実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

「知らぬ間に依存も」子どもに禁止のせき止め薬 

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っているようで、ほとんど知らない風邪の秘密【17】

 「せきが止まらないからせき止めをください」といって医療機関や薬局を訪れる人は少なくありません。また、夜通しせきで苦しむわが子を、なんとかしたいと考え、必死になる若い保護者も大勢います。ですが「せきが出るからせき止め」と単純に考えることは危険であり、また実際にせき止めのせいで病気が長引いたり、副作用に苦しむことになったり、もっとひどい場合は人生を狂わせられたりすることもあります。私は以前から、患者さん、患者さんの保護者、薬局、そしてもしかすると医療機関でさえもが「せき止めを安易に考えすぎていないか」と懸念しています。

かぜ薬がやめられない

 先日、60代の男性が私の病院を受診しました。初診の方でしたので「どんな薬を飲んでいますか」と聞きました。すると「かぜ薬がやめられず、毎日飲んでいる」というのです。半年ほど前に、せきが長引いて市販の総合感冒薬を飲み始め、今では、せきはとっくになくなっていました。

 この方は「なぜやめられないのか分からない」と自分で不思議がっていましたが、私は「総合感冒薬に入っている、せき止め薬の成分が原因ではないか」と予想しました。

 薬を見せてもらうと、テレビCMもされている有名製薬会社の製品で、予想通り、せき止め薬の成分が2種類入っていました。2つの成分については後で説明しますが、私はこの方に「残念ながらすでに依存症になっていると思われます。治すのにはそれなりに時間がかかります」と説明しました。

せき止め薬の正体

 なぜこんなことが起きるのか。理解してもらうために、せき止めに使われる薬の成分について説明します。なお、これから説明する成分は、「せき止め薬」と銘打った薬のほかに、「総合感冒薬」や、かぜやアレルギーに対する「鼻炎薬」などにもよく含まれています。

 せき止め薬には、大きく二つのタイプがあります。まず一つは、脳が体に出す「身を守るためにせきをせよ」という指令を、邪魔する薬です。

 このタイプの薬は、脳の「せき中枢」の働きを抑えます。ただし同時に脳の他の機能も抑えるので、副作用として眠気が生じます。なお、総合感冒薬には鼻水止めとして、眠くなるタイプの「抗ヒスタミン薬」も入っていますから、両方がダブルパンチで働けば、眠気はさらに強まります。

 このタイプは、脳内で「呼吸せよ」という指令を出す「呼吸中枢」にも影響し、「呼吸抑制」という副作用を起こす場合もあります。後で説明しますが、これは最近、特に子どもで問題になり、国も規制措置を取ります。

脳に働く「麻薬系」

 「せき中枢を抑える」タイプのせき止めは、さらに二つに分かれます。一つは「麻薬系」の薬で、成分名は「コデイン」や「ジヒドロコデイン」です。

 コデインなどは化学物質としては麻薬ですが、医師が処方するせき止め薬にも、薬局で誰もが簡単に買える総合感冒薬やせき止めにも含まれています。ただ、これらは濃度が低いため、法律上は合法です。それでも麻薬ですから依存性があり、場合によってはやめられなくなるのです。冒頭で男性がやめられなかった薬の2成分のうち、一つはこの「コデイン」でした。

 「せき中枢を抑える」薬にはもう1種類、「非麻薬系」のものがあります。ただしこちらにも、やはり大量に飲むと幸せな気分になる薬があり、米国では若者がパーティなどで乱用して問題になっています。また、脳の中枢を抑えるので眠気の副作用があるのは「麻薬系」と同じです。

気管支広げる「覚醒剤系」

 さて、せき止め薬の二つめのタイプは「気管支を広げる」薬です。このタイプの薬の一部に「エフェドリン」や、その仲間の「メチルエフェドリン」「プソイドエフェドリン」があります。処方薬にも、市販のかぜ薬やせき止めなどにも入っています。

 安易に飲んでいる人が少なくありませんが、これらは、化学物質としては覚醒剤の原料で、法律でもそう指定されています。ただ、濃度が低いから違法ではないだけです。プソイドエフェドリンを含む市販薬を買い集めて覚醒剤を密造した容疑で、逮捕された人さえいます。

 これらを続けて飲めば当然、「依存性」があります。冒頭の男性が飲んでいた薬に入っていた成分の二つめは「エフェドリン」でした。つまり、依存性のあるコデイン、依存性のあるエフェドリン、のダブルパンチだったのです。

不眠や頭痛の副作用も

 エフェドリンなどはほかに、短期間飲むだけでも、副作用として頭痛、動悸(どうき)、めまいなどを起こすことがあります。覚せい剤の同類なので、眠れなくなることもあります。

 以前私が診た20代の女性は、通院していたクリニックで鼻炎に用いる内服薬をもらい、処方通りに約2週間飲んでいました。薬は鼻炎症状には効いていたと思いますが、問題は含まれていた「プソイドエフェドリン」の危険性です。

 女性は不眠を訴えており「この薬を飲みだしてしばらくしてから眠れなくなった」と話しました。私は「不眠はその薬が原因の可能性がある。他の安全な薬に替えましょう」と言って薬を変更しました。不眠はなくなりました。

「せき止めは3、4日以内に」

 実は、コデインやエフェドリンなどを含む市販薬は、注意書きに「長期連用は避けてください」などと書いてあります。でも「長期」とはどれだけか、具体的に言える人はあまりいないでしょう。私は患者さんに「せき止めはせいぜい3~4日までにしましょう」とお話ししています。

 せき止めが麻薬や覚醒剤の仲間だったなんて……と思われる人もいるでしょうが、これは事実です。過去の記事で、総合感冒薬は多くの危険をはらみ「お勧めしません」と紹介しましたが、理由の一つはこの事実でした。

 「医師が総合感冒薬を勧めない理由」

販売規制、実効性は薄く

 上で紹介したコデイン、エフェドリンなど5種類はいずれも、厚生労働省が薬事法で「乱用等のおそれがある医薬品」に指定している薬です。これらを含むせき止め薬などを市販する業者は、1箱(1瓶)以上買いたいというお客に購入の理由を聞いたり、若年者なら氏名を確認したりすることが薬事法で義務付けられ、適正な場合にだけ売ることになっています。

 しかし、この義務はあまり守られていません。厚生労働省は、全国の薬局やドラッグストア、インターネットの販売業者などが義務を守っているかを毎年調べ、結果を公表しています。なお、業者側に「調査です」とは知らせない「覆面調査」です。

 昨年の調査結果をみると、守っていた業者は薬局やドラッグストアなどで約61%、ネット販売では約37%でした。調査を始めた2014年はそれぞれ約73%、約54%で、割合は年を追って低下しています。

 これでは、乱用しようと思ってコデインやエフェドリンを入手する人を止められません。そして乱用の意図がなくても、処方薬や総合感冒薬にコデインやエフェドリンが含まれ、使い方次第で依存症になることを知らない人は多いでしょう。

コデイン類には規制強化

 なお「コデイン」や「ジヒドロコデイン」を含むかぜ薬などは、日本では来年中に、12歳未満には使えなくなります。医師は処方を禁止されますし、市販薬には「12歳未満には使わないこと」などの注意書きがつきます。

 これは、特に子どもで「呼吸抑制」の副作用を心配したからです。この問題では米国が昨年4月から「12歳未満には処方禁止」にしており、日本は追随したのです。

米国は「18歳未満処方禁止」

 ところが米国の規制は今、さらに厳しくなりました。今年1月から、コデイン類を含むかぜ薬を、18歳未満には処方禁止にしたのです。

 今年の禁止の理由は、呼吸抑制の心配に加え、「誤用・乱用・薬物中毒・過量服薬」の心配、つまり依存性の問題でした。米国食品医薬品局(FDA)は、こうした副作用のリスクと「せき止め」という治療の利益を比べて「リスクが利益を上回る」と判断しました。

 なお、日本の厚生労働省はこの「18歳未満に処方禁止」には追随しません。理由は「国に対する『副作用報告』をみると、12歳から18歳では、薬物乱用などの報告がないこと」や、来年中に12歳未満での規制を予定していて「追加措置で医療現場の混乱を生じる懸念がある」ことだそうです。

 なんだか今回は怖い話ばかりになってしまいました。では、せき止めの効果は、実際のところどうなのでしょうか。実は効果自体も、従来考えられていたほど高くないとする研究があります。せき止めは一切使わない方がいいのでしょうか。次回述べます。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト