コンゴ出血熱」というものがあり、これは羊など家畜に感染している病原体(ウイルス)をダニが媒介することによって感染します。

 マルタ熱は、最近では2015年にブルガリアで集団感染が発生しました中国では内モンゴル自治区などの北部で毎年数万人規模の集団感染が起こっています。共通点は羊やヤギなどの家畜です。

 他の種のブルセラも、基本的には牛、水牛、ラクダなどの家畜から感染しますが、注目すべきはブルセラ・カニス(canis)で、これは飼い犬からの報告もあります。

早期発見すれば抗菌薬で治療可能

 ブルセラが臨床家泣かせなのは、前回述べたQ熱同様、特徴的な症状がないからです。発熱、頭痛、倦怠(けんたい)感などが生じますが、これらが出現する疾患は山のようにあります。「そういえば羊に接してから……」という“ヒント”を患者さんからもらえれば疑うことになりますが、数カ月も前のこととなるとなかなかそういった情報を引き出せないこともあります。飼い犬からの感染というのもなかなか疑えません。

 そして、ブルセラはQ熱同様、慢性化した揚げ句、重症化、さらに死亡することもあります。そして、やはりQ熱同様、生物兵器として開発されていた史実があります。米国は1944年から45年にかけて野原で攻撃実験をおこなっており、78年には旧ソ連が生物兵器化を実現しています(井上尚英著「生物兵器と化学兵器 種類・威力・防御法」 中公新書)。

 このように発見が遅れると致死的になりうるブルセラですが、治療法はあります。有効な抗菌薬があるのです。早期発見ができて適切な治療が開始されれば後遺症なく助かります。ですから、もしもあなたに発熱や倦怠感が続いていて、数カ月以内に家畜に接していれば、医療機関を受診したときに必ず伝えるようにしましょう。また、これまで本シリーズで繰り返し主張してきたようにペットを飼っている場合は必ず申告するようにしましょう。

 ですが、長野県のケースでは、海外渡航歴も輸入食品の摂取もありません。自宅は山奥にあり野生動物が敷地内に侵入することはあっても直接の接触はなく、飼育している猫や鶏を調べても原因菌は検出されず、現時点で感染経路はまったく不明だそうです。

 では、我々はこの不可解なブルセラからどうやって身を守ればいいのでしょうか。感染の頻度が低いとはいえ、飼い犬を獣医に連れて行くべきでしょうか。自然のなかで暮らすのを断念すべきなのでしょうか。あるいは東欧や地中海地方に旅行に行ってもヤギや羊に近づいてはいけないのでしょうか……。ひとつ言えることは、原因不明の発熱や倦怠感が生じたときには、動物との接触がなかったかどうかを思い出して、あれば医師に伝えることです。もっとも、医師もブルセラやQ熱を初診で診断できるわけではないのですが……。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。