実践!感染症講義 -命を救う5分の知識- フォロー

異常気象時代だからこそ必要な破傷風ワクチン

谷口恭・太融寺町谷口医院院長

理解してから接種する--「ワクチン」の本当の意味と効果【33】

大阪府北部で最大震度6弱を記録した地震で飲食店の棚から落ちて割れた飲料の瓶=大阪府茨木市で2018年6月18日、望月亮一撮影
大阪府北部で最大震度6弱を記録した地震で飲食店の棚から落ちて割れた飲料の瓶=大阪府茨木市で2018年6月18日、望月亮一撮影

 今月(2018年7月)に西日本を中心に甚大な被害をもたらした異常な豪雨を予想していた人はどれだけいたでしょうか。その前月、6月18日の午前8時前に大阪府北部で最大震度6弱の大きな地震が起こった時、私はクリニックで事務作業中でした。最初の大きな衝撃で顕微鏡1台が破損。揺れが続く中、残る1台を両手で押さえつつ、棚から大量の書類が崩れ落ちるのをなすすべなくながめながら私が思い出したのは、1995年の阪神大震災でした。

災害時に注意すべき感染症は

 地震、豪雨、洪水などの天災が生じ自宅で過ごせなくなった人たちは体育館などの避難所に身を寄せることになります。こうした多くの人が共同生活をする場所では、冬ならばインフルエンザやノロウイルスがかなりの確率で流行することになり、体力のない高齢者や乳幼児は危険な状態になることがあります。では、今回の地震や豪雨のように夏ならば感染症の心配はないのか、といえばそういうわけではありません。

 今回の豪雨では中国地方の住宅街が冠水した様子が繰り返し報道されていました。日本ではこのような冠水の光景はあまり目にしませんが、例えばタイでは毎年のように起こっています。11年には日本の大企業の工場が浸水して産業にも影響が出たため、日本でも繰り返し報道されました。このとき現地ではA型肝炎が流行し、タイ渡航者の間でA型肝炎ワクチンの需要が急増。結果、国内のワクチンが供給不足となり混乱が起こりました。また、過去の連載(「レプトスピラ…洪水と犬の意外な共通点」)で述べたように、17年の大洪水のときにはレプトスピラで命を落とす人が続出しました。

避難所に身を寄せる家族ら=岡山県総社市で2018年7月9日、望月亮一撮影
避難所に身を寄せる家族ら=岡山県総社市で2018年7月9日、望月亮一撮影

 では日本でもタイと同じように洪水が起こったとき、A型肝炎とレプトスピラに注意しなければならないのかと問われれば、答えは「イエス」ではあります。ですが、私自身は、これらは少なくとも優先順位は高くないと考えています。なぜなら、A型肝炎はウイルスに汚染された飲み物や食べ物を口にしない限りは感染しませんし、レプトスピラは現在の日本では例外的な報告を除けば沖縄など亜熱帯地方での発症がほとんどだからです。

破傷風は小さなけがでも感染に注意

 今回中国四国地方を中心に発生したような洪水、さらには地震が起こったときに心配しなければならない感染症は何か。それは「破傷風」です。

 破傷風は、東日本大震災のときにも感染者が増加しています。破傷風菌は世界中の土壌や汚泥の中に存在します。破傷風の感染経路としては、けがをしてその傷口に土や汚染された水などが触れて破傷風菌が体内に侵入し、発症するというのが一般的なイメージではないかと思います。これは正しいのですが、その「けが」の解釈は、普通に思い浮かべるものよりも広げて考えなければなりません。というのも、ごく微小なけがで感染することもあるのです。「動物シリーズ」では取り上げませんでしたが、イヌやネコに軽くかまれただけでも感染するリスクはありますし、文献(注1)によれば、鶏に額をつつかれたことで感染した症例もあるそうです。

 つまり、突然起こる地震や豪雨のような状況では予期せぬ小さなけがをすることが多く、その傷口に破傷風菌が混入した水や土などが触れれば感染してしまうのです。これに対し、タイの洪水ではチェンマイなど北部で川が氾濫し、あふれた水が量を増しながら南下してバンコクでも被害が生じます。つまり、冠水はある意味“予測通り”起こるわけですから、けがをするリスクは多くが回避可能です。

住宅の屋根に達する洪水に覆われた町で続けられる救助活動=岡山県倉敷市真備町で2018年7月7日、本社ヘリから加古信志撮影
住宅の屋根に達する洪水に覆われた町で続けられる救助活動=岡山県倉敷市真備町で2018年7月7日、本社ヘリから加古信志撮影

 破傷風は甘くみてはいけない感染症です。感染すると菌の毒素により神経障害が起こります。身体がこわばり、痛みが生じ、けいれんを起こします。口が開かなくなり話したり飲み込んだりすることができなくなります。けいれんが悪化し、呼吸困難が生じ心臓も障害されます。つまり破傷風は「死に至る病」なのです。

 では我々はこの「死に至る病」にどのように対処すればいいのでしょうか。感染してからでも治療法がないわけではありませんが、最も効果的なのは「事前のワクチン接種」です。

多くの人がワクチン接種をしているが…

 「破傷風のワクチンを何回うっていますか?」と尋ねられて、スムーズに答えられる一般の人はさほど多くありません。しかし、このワクチンは定期接種に入っていますから、現在ではほとんどの人は決められた回数のワクチン接種をしています。ならば、取り立てて騒ぐ必要もないのでは?と考えたくなりますが、そう単純な話ではありません。説明しましょう。

 破傷風のワクチンは3種混合、あるいは4種混合、さらに2種混合に含まれています。それぞれを簡単に解説しておくと、3種混合ワクチン(DPT=ジフテリア・百日ぜき・破傷風混合ワクチン)は1968年から全国で開始され、2012年ごろまでに生まれた人の多くはこのワクチンを合計4回接種していると思われます。ただし、1970~80年代に一時中止された時期もあり、対応は自治体ごとに異なっていますから母子手帳などで各自確認しておく必要があります。2013年ごろ以降に生まれた人は4種混合(3種+不活化ポリオ)を合計4回うっています(またはうつ予定です)。どちらを接種していても、11歳ごろに2期として2種混合ワクチン(DT=ジフテリア・破傷風混合ワクチン)をうちます。

年齢別 破傷風ワクチンと免疫獲得状況

 ここからは年齢別にワクチン接種の注意点を述べます。

・2種混合を完了していない小児(11歳未満の小児):免疫が十分でない可能性があります。傷を負ったときは微小であったとしても注意が必要で、場合によっては医療機関を受診した方がいいでしょう。

・定期接種を完了し21歳くらいまでの青少年:免疫があると考えられます。ただし傷口から侵入する病原体は破傷風菌だけではありませんし、場合によってはけがをしたときは医療機関を受診した方がいいでしょう。

・21歳以上、現在50歳以下の成人(1968年以降に生まれた成人):破傷風ワクチンは生涯有効というわけではなく、国際的には10年に1度の接種が推奨されています。最後に接種してから10年以上経過している人は、追加接種を検討すべきでしょう(注2)。

・67年以前に生まれた人:幼少時にワクチン接種をしていない可能性が高いでしょう。初回接種(4~8週間隔で2回)と追加接種(初期接種から6~18カ月後に1回接種)が推奨されます。その後は10年に1度の追加接種を検討すべきでしょう。

 この連載で繰り返し述べているように、ワクチンの基本は「理解してから接種する」です。地球温暖化の影響で、世界の平均気温上昇とともに異常気象が増加する可能性が指摘されています。また、日本の多くの地域で、いつ大きな地震が起こってもおかしくないといわれています。ここまで書いてきたように、予期せぬ天災がきっかけとなり破傷風に感染する可能性があることを踏まえて、ワクチンを事前に接種しておくべきかどうかを決めることになります。

   ×   ×   ×

注1:「破傷風」海老沢功著(日本医事新報社)

注2:国際的には「10年に1度の追加接種」が推奨されていますが、日本ではさほど徹底されておらず、この「ルール」を順守している人は医療者も含めてさほど多くないと思います。私自身は医師になってからこの「10年ルール」について知り(恥ずかしながら医学生のときは知りませんでした)、ワクチンでなくまず抗体価を調べてみました。結果は0.29IU/mLと陽性でしたから追加接種は見合わせることにしました。しかし、この検査の費用が予想以上に高価であることとワクチンの費用はさほど高くないことに気づき、いずれ抗体価が下がるなら、と考え、結局その数カ月後にワクチンをうちました。そして、その10年後にも追加接種しました。

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。