実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

耐性菌の集団感染はなぜ大学病院ばかりで起こるのか

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
  • 文字
  • 印刷

 2016年9月以降に入院した15人の患者から、抗菌薬の効かない薬剤耐性アシネトバクターや類似の細菌が検出され8人が死亡……。

 18年8月3日、鹿児島大学病院が公表した「事件」です。報道によれば、病院側は「亡くなった患者のご冥福をお祈りしご家族に深くおわびする」と謝罪。菌については「集中治療室(ICU)の環境が原因の可能性がある」と発表しました。

 死亡した8人全員の死因がアシネトバクターに関連しているわけではないようですが、いずれにせよ高い致死率であることには変わりありません。似たような「事件」は過去にも起こっています。08年から09年にかけて福岡大病院で発生したアシネトバクターの集団感染では4人が死亡。09年から10年には帝京大病院でも集団感染が起こり、この時は合計60人が感染し、うち35人が死亡しています。

 いくらでも抗菌薬が使える環境の病院の中でこれだけの高い致死率ですから、この薬剤耐性アシネトバクターという菌は相当やっかいな細菌です。過去の記事(「鶏の生食が危険な二つの理由」)でも紹介しましたが、世界保健機関(WHO)が発表している「最も重要な薬剤耐性菌12種」の中で、優先度が最も高い三つの細菌の一つがアシネトバクターです。つまり、この細菌はWHOが最も警戒しているトップ3の一つなのです。

 そんなに重要な細菌なら、「病院は日ごろからもっと気を付けてもらわなくては困る!」「いったい鹿児島大学病院は何をしていたのだ!」と怒り心頭に発する人もいるでしょう。確かにその通りで、このような院内感染は医療者の手指などを介して起こります。ですが、医療機関や医療者を責める前に、アシネトバクターとはどのような細菌なのか、患者、あるいは患者になる前の一般市民としてできることはないのか、という観点でみていきましょう。

抗菌薬がまったく効かない「カルバペネム耐性」とは

 アシネトバクターは、病原性が極めて高い赤痢やコレラ、腸チフスなどとは異なり、普通の土壌や河川の水などの中で生息しています。家庭内にもいます。医学誌「Applied and Environmental Microbiology」に掲載された論文によると、食器洗浄機の中で最も高頻度に検出される三つの細菌の一つがアシネトバクター(他の二つは緑膿菌と大腸菌)です。食器の洗浄が終わり、キッチンをきれいにしたばかりのあなたの手指にも、アシネトバクターがべっとり付いている可能性があるというわけです。

 しかし、アシネトバクターが健康な体に付着しても治療する必要はありません。この細菌は健康な人に感染しても何の症状ももたらさないのです。注意しなければならないのは抵抗力の弱っている人です。先に述べた院内感染はいずれも、集中治療室など免疫が極めて低下している患者さんが集まるエリアで発生しています。

 また、通常のアシネトバクターは抗菌薬を用いればやっつけることができます。問題は、どの抗菌薬も効かない「多剤耐性」と呼ばれるアシネトバクターです。WHOが注意を促しているアシネトバクターは、正確には「カルバペネム耐性アシネトバクター」と命名されています。カルバペネムは、いわば「最後の切り札」として用いる抗菌薬であり、これが効かないとなると次に打つ手はほとんどないのです。

多剤耐性菌は海外から持ち込まれることが多い

 では、多剤耐性アシネトバクターはどこからやってくるのでしょうか。一般家庭の食器洗浄機の中にも潜んでいるのでしょうか。その可能性もなくはありませんが、これまで分かっている範囲で言えば、やっかいな多剤耐性アシネトバクターは海外から持ち込まれています。

 先述した福岡大病院の事例は、韓国の病院から人工呼吸器を装着したまま同院の集中治療室に転院となった患者さんが発端となったことが報告されました。米国での流行は、イラクやアフガニスタンで創傷の治療を受けた帰還兵が菌を持ち込むことで発生していると報告されています。またアシネトバクターに限らず、旅行で訪れたインドやパキスタンなどで多剤耐性菌に感染するヨーロッパなどの人が増えていることもよく指摘されます

 最近は、安い費用を目的に美容外科手術をインドで受ける欧州人が増加しています(「MULTI DRUG RESISTANCE: A global Concern」Chapter12)。実際、インドで多剤耐性アシネトバクターの増加が報告されていますし、中国でも同様の報告があります。こういった国で増加している最大の理由は「抗菌薬の乱用」に他なりません。

 もう一つ、アシネトバクターについてメディアがあまり報道しない点を指摘しておきます。冒頭の国内の集団感染の例はすべて大学病院で起こっています。これは、一般の市民病院などではアシネトバクター対策をきちんとしていて、大学病院ではおざなりになっていることを示しているのでしょうか。もちろんそんなことはありません。

 では、なぜ大学病院で発生するのかというと、「大学病院では徹底して感染症の検査を行うためにアシネトバクターが検出されやすい」が真相だと思われます。つまり、大学病院以外の一般病院でも、同様に多剤耐性アシネトバクターが発生しているが、検査しないために検出されていない可能性があると考えるべきなのです。

 ここまでをまとめると次のようになります。

・アシネトバクターはどこにでもいる細菌で、健康な人には無害。免疫が低下している人には症状をもたらすことがあるが抗菌薬で治療できる。しかしどのような抗菌薬も効かない「多剤耐性アシネトバクター」が存在し脅威となっている。

・多剤耐性アシネトバクターは、医療者の手指などを介して免疫の低下した入院患者に感染し、死に至ることも多い。

・大学病院からの報告が多いが、実際には一般病院でも発生している可能性が高い。

・多剤耐性アシネトバクターは海外で抗菌薬を“乱用”することで生まれ、海外から日本に持ち込まれている可能性が高い。

抗菌薬の安易な使用が多剤耐性菌を生む

 では患者としてできることはないのでしょうか。自身が免疫の低下した状態で、入院してからはできることは確かにありません。ベッドにやってくる医療者に「きちんと対策してうつさないでね」と祈るくらいです。ですが、健康である間にすべきことがないわけではありません。それは「抗菌薬について正しい知識を持ち、使用を最小限にする」ということです。

 この連載で繰り返し述べているように(例えば「簡単なのに抗菌薬過剰使用が解決できない理由」)、医療機関で「抗菌薬をください」と訴えるのはNGです。また、これも過去に指摘したように、海外(特にアジア)では薬局に行けば誰でも抗菌薬が簡単に(しかも安い価格で)買えてしまいます。

上がアジスロマイシン4錠、下がレボフロキサシン10錠。価格はそれぞれ250バーツ(約750円)、500バーツ(約1,500円)。双方ともタイ製。アジスロマイシンのパッケージには「医師の指示に従って飲むように」と書かれているが……。
上がアジスロマイシン4錠、下がレボフロキサシン10錠。価格はそれぞれ250バーツ(約750円)、500バーツ(約1,500円)。双方ともタイ製。アジスロマイシンのパッケージには「医師の指示に従って飲むように」と書かれているが……。

 先日、私はバンコクで通りかかった薬局で「アジスロマイシンとレボフロキサシンを1箱ずつください」(注:双方とも強力な抗菌薬で簡単には処方できないもの)と言うと、使用用途も聞かれずにすぐに売ってくれました(写真参照)。また、日本にいながらでも「個人輸入」という方法を使えば、こういった抗菌薬が簡単に入手できます。日本の薬局や医療機関から郵送で購入するのは違法ですが、個人輸入なら合法になってしまいます。

 多剤耐性が問題になっているのはアシネトバクターだけではありません。安易な抗菌薬の使用が、いろいろな多剤耐性菌を新たに作り出すリスクになることを、どうぞお忘れなく……。

医療プレミア・トップページはこちら

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。