実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

日本で性感染症増加が予想される理由

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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梅毒の誤解を解く【6】

 私は基本的にSNSで何かを発信することはありませんが、Facebookは知人が何をしているのかを確認するために月に1度程度チェックしています。ちなみに私は通知が届くのが嫌なのでスマホにはアプリをインストールせず、パソコンで利用しています。Facebookで私が最も驚かされるのは「友達リクエスト」が世界中から届くことです。「友達」にしている外国人の「友達」のみならず、日本人の「友達」とつながっている「友達」が世界中にいるためにこのようなことが起こるのでしょう。もちろん海外から友達リクエストを送ってくる知らない外国人と「友達」になることはありませんが、もしも私に「若さ」と「時間」があればFacebookを使って世界中に友達、そして“パートナー”を見つけようとしたかもしれません。

 国際結婚はもはや当たり前、結婚までいかなくてもパートナー、パートナーと呼べなくても友達以上の関係となる外国人というのは今ではまったく珍しくなく、「出会い」のきっかけがSNSということも驚くことではありません。実際に相手の国に繰り返し渡航するようになったという人の話もチラホラ聞きます。最近、知人のタイ人女性がSNSで知り合った日本人男性と婚約したという話も聞きました。SNSでパートナーを見つけることには依然賛否両論あるようですが、実際に幸せそうにしている人をみるとやはり素晴らしいことだと思います。

 現在、世界経済の領域では保護主義に向かう傾向も出てきましたが、人の流れは一昔前に比べると格段に加速し、自由化しています。金曜日の夜から海外に出かけ月曜の朝はいつも通り出勤、しかも格安航空会社(LCC)と民泊紹介サイト「Airbnb」を使って格安で済ませる、という海外旅行も珍しくなくなってきました。空港でのチェックインも、スマホを見せるだけでとても簡単です。そのうちどこの国でもスマホで決済ができ、外貨をもたなくてもOKという時代がくるでしょう。こうなると世界中に簡単に友達ができ、その延長として「恋愛」への敷居も低くなります。

米国では性感染症全体が実際に増加

 となると性感染症の心配をしなければならなくなるかもしれません。前回グラフで紹介したように、日本では梅毒以外の性感染症は増えておらず、その梅毒も「見かけだけ」で実際には以前からさほど変わっていないのではないか、という話をしました。ですが、これは国内での感染で完結している場合の話です。

 米国でも近年、日本と同様に梅毒の報告が急激に増えています。ただ、日本と違うのはその他の性感染症も同様に増えているということです。カリフォルニア州当局の発表によると、カリフォルニア州では、2013年に報告された先天性梅毒(死産含む)が58例でした。その後一貫して上昇傾向にあり、17年には278例にもなっています。

 注目すべきは他の性感染症です。人口10万人あたりの同州での淋病罹患(りんびょうりかん)者数は13年が99.9なのに対し17年は190.5と1.9倍に増加しています。同様に、クラミジアの人口10万人あたりの罹患者数は13年が437.5、17年は552.1と1.26倍に増加しています。

 私は米国の医療事情にさほど詳しいわけではなく、しっかりとした根拠があるわけではありませんが、これまでの米国の医師との会話から受ける印象として、(性感染症を含む)感染症に関しては米国の医師の方が日本の医師よりも診断能力が高く、また届け出義務を順守していると感じています。その米国でクラミジア、淋病、梅毒が増加しているわけですから、日本の梅毒と違って“本当に”増えていると考えてよさそうです。

 文化や社会現象と同じように、米国で流行しているものはいずれ日本でも、はやる可能性があります。梅毒のほとんどは性感染です。米国人と日本人が恋愛関係になることももちろんありますから、やがて梅毒を含む性感染症が日本でも増加する可能性はあると思います。

「イヤな病気」は外国から?

 そして性感染症が増えているのは米国だけではありません。ある論文によると、中国でも梅毒は増えています。日本人が恋に落ちるのは米国人だけに限らず、中国人がお相手ということもあるでしょう。ならば、訪日中国人が増えているから梅毒も増えるのでは?と感じる人がいるかもしれませんが、それだけでは説明できません。なぜなら、日本人が米国や中国に渡航して、そこで関係をもった米国人や中国人から感染することが少なくないからです。実際、私が勤務する太融寺町谷口医院ではこのパターンで梅毒に感染した人が何人もみつかっています。前回述べたようにタイでの感染は珍しくありませんし、韓国や台湾でも同様です。今年(2018年)ワールドカップが開催されたロシアでは、当局は否定しているものの各国のメディアはロシアでのHIV感染増加が止まらないと報じています。日本チームの勢いに便乗し、羽目を外すような体験をしてしまった、という人はいないでしょうか……。

 もちろん、日本にやってきた外国人が日本人に梅毒を感染させることもあるでしょう。また、イヤな病気は外国から伝わってきたと思いたいという気持ちが生じることは、歴史がすでに証明しています。米国の原住民からコロンブスが欧州に持ち込んだと考えられている梅毒は当時、ポルトガルでは「カスティリア病」(カスティリアはスペインの一部)▽イタリアではスペイン病▽フランスではナポリ病▽イギリスではフランス病▽ロシアではポーランド病▽琉球では南蛮病▽日本では琉球病--などと呼ばれていたそうです。

「事前の検査」以外の完全予防策はなし

 重要なのは「誰と恋に落ちようが梅毒を含む性感染症のリスクはあること」の理解です。そして、HIVはコンドームで防ぐことができ、B型肝炎ウイルスはワクチンで防ぐことができますが「梅毒にはワクチンが存在せず、コンドームで完全に防ぐことはできない」ことをしっかりと認識しなければなりません。

 梅毒は治るとはいえ治療に時間がかかることがありますから、やはり感染しないに越したことはありません。ではどうすればいいか。過去のコラム(「梅毒の感染を防ぐただ一つの方法」)でも述べたように、「新しいパートナーができたら、体が触れ合うあらゆる機会の前に2人で検査を受ける」を実践することです。これができないなら「感染したら割り切って治す」と考えるしかありません。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。