ノーベル医学生理学賞の受賞が決まり、記者会見する本庶佑・京都大高等研究院特別教授=京都市左京区の京都大で2018年10月1日、川平愛撮影
ノーベル医学生理学賞の受賞が決まり、記者会見する本庶佑・京都大高等研究院特別教授=京都市左京区の京都大で2018年10月1日、川平愛撮影

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ノーベル賞で注目「がん免疫療法」は万能じゃない

 本庶佑(ほんじょ・たすく)京都大高等研究院特別教授のノーベル医学生理学賞受賞が決まり、「がん免疫療法」に注目が集まっています。本庶教授の研究から誕生したがん治療薬「オプジーボ(一般名ニボルマブ)」を使った肺がん患者は「命の恩人」と喜び、メディアでも「画期的な免疫療法」の言葉が飛び交っています。しかし、免疫療法すべてに、がん治療効果があるわけではありません。オプジーボは治療効果が認められ、保険適用されましたが、多くの医療機関が宣伝し、高額の治療費を取っている免疫療法の大半は、「開発途上で治療効果が不明」です。がん治療の専門医や患者団体からは「本庶さんのノーベル賞決定をきっかけに、本当は効果のない免疫療法に期待する患者、家族が増えるかもしれない」と、心配する声が上がっています。【毎日新聞医療プレミア・高木昭午】

 「免疫療法が効かず、私のところに来た患者は7年間で20人。みな数百万円の治療費を支払い済みでした」。日本医科大武蔵小杉病院で抗がん剤治療に携わる、勝俣範之教授(腫瘍内科)は嘆く。

 勝俣教授によると、50代のある女性は卵巣がんの手術後、再発予防のために免疫療法を受けた。遺伝子治療、食事療法も受け、治療費計約700万円を払ったが、がんが再発した。70代の男性はぼうこうがんのため、「自分のリンパ球(白血球の一種)を体内に戻す」という免疫療法を受けた。300万円払ったが、効果はなかった。

 「『治療1回20万円で10回繰り返した』『でも効かなかった』などという人が多い。しかも病院から『(さらに費用を払って)治療を続けませんか』と言われている。事情をよく聴いてから『その治療が効くという根拠はありません』と説明して、やめるよう勧めています」と勝俣さん。

不適切な免疫療法に警鐘を鳴らす勝俣範之教授
不適切な免疫療法に警鐘を鳴らす勝俣範之教授

 国立がん研究センターも「効果が明らかな免疫療法は限られています」「残念ながらほとんどの免疫療法では有効性(治療効果)が認められていません」と、ホームページで警鐘を鳴らしている。

国立がん研究センター「免疫療法 まず、知っておきたいこと」

効果が証明された免疫療法はわずか

 免疫療法は、患者自身の免疫を利用してがん細胞を攻撃する治療法の総称だ。「手術」「抗がん剤」「放射線」の3大がん治療法に続く、第4の治療法と言われている。その一つ、がん治療薬オプジーボは「免疫チェックポイント阻害剤」と呼ばれる。

 がん細胞は、自分を攻撃する免疫細胞の一種であるリンパ球に「ブレーキ」をかけ、攻撃を防ぐ。オプジーボはこのブレーキを外す機能がある。抗がん剤の一つだが、がん細胞を攻撃するのはブレーキが外れたリンパ球なので、「免疫療法」に含まれている。

 数ある免疫療法の中で、実際の患者で延命効果が認められた数少ない例外で、最初は皮膚がんの一種「悪性黒色腫」(メラノーマ)で効果が認められ、その後肺がんや胃がんなどに広がった。

 この薬は薬価が高いことでも知られている。2014年の発売当時は100mg73万円だった。2週間で240mgを使うので、当時の値段で1日12万円超。あまりの値段の高さから、国が3度も薬価を下げた。現在は1日約4万8000円。11月から同約3万円になる。

 免疫療法は他にもある。患者の体にがん細胞の成分を投与し、免疫細胞に「これが標的のがん細胞だ」と覚え込ませ、がんを攻撃させようとする「がんワクチン療法」▽がんを攻撃するリンパ球を直接体内に送り込む「エフェクターT細胞療法」▽体内のリンパ球を薬で刺激し、がんを攻撃させようとする「サイトカイン療法」--などさまざまだ。これらは総称で、それぞれの治療法にはさらに細かい名前がある。

 いずれも、以前から研究が重ねられてきた治療法だ。がん専門医が集まる「日本臨床腫瘍学会」は、これらを総合的に評価した「がん免疫療法ガイドライン」を作っている。医学論文のデータベースを使って世界の研究成果をまとめて調べ、2016年12月に初版を出した。その後、改訂版を作成して草案をインターネットで公開し、今月初めまで専門家から意見を公募した。勝俣教授はこの改訂版の作成グルーブの副委員長だ。

体外で増やしたリンパ球を点滴で体内に戻す免疫療法
体外で増やしたリンパ球を点滴で体内に戻す免疫療法

オプジーボの延命期間は肺がんで3カ月程度

 草案は後半で、各種がんに対する免疫療法の現状をまとめ、「効果的な治療法があれば」勧めている。

 「あれば」というのは、「食道がん、肝臓がん、胆道がん、膵臓(すいぞう)がん、婦人科がん(子宮頸<けい>がん、子宮体がん、卵巣がん)、乳がん、骨軟部腫瘍」には、いずれも「推奨する免疫療法はない」と明記しているからだ。さまざまな研究を調べた結果、これらのがんにはオプジーボも、他の免疫療法も、効くという証拠がなかった。

 効果が認められない治療法は、当然ながら国が認めず、健康保険が適用されない。それでも行う場合「自由診療」扱いで、患者は費用を全額自己負担する。勝俣さんを訪れた20人が数百万円という高額治療費を払ったのは、保険が適用されない自由診療だったからだ。

 草案は、肺がんや胃がんなど一部のがんで、さらにいくつかの条件を満たす場合に限って、オプジーボや他の免疫チェックポイント阻害剤の使用を勧めている。条件を満たしていれば、実際の患者に使った結果、従来の抗がん剤治療に比べて寿命を延ばせたという試験結果があるからだ。

 ただ、公表された試験結果によると、オプジーボによる延命期間は肺がんで3カ月、胃がんで1カ月程度。胃がんの場合は、2度の抗がん剤治療を終えた患者に対する「3次治療」だけに使うと決まっている。

 勝俣教授は「『オプジーボでがんが治る』と言える段階では、まだない。副作用もさまざまある。強い副作用が出ても緊急対応できる病院で、決められた量を使うべきだ」と言う。大幅に量を減らして使う病院もあるが、効果がなく、副作用が残るという。

免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ」
免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ」

 「治療成果を公表して延命効果を示し、国に申請して保険適用を得る」という手続きを取らないまま、自由診療で免疫療法を続ける医師や病院は多い。ネット上には「末期でもあきらめない」「進行がんを治す免疫療法」「副作用が少なく、他の治療との相乗効果が望める」という罪深い言葉があふれ、がんに苦しむ患者や家族を誘う。

まずは保険による「標準治療」が基本

 よかれと思って、免疫療法を患者や家族に勧める人もいる。

 ノーベル賞決定のニュースの翌日、卵巣がん体験者の団体「スマイリー」(東京都)の片木美穂代表に、40代の女性患者から相談の電話がかかってきた。「周囲から『ノーベル賞の先生のがん治療薬が効くかもしれないよ』と勧められ、医師に相談したが、効果はないと言われた。中学生の子供がいるので絶対にがんを治したい。何とかならないでしょうか」

 片木さんは困った。オプジーボが卵巣がんに効くというデータがないことを知っているからだ。知人の卵巣がん患者は以前、オプジーボの臨床試験に加わり、投与を受けたが亡くなった。学会のガイドライン案も「卵巣がんに推奨される免疫療法はない」としている。片木さんは、患者が受けている抗がん剤治療が、まずは最善とされる治療法「標準治療」だと説明し、「主治医を信じて」となぐさめたが、女性は泣き出してしまったという。

がん治療薬「オプジーボ」の薬価引き下げについて審議した中央社会保険医療協議会=厚生労働省で2016年11月16日、細川貴代撮影
がん治療薬「オプジーボ」の薬価引き下げについて審議した中央社会保険医療協議会=厚生労働省で2016年11月16日、細川貴代撮影

 「オプジーボが効く種類のがんは少ないのに治療を勧められ、実現しないとがん患者はさらに傷ついてしまう。ノーベル賞を報じるテレビ番組やネット記事は『オプジーボは効果がある』という情報は伝えても、『どんながんに効果があるのか』という情報を伝えない。無責任に勧めないでほしい」と片木さんは訴える。

 では「危うい治療」をどう見分けたらよいのか。

 「保険が効かない治療、国の『先進医療』に指定されていない治療には問題がある。患者の体験談をサイトで宣伝している医療機関も要注意」というのが、勝俣さんの持論だ。

 今年6月の医療法改正で、「患者の主観的体験談」をネット広告に使うことは違法になった。しかし、厚生労働省の委託で「医療機関ネットパトロール」事業を担当する日本消費者協会によると、法改正後も体験談を載せる医療機関は残っているという。

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