旅と病の歴史地図

「海外出張183日」高裁が過労死を認めた理由

濱田篤郎・東京医科大学教授
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 政治家の海外出張を「外遊」と呼びます。その字を見ると遊びのようにとられますが、この「遊」は「旅」を意味しており、あくまでも仕事上の海外渡航です。歴代首相の中でも安倍晋三首相の外遊回数は最多で、第2次安倍内閣が発足した2012年12月から18年9月までで67回に上っています。18年だけをみても9月までに外遊は8回あり、かなりのハイペースです。これだけの頻度で海外出張をすれば、普通のビジネスマンでも体に負担がかかりますが、首相の外遊となればなおさらです。移動や気候の変化による疲労とともに、首脳会談を行う際には精神的なストレスもかかることでしょう。実はこうした度重なる海外出張は、現在、社会問題になっている過重労働にあたるのです。

 英国のチャーチル首相も頻回に外遊をした政治家です。第二次世界大戦中の1941年12月末、彼は渡米し、米ワシントンでルーズベルト大統領と首脳会談を行いました。この時、チャーチルは保安上の理由でホワイトハウスに宿泊していましたが、ある晩、強い胸痛に襲われます。すぐに同行していた医師が診察したところ、狭心症の発作と診断されました。戦時中で疲労のたまっていた時期に、渡米しての首脳会談。チャーチルには心身ともに大きな負担がかかっていたはずです。

 応急処置をして胸痛は間もなく治まりましたが、チャーチル本人には「疲労による胸痛」と告げられたそうです。首脳会談の最中に狭心症という深刻な病名を伝えたら、本人が落ち込んでしまう--という判断があったのでしょう。その後、チャーチルは首脳会談を無事に終えて、42年1月1日、連合国共同宣言に調印することができました。

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濱田篤郎

東京医科大学教授

はまだ・あつお 1981年、東京慈恵会医科大学卒業。84~86年に米国Case Western Reserve大学に留学し、熱帯感染症学と渡航医学を修得する。帰国後、東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2005年9月~10年3月は労働者健康福祉機構・海外勤務健康管理センター所長代理を務めた。10年7月から東京医科大学教授、東京医科大学病院渡航者医療センター部長に就任。海外勤務者や海外旅行者の診療にあたりながら、国や東京都などの感染症対策事業に携わる。11年8月~16年7月には日本渡航医学会理事長を務めた。著書に「旅と病の三千年史」(文春新書)、「世界一病気に狙われている日本人」(講談社+α新書)、「歴史を変えた旅と病」(講談社+α文庫)、「新疫病流行記」(バジリコ)、「海外健康生活Q&A」(経団連出版)など。19年3月まで「旅と病の歴史地図」を執筆した。