実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

北海道旅行から10年 この発熱はエキノコックス?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気【18】

 Q熱の回(「原因はリケッチアと判明も…やはり不可解なQ熱」)で紹介したように、持続する発熱や倦怠(けんたい)感を訴えていろいろな診療所や病院を渡り歩いている人は少なくありません。そうした人は身体的には何も悪いところがなく、うつ病など精神的疾患が原因になっていることが多いのですが、そうでない場合もあります。甲状腺機能低下症、膠原(こうげん)病などは比較的多く、感染症が原因になっていることもあります。感染症ではC型肝炎、HIV感染症、結核などにときどき遭遇します。そして、ときに「この発熱と倦怠感は感染症が原因ではないか?」と患者さん自身が疑っていることもあります。

 その「患者さん自らが疑っている感染症」としてときどき口にするのが、今回紹介する「エキノコックス症」です。

北海道旅行で感染?

 エキノコックス症を疑っている患者さんのほとんどが同じようなことを言います。「10年前に北海道に旅行に行ってそのとき井戸水(や川の水)を飲んだかもしれない」というものです。

 エキノコックス症がどのような感染症なのかをみていきましょう。寄生虫の仲間で、キツネや犬の糞便に卵(虫卵)が混じっていることがあり、ヒトに感染するのは、その卵が含まれている川の水や井戸水が口に入ったときです。ですから、例えば川の水で果物を洗ってそのまま食べれば感染する可能性がでてきます。一方、エキノコックスは豚や馬に感染することもありますが(本州でも報告があります)、たとえ感染した豚や馬の肉をヒトが食べても感染することはありません。

犬から見つかった寄生虫エキノコックスの成体の顕微鏡写真=米疾病対策センターのイメージライブラリーより
犬から見つかった寄生虫エキノコックスの成体の顕微鏡写真=米疾病対策センターのイメージライブラリーより

 症状はすぐにでません。ヒトの口から侵入したエキノコックスの卵は腸管内で孵化(ふか)し、幼虫が腸壁から体内に侵入、主に肝臓に移動し、少しずつ仲間を増やしていきます。発熱、腹痛、倦怠(けんたい)感などが出現するのは感染してからなんと5年から20年くらいが経過してからです。しかし、症状が出現したときには既に手遅れ、肝臓の一部を手術で取り除いても命が助からないことがあります。つまり、エキノコックス症は「死に至る病」なのです。

早期発見には血液検査

 症状が出るのに10年以上、しかも症状が出てからではすでに手遅れ……、とくれば、何とか早期発見をしなければ!と考えるのは当然です。ですから、微熱や倦怠感が続いたときに、もしもエキノコックス症なら早期診断で早期治療をしなければ助からない、と考えて医療機関を受診したくなる気持ちは理解できます。

 実際、エキノコックス症は医師からみてもときに“怖い”感染症です。早期発見できなければ患者さんを死に追いやるかもしれないからです。そして、例えば、何らかの理由で腹部エコーを実施したときに「嚢胞(のうほう)」と呼ばれる袋のようなものが肝臓に見つかることはそれほど珍しくありません。ほとんどの肝嚢胞は放置しておいていいものですが、もしもエキノコックス症だったら……、という意識が頭をよぎることもあります。

 国内でのエキノコックス症の発症はほとんどが北海道です。20世紀後半、千島方面から流氷に乗って渡ってきたキツネが持ち込んだと言われています。ですから、北海道在住の人は健康診断にエキノコックスの血液検査が含まれています。札幌市のウェブサイトによれば小学生以上の市民は無料で受けられるようです。

キタキツネの愛らしい姿は観光客にも人気だが、エキノコックス感染の危険も=北海道北見市で竹内幹撮影
キタキツネの愛らしい姿は観光客にも人気だが、エキノコックス感染の危険も=北海道北見市で竹内幹撮影

 では北海道に旅行に行ったことがあり不安、という人はどうすればいいのでしょうか。私見を述べれば、不安が解消されないなら自費診療になりますが血液検査を受けるのが一番いいと思います。エキノコックス症の報告数は年間20例ほどです。つまり「まれ」です。ですから、修学旅行に行ってそのときに飲んだ水が井戸水だったかもしれない、という程度では感染している可能性は限りなくゼロに近いとは思います。ですが、完全にゼロとはなかなか言えませんから、それならば検査を受けてスッキリした方がいいでしょう。それに、北海道のキツネのエキノコックスの感染率は以前より上昇していて、現在では4割程度が感染していると言われています

 過去にも述べたように(例えば「ワクチン問題を解決する『賢明な選択』」)、私は「チュージング・ワイズリー」を日ごろから心がけており、検査や薬は可能な限り減らすことに力を注いでいます(そのため、「お金払うって言っているでしょ!」と患者さんから怒られることもしばしばあります)。ですが、エキノコックス症のような感染症の場合は(北海道在住でない限り)一度の検査で陰性と出ればそれで不安がすべて解消されますから、この場合は検査が現実的だと考えています。

愛知県内にも定着か?

 さて、エキノコックス症は北海道を旅行したことがなければ考えなくていいのでしょうか。残念ながらそういうわけではありません。まずは海外での感染の可能性があります。ある論文によると、日本以外にも中央及び東ヨーロッパ、中東、ロシア、中国でも感染することがあります。

 では北海道にも上記海外にも行ったことがない人なら完全に心配不要なのでしょうか。それがそういうわけでもなさそうです。まず、2005年に埼玉県の犬の糞便(ふんべん)からエキノコックスの虫卵が発見されています。この虫卵の遺伝子情報から北海道由来のものであることが判明しました。つまり、この犬が北海道で感染して後に埼玉県に移住した可能性が高いのです。犬が感染するのは、エキノコックスが寄生した野ネズミを犬が食べるからだと言われています。

車道を歩くキタキツネ。人里近くでも見かけることがある=北海道ニセコ町で梅村直承撮
車道を歩くキタキツネ。人里近くでも見かけることがある=北海道ニセコ町で梅村直承撮

 その9年後の14年、今度は愛知県の犬からエキノコックスの虫卵が発見され、やはり遺伝子情報を調べたところ北海道由来のものであることが判明しました。1匹の犬に感染していれば、その犬のフン→野ネズミ→犬と感染がどんどん広がっていく可能性があります。

 そして今年(18年)、愛知県知多半島の一部地域で採取された三つの検体からエキノコックスが検出されました。国立感染症研究所は、この地域でエキノコックスがすでに定着しているとみているようです。するとその犬の糞に含まれた虫卵が何らかの理由で人の口に入る可能性も出てきます。

 通常、飼い犬は野ネズミを食べないでしょうから、あまり心配しすぎる必要はありませんが、もしもあなたの飼い犬が元々北海道に住んでいた、あるいは家族旅行で連れて行ったことがあるなら、獣医さんと相談して糞便検査をした方がいいでしょう。そして、北海道(や一部の海外)に旅行した経験があり心配だという人は、血液検査を検討してみてもいいかもしれません。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。