KaoRiさん©INKYUNG YOON HUFFPOSTKOREA
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“KaoRiさん告白”から考える「美的労働」の現実

 舞踊家で元モデルのKaoRiさんが今年4月、「アラーキー」こと写真家の荒木経惟さんとの関係性を自分のブログで公表し、大きな反響を呼んで半年。そのKaoRiさんを迎え、モデルの「ウェルビーイング(well-being)=身体的、精神的、社会的に良好な状態にあること」と労働問題を考えるトークイベントが10月6日、東京・原宿で開かれました。イベントには、ファッション業界の労働・法務問題に詳しい弁護士の海老澤美幸さん、「ファッションで社会学する」の共著者で、明治大教授の藤田結子さんも参加し、セッションを展開しました。藤田さんが詳細をリポートします。

「アラーキー」との関係を告白したKaoRiさん

 KaoRiさんは2001年から16年間、荒木さんのモデルをつとめ、「(荒木さんの)パートナーであり、ミューズ」と称されてきました。

 KaoRiさんは、自身のブログ「その知識、本当に正しいですか?」の中で、実際には仕事上の関係でしかないのに、事前の相談もなくヌード写真が勝手に使われたり、金銭的な支払いがされなかったりして、プロのモデルとしても人としても尊重されない、一方的な従属関係が続いていたことを訴えています。

KaoRiさんのnote「その知識、本当に正しいですか?

 本当は、荒木さんと話し合って解決したいと願ったのに拒まれ、一方的にぞんざいな扱われ方をしたとして、自らの体験を告白しています。告白した動機として、「世間に勘違いされ続けるのはつらいので、とってもとっても怖いけれど、自分の言葉でつづろうと思いました」としたためています。彼女の告白について荒木さん側はいまも沈黙を守っています。

イベント「Soudan『ファッションモデルのウェルビーイング』」で、セッションに熱心に耳を傾ける参加者=東京都渋谷区で2018年10月6日、塩田彩撮影
イベント「Soudan『ファッションモデルのウェルビーイング』」で、セッションに熱心に耳を傾ける参加者=東京都渋谷区で2018年10月6日、塩田彩撮影

 ブログ公表後、ネット上では大きな反応がありました。タレントでモデルの水原希子さんも、自分のインスタグラムでKaoRiさんの文章を引用しながらつらい体験を告白し、「モデルは物じゃない」と訴えました。しかし、業界の問題が社会で共有されたとはいえない状況が続いています。

 そこで、KaoRiさんをゲストに迎え、ファッション業界の労働問題に取り組む海老澤弁護士が中心となり、個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあること--つまり、ウェルビーイングを維持することがモデルにとってどれほど重要かを考えるイベントを開いたのです。私は、アメリカでのモデルと労働に関する研究を翻訳していたことから、この勉強会を主催する篠崎友亮さんから声がかかり、登壇しました。KaoRiさんは今回、日本のファッション業界での体験を語り、同様の問題が起きている現状を明らかにしました。

大御所写真家による同意も支払いもないヌード撮影

 KaoRiさんは、幼いころ舞踊を始め、高校卒業後にダンス留学のため欧州に渡りました。また舞踊家として自分の身体表現の方法を探求するため、モデルとしても活動をしていました。今回イベントで明かしたのは次のような出来事でした。

 KaoRiさんは数年前、国内トップのモード誌から依頼され、ファッション界の大御所写真家であり、英王室ウィリアム王子とキャサリン妃の婚約写真を撮影したことでも知られるマリオ・テスティーノ氏のプロジェクトに参加しました。そのとき事前に「着衣の撮影であること」を確認していたそうです。

 ところが当日、撮影現場で突然バスローブを渡され、服を脱ぐよう指示されました。ヌード撮影だったのです。KaoRiさんは話が違う、この仕事をやりたくないと思いました。しかし、すでにテスティーノ氏や多くのスタッフが集合しています。「撮影をやめてください」といえる状況ではなく、迷惑をかけてはいけないという気遣いを優先させ、不本意ながら服を脱ぎました。そうして撮影が進みました。

 その後、出版内容や掲載媒体、掲載時期も知らされず、許可していない映像がインターネット上に無断で公開され、ギャラも支払われなかったと語りました。そのことを担当者に問い合わせると、ようやく数カ月後、「誌面に出してあげるからいいだろう」と言われ、拒否すると5千円、1万円程度支払うと提示されたそうです。KaoRiさんはモデルの仕事を尊重しない扱いを不快に思って、ギャラを受け取らなかったといいます。

 約50人の参加者の前で、KaoRiさんはつらい体験を震えるような声で語りました。モデルをめざす若者のためであり、社会がより良いものになってほしいという願いからだといいます。法曹界、ファッション業界、学術界などさまざまな分野からの参加者が、真剣にKaoRiさんの話と海老澤弁護士のコメントに聞き入りました。多くの手があがり、ウェルビーイングの意味や、モデルの働き方、そして、モデル以外の表現者のケースについても質疑応答がされました。

 前述したブログに、KaoRiさんはこうつづっています。

 「好きなことを仕事にできるのは、とても素敵なことですが、自分の身は自分で守らないといけないのも事実です。フリーランスのモデルさん、好奇心だけでちょっとやってみたいと思う人も、たくさんいると思います。何かあった時には、契約書の有無が一番大切になってきます。そこで初めて法的に動くことが可能になります。だから、どれだけ仲のいい関係であっても、お互いが納得できる契約書を作ることを妥協しないでください。それから、モデルがどんなに頑張っても、撮られてしまった写真は写真家の『モノ』になるということは肝に銘じて」(「その知識、本当に正しいですか?」から)

モデルの仕事は「きつい美的労働」

 テスティーノ氏はその後、13人の男性モデルやアシスタントからセクハラで訴えられています。「バーバリー」や「マイケル コース」などの高級ブランドがテスティーノ氏を起用しないことを表明するなど、#MeTooの動きを受けてファッション業界でも大きな変化が起き始めています。テリー・リチャードソン氏やブルース・ウェバー氏らの大物写真家、ファッションブランドGUESSの創業者も、モデルに対するセクハラで告発されています。スーパーモデルのケイト・モスさんは英インディペンデント紙で、「若いころはヌード撮影が嫌だったが、写真家たちからのプレッシャーで脱がざるをえなかった」と告白しています。

 ファッションモデルとしてランウエーを歩き、フィールド調査もしたボストン大学のアシュリー・ミアーズ准教授(社会学)は論文「ファッションモデルの仕事から」(「ファッションで社会学する」有斐閣、2017年)で「実際、モデルの仕事は大変きつい仕事だ」と指摘しています。ファッションモデルは長時間労働かつ不安定な収入であるうえに、モノのように扱われ、オーディションに繰り返し落とされるなど、他者に否定される機会が非常に多いためです。

 さらに、きらびやかな広告やショーのイメージで実像が覆い隠されるので、モデルの仕事が大変きつい労働だと一般に理解してもらいにくいともいいます。

 米国の社会学者・アリー・ホックシールドは、客室乗務員を調査した研究から、自分自身の感情をコントロールし、管理する仕事を「感情労働(emotional labor)」と呼びました。感情の抑制や鈍麻、緊張、忍耐など、「感情の商品化」が必要な労働を指す言葉で、接客業や顧客対応職種に多いとされます。

 モデルの仕事は、その感情労働から一歩先にある問題を私たちに示しています。観光や小売り、接客などのサービス経済が広がるなか、「美的労働(aesthetic labor)」の問題が2000年代に入って欧米で議論されるようになりました。

 「美的労働」とは、「外見の良さと適切なふるまい(look good, sound right)」を雇用主から求められる仕事です(Warhurst et al. 2000)。このような仕事に就く人たちは、よい外見でいるように、顧客と雇用主から常にプレッシャーをかけられます。

 「美的労働」の概念を知らなくても、私たちは日常的にその働き手を見ています。モデル、販売員はその代表です。米アパレルブランド「アバクロンビー&フィッチ」の販売員たちは若々しく、筋肉質で魅力的な外見で評判になりました。そのような販売員を集めてブランドの表象とし、その後「白人至上主義」「ルッキズム(容姿による差別)」と非難を浴びたのは記憶に新しいでしょう。

 ブランドを身体的、精神的に具体化する接客担当者は、商品やサービスを売るうえで重要な役割を果たします。雇用主は、従業員を選別し、そのブランドにふさわしい振る舞いや外見を求めます。私たち消費者は、従業員のイメージを含め、ブランドが提案するライフスタイル全体を購入しています。

 美的労働には大きな負の側面があります。モデルや、おしゃれなホテル、ブティックで接客をする人たちは、仕事中も休憩中でも、自分の体や感情から疎外されたように感じやすいのです。なぜなら、美的労働は頭脳労働や肉体労働と比べて、個人の外見や振る舞い、話し方を含む「その人全体」を売りに出すからです(ミアーズ、前掲書)。

「同意書が必要」という意識共有を

 モデルと写真家の関係性に戻ります。写真家側からは「モデルが自分から望んで撮影に応じた」という声も上がっています。しかし、モデルは、雑誌やブランドなどのクライアントが好ましいと思う振る舞いと外見を常に求められ、要望に応じる美的労働をしています。プロ意識が高ければ高いほど、自分の感情を犠牲にしてでも要求に応えようとするでしょう。「応えなければ次回の仕事に呼んでもらえないかもしれない」とも考えるでしょう。

 ファッションやアートの現場では、「いい写真を撮るにはムードが大切」「私写真はビジネスではないからルールも同意も必要ない」という前時代的な意見も聞こえてきますが、今の時代に「芸術のためなら事前の同意などなくてもいい」とでも言うのでしょうか。

 海老澤弁護士は「同意書作成はとても重要です。仕事の内容を文書で法律的に取り決めることで、双方の意思を確認できます。また、トラブルの際の証拠にもなります」と強調します。海外ではすでに、世界的なファッション企業「LVMH」(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)や出版社が、モデルのための雇用関係、ウェルビーイングに関する憲章を作成しています。

 モデルは若さが求められることが多い職業です。若いモデルとキャリアを積んだ写真家には、権力の非対称性があります。若いモデルにとっては、同意書を要求することが難しい状況も多いでしょう。だからこそ、現場のスタッフの間で、モデルの感情を尊重する意識、同意書を必要とする意識が共有されることが不可欠です。

 KaoRiさんの勇気ある行動は、女性が働く時に何が大切なのかを考えるきっかけを、私たちに与えてくれました。日本のファッション業界やアート業界関係者も、問題提起を真剣に受け止めるときが来ています。

藤田結子(ふじた・ゆいこ):東京都生まれ。慶応義塾大を卒業後、大学院留学のためアメリカとイギリスに約10年間滞在。06年に英ロンドン大学で博士号を取得。11年から明治大学商学部准教授、16年10月から現職。専門は社会学。参与観察やインタビューを行う「エスノグラフィー」という手法で、日本や海外の文化、メディア、若者、消費、ジェンダー分野のフィールド調査をしている。

海老澤美幸(えびさわ・みゆき):1998年慶応義塾大を卒業後、自治省(現総務省)に入省。雑誌編集者、デザイナー、スタイリストを経て04年にファッションエディターとして独立。司法試験に合格後、2017年に弁護士登録。経歴を生かし、ファッション業界の労働問題や法律案件に積極的に取り組んでいる。

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