実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

接種率向上には 大人から始めるHPVワクチン

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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理解してから接種する--「ワクチン」の本当の意味と効果【34】

 HPVワクチンの接種率が低迷したままです。

 本連載では2016年5月22日から連続14週にわたり、このワクチンについて取り上げました。13年4月に定期接種化されながら、わずか2カ月後に厚生労働省が「積極的にお勧めすることを一時的にやめています」という異例の勧告を出しました。その一方で、定期接種という位置付けは変更されておらず、混乱の一因となっています。また、医療者の間でも「推奨派」と「慎重派」が今も激しい論争を繰り広げています。

 世界保健機関(WHO)は15年12月、日本の対応を批判する声明を出しました。「副反応はワクチンに無関係なのに、日本では接種が再開されていない」というのがWHOの見解です。日本の各学会も国によるワクチン接種の積極的勧奨を早期再開するよう求めています。今年(18年)6月23日、日本産科婦人科学会は5回目となる早期再開を促す声明を発表しました。17年11月には、医師でジャーナリストでもある村中璃子氏が、HPVワクチンの安全性を主張し続けてきた功績で、英科学誌「ネイチャー」などが主催するジョン・マドックス賞という名誉ある賞を受賞しました。

 一方、ワクチン接種後に「副作用」が出たとして国や製薬会社に損害賠償を求めた原告団らは、「国がなすべきことは……定期接種からHPVワクチンをはずすこと」だと主張する声明を今年6月14日に発表しました。同訴訟の全国弁護団によれば、受診先の医師から「演技うまいね」などと詐病扱いされているケースもあるそうです(注1)。医師のなかにも慎重派、さらには絶対反対するような意見もあり、医師の掲示板などでもときに感情むき出しの言葉のやりとりを目にします。

 総合診療や感染症関連の学会で他の医師と話をすると、HPVワクチンの有効性と安全性の説明に苦労するという話をよく聞きます。実際、厚労省が「積極的にお勧めすることを一時的にやめています」という勧告を出すまでは小6から高1の女子生徒の約7割が接種していたのに、この勧告以降は接種率が1%程度に落ち込んでいるといわれています。

 私が院長をつとめる太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)ではどうかというと、厚労省の勧告にはほとんど影響を受けていません。もっとも、谷口医院では小児は積極的に診ておらずほとんどの患者さんが成人ですから、もともとHPVワクチンの実施はさほど多くありません。ですが、成人には4価(4タイプのHPVに対する免役が得られる)ワクチン(商品名:ガーダシル)が発売されたときから希望者に接種を開始して、現在も継続しています。厚労省の勧告の後も、接種数は減っていません。

 なぜでしょうか。そして諸外国のように日本も接種率を上昇させるにはどうすればいいのでしょうか。そもそも接種率を上げる必要はあるのでしょうか。

HPVワクチンを強く推奨しないわけ

 まず、基本的に私の立場は推奨派でも反対派でもありません。この連載で繰り返し述べているようにワクチンの基本は「理解してから接種する」です。ですから「理解してから接種しない」という選択肢もあってしかるべきです。もうひとつ、私がHPVワクチンを強く推奨しない理由は「HPVは性行為でしか感染しない」という事実があるからです。例えば、麻疹やインフルエンザのように空気感染もしくは飛沫(ひまつ)感染するような感染症であれば、できるだけ多くの人がワクチン接種していればその地域全体の罹患(りかん)率が減少します。なんらかの事情でワクチンをうてない人がいたとしても、その地域の大勢の人が接種していれば未接種者の感染リスクも低下します。

 しかし、性行為でしか感染しないHPVは、周囲の人がワクチンを接種していようがしていまいが、自分自身が性行為をもたない限りは感染しないわけです。ならば、「彼氏ができるまで接種しない」という選択肢もあるべきです(もっとも、性被害をどう考えるか、という問題は残ります。「性暴力被害から考えるHPVワクチン」参照)。

 過去の連載(「HPVよりも優先すべきワクチンは」)で述べたように、定期接種対象者(つまり小6から高1の女子生徒)の母親からHPVワクチンの質問を受けることがあります。「彼氏ができてからでも遅くないのでは?」と私が言うと、たいてい同意されます。そして、興味深いことに「娘ではなく私がうちます!」という(シングルマザーの)母親もいて、私はこれでいいと思っています。また、これも過去の連載で述べたように、性行為で感染する感染症のワクチンでHPVより優先順位が高いのはB型肝炎ウイルス(HBV)であることを説明すると、先にHBVワクチン(あるいはHPV、HBVの同時接種)を希望する人もいます。

男性の接種希望者も

 谷口医院には男性でHPVワクチンを希望する人も少なくありません。医療者に多いのですが、一般の人も最近は増えてきています。子宮頸(けい)がんは女性の疾患ですが、その原因となるHPVをうつすのは男性ですから、男性も接種するのが“マナー”と考えるのです。実際、米国、韓国、オーストラリアなどを含む世界の多くの国では、男女とも定期接種となっています(注2)。過去に紹介した尖圭(せんけい)コンジローマというやっかいな性感染症を防ぎたいと考える人も男女問わず接種を希望します(参考:「あなたにも起こるかも…尖圭コンジローマがもたらす苦悩」)。

 さらに、過去に紹介したように(「中咽頭がん急増の恐れ 予防にはHPVワクチン」)、米国ではHPVがもたらすがんで最も多いのは子宮頸がんではなく中咽頭(いんとう)がんであり、このがんは50代以上の男性に多いという特徴があります。医療プレミアのこの連載を読んで、自身の中咽頭がん予防のためにHPVワクチンを希望する男性も増えてきています。

 「HPVワクチン接種率を上げたい」と考えている医療者に私が最近よく言うセリフがあります。それは「あなたの周りの成人に勧めてはどうですか」というものです。先に、男性の医療者でHPVワクチン希望者が増えていると述べましたが、全体ではまだまだ少数です。女性看護師の何割が接種しているかというデータは私の知る限りありませんが、せいぜい数%程度ではないでしょうか。

 私自身はガーダシルが発売されてすぐに自分に接種しました。次いで、身内や周囲の人たち(成人)に勧め、大半の人は接種しています。日本でHPVワクチンの普及率を上げようと思ったら、まず医療者が接種し(もちろん医療者も「理解してから接種しない」もOKです)、その後、一般の成人に普及することになればおのずと10代後半の女子(そして男子)にも広がり、最終的には中学生も関心をもつようになるのではないでしょうか。

 停滞したままのHPVワクチン接種率を向上させたいのであれば「HPVワクチンは大人から」を実践すべきだ--。これが私の考えです。

   ×   ×   ×

注1:ワクチンに「副反応」が伴うことがあるのは事実です。過去のコラム「ワクチン接種する/しない 学んだ上で判断を」を参照ください。

注2:日本では男性に対しては認可されていませんから、副反応が出たときの保障制度はありません。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。